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白髪の妻が見てみたかった。子どもたちが社会人になる姿が見たかった。孫を抱きたかった。もっともっと、家族で時間を過ごしたかった(『僕は、死なない。』第3話)

全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則 


 3 死の恐怖


 僕は電気を消して布団にもぐりこんだ。
 長い1日だった……まさか、ステージ4だなんて……。
 掛川医師の顔が浮かんできた。頭の中の掛川医師は淡々と言い放つ。
「病気の名前は、肺がんです」
「残念ですが、4期、ステージ4です」
「進行している可能性があります」
 スマホの画面が頭をよぎる。1年生存率30%、5年生存率10%以下……。
 来年、生きている可能性が3割なのか……5年後は生きていないかもしれない……。
 頭の中を掛川医師の言葉が響き渡る。

「残念ですが、4期、ステージ4です」
「残念ですが、4期、ステージ4です」
「残念ですが、4期、ステージ4です」
「残念ですが、4期、ステージ4です」
「残念ですが、4期、ステージ4です」

 突然、僕は重大なことに気づいた。
 僕は、死ぬんだ!
 僕は、死んじゃうんだ!
 掛川医師の陰気な顔が真っ暗な部屋の中いっぱいに現れる。
「進行性の肺がんで、手術はできません」
「リンパにも転移しています」
「残念ですが、骨にも転移しています」
 
 ああー、どうしよう!
 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!
 
 僕は完全に恐怖に捕まった。
 
 死んだらどうなるんだろう?
 死んだら、何も考えられなくなるのかな?
 死んだら消えちゃうのかな?
 消えるってどうなっちゃうことなんだ?
 消える?
 僕は、消えるのか⁉

「抗がん剤は効くかどうかわかりません。やってみなければわからないのです」
「そうやって、薬をつないでいくしかないのです」
 
 怖い、怖い、怖い。
 
 僕は、がんで死ぬのか?
 
 死ぬのが怖い、死ぬのが怖い、死ぬのが怖い!
 
 恐怖をかき消すように、心の中で叫ぶ。
 いや、治るんだ! 治すんだ! 絶対に生き残ってやる!

 打ち消すように掛川医師が言葉をかぶせてくる。
「肺がんはがんの中でも難しいがんなのです」
 
 頭を抱えて反論する。
 
 うるさい!
 僕は生き残るんだ!
 がんを消すんだ!
 絶対に死ぬもんか!
 
 死の恐怖は、むなしい抵抗をあっという間に吹き消していく。

「無理です。あなたは延命治療しかできません」
「もう、助かりません」
 
 死ぬ、死ぬ、死ぬ、僕は死ぬんだ!
 死んじゃうんだ!
 
 妻と2人で年を取りたかった。白髪の妻が見てみたかった。
 子どもたちが社会人になる姿が見たかった。
 孫を抱きたかった。
 もっともっと、家族で時間を過ごしたかった。
 もっと一緒にいたかった。
 もっと話をしたかった。
 もっと一緒にどこかへ行きたかった。
 
 涙があふれてきた。
 なんで、どうしてできないんだ!
 僕よりも悪いことしているヤツ、いっぱいいるじゃないか!
 なんで僕なんだ!
 不公平だ!
 僕以外にもいっぱいいるじゃないか!
 なんで僕なんだよ!

 いやだ、いやだ、いやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない!

 頭の中を何かが暴走していた。心臓が高鳴り、脈拍が速くなる。真っ暗な暗闇から何かが僕をつかみ込んで、漆黒の穴へ引きずり込もうとしていた。
 
 いやだ! いやだ! いやだ!
 
 抵抗むなしく、ぐるぐると回転しながら底なしの穴へ落ちていく。
 
 死にたくない!
 
 怖いよう!

 頭を抱えて布団の中をゴロゴロと転がる。暗闇は僕を捕らえて離さない。夜は無限に続くように思われ、僕は真っ暗な部屋の中でもだえ苦しんだ。
 
 眠れない、こんなの眠れるわけがない!
 
 う……うわーっ!
 
 恐怖にのたうちまわっているうちに、窓から光が差し込んできた。気づくと、朝になっていた。結局、一睡もすることはできなかった。
 
 明るくなった部屋で腫れた目をこすりながら思った。
 
 夜になったら、またこれがやってくるのか……。夜が怖い……。
 眠れる日は来るんだろうか?

次回、「4 覚悟を決めろ」へ続く


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