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神、あやかし、得体の知れぬモノ…幽霊以外の恐怖実話を大蒐集!『妖怪談 現代実話異録』(加藤一/編著)収録話「外来種」(つくね乱蔵)+コメント

人の世の理を超えた圧倒的畏怖。
神と妖の実話怪談!


あらすじ・内容

「猿の神様を連れて帰る」
東南アジアの村から父が送ってきた写真。
そこには人面の異形が…
「外来種」より

幽霊はあくまで元人間。
怨みや憎しみといった感情も、人の言葉も理解ができる。
だが、異形の世界は違う。
人の理〈理〉は通じない――その恐ろしさたるや……。

飛行機に乗り合わせた天狗のような男。乱気流が起こると団扇を取り出して…「高度一万メートルの邂逅」
財布をすられた祖父が頼った姪。姪は蝦蟇を呼びその肝を…「籠蛙力行」
温泉街で見かけた木乃伊館。その夜、失踪した夫は意外な場所に…「木乃伊館」
村の裏山に棲む危険な神。見た者は目を喰われると言われるが…「遭神」
父が東南アジアから連れ帰った猿の神。昼は木彫りの像だが…「外来種」
山の廃屋からまろび出て里に来る妖・血鞠とは…「ちまりの話」
人を刺した箸から芽吹いた楠に宿る妖獣…「しいらくさん」
ある家が祀る独自の神、〈海ンカミサン〉。強すぎるその力とは…「ゥフゥヌンヮヌゥーノッ」
他、異形たちが跋扈する33話!

編著者コメント(加藤一)

「誰かの実体験、実際の目撃譚」を聞き拾って書かれる実話怪談の中で、所謂【心霊モノ】と言えば「人の意志や執着が形を成した幽霊が出てくる怪談」で、こちらは皆さんも馴染みがあるんじゃないかと思います。その一方で、「神様が出てくる話」と並んで好みが分かれるのが「妖怪が出てくる話」です。
「それらが人ではない」という共通点から、妖怪と神様の境界線は非常に曖昧だなあと思うんですが、「人の形をしていない、人かどうかすら怪しいもの」となると、幽霊を信じる強者の怪談ジャンキーでも、それを受け入れるに当たってやはり躊躇してしまうことが多いようです。
一方、「怖い話の魅力に取り憑かれた人」の怪談人生の入り口辺りには、多分様々な妖怪との邂逅があった、とも思うんですよね。妖怪が題材として登場する漫画、アニメもそうでしょうが、小学生向けの「妖怪大百科」みたいなものを見て、〈妖怪見てみたい〉という欲求に突き動かされたのが、怪談人生の始まりだった、みたいな人も少なからずいるのでは、と。
だから、妖怪という難しくも不可解なものを【確かに目撃したんだ!】という体験談を手に入れたりすると郷愁で心躍ったりするんですが、読者諸兄姉の皆様は如何でしょうか。

試し読み1話

「外来種」つくね乱蔵

 藤田さんの両親の趣味は海外旅行だ。
 今まではずっと欧米諸国が目的地だった。それこそ、馴染みの店を持つぐらい頻繁に訪問している。
 最近は新しい刺激を求めると称し、専ら東南アジアを訪ね歩くようになった。
 カンボジア、ベトナム、タイ、シンガポールなどの大都市は勿論、セブ島やバリ島もお気に入りだ。
 有名な観光スポットは避ける。誰もが行く観光地よりも、生活感溢れる市場や裏通りを彷徨く。その土地の住民と触れ合うのが何よりの楽しみだという。
 女性に限らず、男ですら危険な場所もあるだろうし、できれば止めてほしいと頼んでいるのだが、二人とも気にも掛けてくれない。
 父は大手の商社で部長にまで出世した男である。海外支社の勤続年数が長く、英語を始めとして四カ国語に精通している。加えて、数多くの修羅場を乗り越えた経験もある。いざという時は、空手二段の実力が発揮されるだろう。
 母も、看護婦長まで勤め上げた女性だ。度胸という点では父の上を行くかもしれない。
 当分、藤田さんの心配は解消されそうもなかった。

