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治療は大学病院だけじゃない。他にも治る道は無限にあるんだ。よいといわれるものは全部試そう。よし、やってやる、やってやるぞ(『僕は、死なない。』第6話)

全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則

6 新しい治療との出会い


 翌週、以前から入っていた研修を何本かこなした。肺がんステージ4という診断を受けたものの、体調は悪くはなかった。検査のために口から内視鏡を入れた後遺症か、あの日以来声が嗄れていたものの、他に目立った体調不良はなかった。そのためか自分が肺がんステージ4という自覚はほとんど持てなかった。

 9月13日に漢方クリニックに足を運んだ。10年来の友人、ナンバさんに僕ががんになったことを伝えたとき、すぐさまこう連絡をしてきてくれた。

「私が知っている漢方のクリニックにぜひお連れします。私が料金を払ってでも、連れて行きますからね!」

 とてもありがたかった。ナンバさんの話によると、なんでもそのクリニックに通ってがんが治った人が何人もいるのだそうだ。銀座駅でナンバさんと待ち合わせて、2人で一緒にクリニックへ向かった。

「びっくりしましたよ。まさか刀根さんががんだなんてねー」

 ナンバさんは、僕がボクシングで首を痛めてから随分長くお世話になっている整体の先生だった。

「いやー、僕もびっくりですよ、しかもステージ4ですからね」

「大丈夫、必ずよくなりますから。ここの先生はすごいんですよ。ここに来れば安心です」ナンバさんはニコッと笑った。

 診察室に入ると、女医さんが待っていた。

「私の先生、サラ先生です」ナンバさんが女医さんを紹介してくれた。

「こんにちは。ナンバさんからお話は伺っております」

 サラ先生は優しくニッコリと笑った。

「刀根です。よろしくお願いします」

 挨拶を済ますと、僕はさっそく今までの出来事をかいつまんで話した。サラ先生は僕の話を聞いた後、こう言った。

「刀根さん、がんになった原因はなんだと思いますか?」

 実は既にいろいろな本を読んでいて、思い当たる節があった。

「それは……怒りだと思います。僕は怒っている人だったんです。何かにつけて怒ってました」

 横で聞いていたナンバさんが意外そうな顔をしたので、付け加えた。

「周囲の人にはあまり怒りませんでしたが、そうですね、特にテレビとか見ながらいつも怒ってたんですよ」

「何に対して、ですか?」

「政治とか、ニュースとか……そんなもんに。バカみたいですよね、そんなんで自分ががんになったなんて。自爆です」僕は自嘲気味に笑った。

「感情が身体に悪い影響を与えることは、東洋医学の陰陽五行説で説明されているんです。刀根さんはご存知ですか?」

「いえ、知りませんが……」

「でもね、陰陽五行説によると、怒りは肝臓なんですよ。刀根さんは肺がんですよね」

「はい」

「確か肺は……悲しみだったと思うのですが」

「悲しみですか? いえ、全く心当たりはありませんね。怒りならすごくわかります。いつも感じてましたから」

「そうですか、まあ、わかりました。ではさっそく診てみますね」

 サラ先生は左手を自分の首筋に当て、右の手のひらを床に平行にして指先を僕に向け、頭のてっぺんから身体全体をスキャンするように動かした。

「ああ、確かに左胸の上のところが詰まっていますね。それから全体的に氣の流れが落ちていますね」

 これは氣診という方法で、右手をセンサーとし、左手を当てた自分の首筋の筋肉反射を感じ取り、様々なことを診断する独特の診察方法なのだそうだ。健康だったり、身体によいものだったりすると筋肉は柔らかく反応し、逆に不健康だったり病源があると、硬くなるのですぐにわかるらしい。ナンバさんも氣診の使い手だった。今日は師匠のところに連れてきてくれたのだった。

 サラ先生は人体図が描いてあるカルテの左胸の部分に黒いマルを描いた。そこは先日CTで見せられたがんの原発巣がある場所だった。

「ここががんですね」

「よくわかりましたね」

 サラ先生はニコッと笑うと、人体図にシャッシャと線を引き始めた。

「みぞおちのあたりに水毒がたまってますね。それから肩の下のあたりに氣が滞っています。肝臓も少し疲れていますね。そして全体的に冷えてます。でも、このくらいだったら大丈夫ですから」

「そうなんですか?」

「ええ、ステージ4って聞いてたのでもっと大変な人が来るかなと思ってたんですけど、まだまだそれほどでもないですよ、よくなりますよ」

 よくなる……僕が希求していた言葉だった。

「では、漢方薬を見てみましょう。どれが一番、今の刀根さんに合っているかを調べましょう。手のひらを上にして両手を机の上に出してください」

 僕は言われるまま、両手を出した。

「今から手のひらに漢方薬を乗せていきます。そして氣が変わるのを見ていきます。自分でも感じてみてくださいね。まずはこれです」

 一つずつ、左右の手のひらの上に漢方薬を乗せ、その都度、僕の氣をスキャンしていく。面白いことに、漢方薬を乗せるたび、身体が軽くなったり重くなったりするのがわかった。最終的に決まったのは「抑肝散加陳皮半夏」と「苓甘姜味辛夏仁湯」だった。

「それから肺が乾いていますので、湯気を吸ってください」

「湯気をですか?」

「ええ、そうです。お茶とかお湯とかを飲むときに湯気が出ますよね。それを鼻からしっかりと吸い込んでください。それが一番いいです。それから顎が固く締まってますから、顎のマッサージをしてください」

「顎……ああ、僕はボクシングやってたんで……」反射的に顎を触った。

「ああ、やっぱり。いつも歯を食いしばってたでしょ。それはよくないですよ。いつも緊張していることになっちゃうから。ゆるめなきゃ。ちょっと揉んでみて」

 顎を揉んでみると、痛い。触っただけで痛い。

「ほら、緊張のしすぎ。いくつかマッサージを教えますので、やってくださいね。とにかく顎も含め、身体をゆるめてください。毎日暖かいお湯に入ってください。まずはそこからです」

「わかりました」

 翌月の予約を済ませ、クリニックを出て銀座の街を歩く。不思議な気分だった。世の中には知らないことがいっぱいある。体験しないとわからないことがたくさんある。

 そう、治療は大学病院だけじゃない。他にも治る道は無限にあるんだ。絶対にそれを引き当てるんだ。よいといわれるものは全部試そう。どれが自分に効くかわからないんなら、やってみるしかない。そうやって一つずつ可能性を積み上げていけば、その先には必ず明るい未来があるに違いない。よし、やってやる、やってやるぞ。

 僕は心の中でつぶやき、拳を握った。

次回、「7 絶望と治験」へ続く




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