 半年前のこと。
 例によって両親は海外旅行に向かった。新型コロナの影響で暫く控えていたため、久しぶりの長期旅行だ。
 使い込んだスーツケースを引き、散歩に向かうような足取りで二人は出かけていった。
 今回の目的地も東南アジアである。十日間掛けて、のんびりと過ごしてくるらしい。
 時折届くメールに添付された画像には、いつものように妙な街角や、得体の知れない物ばかりの市場が写っている。
 美しい海岸や素晴らしい夜景などは一つもない。
 相変わらずだなと苦笑しながら、藤田さんは両親の帰国を待った。
 帰国を明日に控えた日、またしてもメールが届いた。例によって画像が添付されている。
 何処かの村のようだ。家屋とも呼べないようなみすぼらしい建物が並んでいる。
 そのうちの一軒に妙な物がいた。薄暗がりのせいで、断定はできないが猿に思える。
 人間の子供にしては、手足や身体の見た目が歪だ。ただ、どう見ても顔は人間だ。
 そういう種類の猿がいるのかもしれない。いずれにしても、奇妙な生物だ。
 メールの本文には、こんなことが書かれていた。

 写っているのは猿の神様だ。この村で飼っているらしい。見た瞬間、惚れた。どうにかして連れて帰りたい。交渉してみる。

「いや、それは駄目だって」
 思わず呟いてしまった。確か、猿の輸入は試験研究用か展示用に限られているはずだ。
 基本的に一般人は輸入禁止と言ってもいい。幾ら珍しいからといっても、いや珍しければ尚更、持ち帰りは不可能だろう。
 父にどれぐらいの権力があるか分からないが、法律を無視できるとは思えない。
 藤田さんは、その気持ちを素直に返した。結局、それ以降のメールのやりとりはなく、帰国の日を迎えたのである。

 両親は珍しくタクシーで帰ってきた。普段なら、行き帰りとも最寄り駅からぶらぶらと歩いてくる。
 様子もいつもと違う。羽を伸ばしてきたはずなのに、夫婦喧嘩でもしたかのように険しい表情だ。
 出迎えた藤田さんも無視し、タクシーから降ろしたスーツケースを持って家に入っていく。
「お帰り。荷物、運ぼうか」
 二人とも振り向きもせず、スーツケースを居間に運び込み、ゆっくりと開けた。
 衣服に混ざり、古びた木箱が入っている。父は、その箱を骨董品でも扱うように慎重に取り出した。
「猿の神様だ。漸く我が家にお招きできた」
 そう言って、ゆっくりと箱を開けた。
 藤田さんの脳裏に浮かんだのは、あの画像の猿だ。一瞬、身構えたのだが、中から現れたのは猿は猿でも木彫りの像だった。
 素人の手によるものか、かなり粗い像だ。辛うじて猿と分かる程度である。絹製と思われる紫色のクッションで保護されてあった。
 二人は、その像を慎重に取り出し、サイドボードの上に置いた。残念ながら、北欧風の内装に全く似合っていない。
 笑ってしまった藤田さんを二人は物凄い目で睨みつけ、像の前でいきなり土下座を始めた。
 唖然として見つめる藤田さんの目の前で、一心不乱に祈りを捧げだす。聞いたこともない言語で、歌うような祈りだ。
 何度か止めようとしたが、無理だった。三十分ほど経ち、漸く二人は祈りを終えた。
 それからは普段通りの両親に戻り、一緒に食事をし、会話を交わし、いつもより少し早めに二人とも仲良く就寝した。
 さっきの土下座と祈りは何だったのかと訊ねたのだが、そのときだけポカンと口を開けたまま、何も言わなくなる。
 怖くなった藤田さんは、それ以上の追及は止めてしまった。
 一体あの祈りは何だったのか。あの像は何なのか。何やら宗教的な印象もあるが、調べるべきだろうか。
 自室でネットを検索してみたが、該当するような物は見当たらない。
 気持ちは悪いが、実物をしっかりと調べてからだと決心を固め、藤田さんは居間に向かった。
 時刻は夜中二時。足音を忍ばせて進む。両親はすっかり眠っているようだ。
 居間のドアをそっと開ける。部屋の明かりを点けた瞬間、異様なものが見えた。
 像が置いてあった場所に、猿が座っている。木像ではない。あの画像に写っていた猿だ。
 目の前で見て、はっきりと分かった。間違いなく、首から上が人間である。アジア系の顔、平たく広がった鼻と細い目、薄い唇が妙に赤い。
 猿は、その唇をきゅっと引き絞り、甲高い声で笑った。
 ドアノブを握りしめたまま、立ち竦む藤田さんに向かって、猿は何事か言った。
 グトムナコと聞こえた。もう一度同じ言葉を発したが、藤田さんは固まったまま、反応できない。
 猿は諦めた様子で首を軽く振ると、立ち上がって窓のほうに歩いていく。
 止めなきゃという気持ちと、あんなものに関わってはいけないという気持ちがせめぎ合う。
 迷っている藤田さんをチラリと見てから、猿はゆったりとした足取りで窓に到着し、そっと手を触れた。
 その瞬間、猿は窓をすり抜け、外に出た。匂いを嗅ぐように鼻を突きだし、何かを探している。
 目的地が決まったのか、猿は大きく一声吠え、走りだした。
 大変だ、警察に通報しなきゃ。いや待て、信じてくれるだろうか。猿を見かけたと言えば、来てくれるのは間違いない。
 だが、あの見た目である。捕獲に成功したら、とんでもない騒ぎになるのでは。
 その結果、万が一にでも両親が持ち込んだものだとばれてしまったら、逮捕されてしまう。
 散々迷った挙げ句、藤田さんは全て見なかったことにした。

 翌朝。
 恐る恐る居間に向かうと、既に両親がいた。二人ともサイドボードを見つめている。
 それだけではない。あの奇妙な祈りを始めている。
 対象となる猿の置物はもうないのだが、構わないようだ。
 前回と同じく、三十分ほど経ち、二人は普段通りの生活を始めた。
 結局、猿は戻ってこなかった。
 それから一カ月後。二人はまた、海外旅行に向かった。行き先は前回と同じく東南アジアの国である。
 今回は一週間だけだ。最終日近く、父からメールが届いた。
 こんなことが書いてあった。

 今度は雌の猿の神様が手に入った。物々交換を希望されたが、何とかなった。

 添付された画像には、女性の顔をした猿を抱っこする父が写っていた。

 今回もやはりタクシーだった。喜色満面の父だけが降りてきた。スーツケースを持ち、家に入っていく。
「父さん。母さんはどうしたの」
 父は振り向きもせずに答えた。
「交換した」

 サイドボードには、前の物と同じような木彫りの猿の像が置かれた。雌の猿ということだが、言われてみれば何となく線が優しい。
 猿は真夜中にまた実体化し、同じようにグトムナコと言葉を残し、闇に消えていった。
 父は母がいないことに何も感じていないようだ。
 実を言うと、藤田さん自身も別にかまわないかと思っている。一週間程経ち、猿が二匹揃って仲良く帰ってきたからだ。
 自宅の庭で楽しげに遊ぶ猿達を見ていると、何もかもどうでも良くなってしまう。この世はパラダイスなのだと確信できる。
 こんな幸せを手放す訳にはいかない。子供が生まれて数が増えても、全力で守るつもりだという。
 ちなみに、グトムナコという言葉を調べたのだが、タガログ語で腹が減ったという意味らしい。
 猿達が何を食べているのか、藤田さんには分からない。父は知っているようだ。

―了―

著者コメント(つくね乱蔵)

外来種の動植物は例外なく繁殖力が強い。この話に登場する外来種の猿も、どうやら尋常ではない繁殖力を持っているようだ。数年後には、すぐ身近に存在しているかもしれない。日本の妖怪は、どことなく憎めない連中だが、この猿はそんな常識が通じない気がする。

編著者紹介

加藤 一 (かとう・はじめ)

1967年静岡県生まれ。老舗実話怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル「恐怖箱」シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。近著に『「弔」怖い話 六文銭の店』、主な既著に『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「「忌」怖い話」「「超」怖い話」「「極」怖い話」の各シリーズ(竹書房)、『怪異伝説ダレカラキイタ』シリーズ(あかね書房)など。

現代実話異録シリーズ・好評既刊

『鬼怪談 現代実話異録』

『村怪談 現代実話異録』



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