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怪談師・牛抱せん夏が綴る恐ろしき怪異譚100+語り版8話!『百怪語り 蛇神村の聲』著者コメント&収録話「ニエ」全文掲載

「なにかがギチギチになって蠢いている。襖からは巨大な蛇が…」
関わる異性が死ぬという男性の身に迫る怪異 「ニエ」より


あらすじ・内容

古典から現代ものまで怖い話を語る怪談師として活躍している牛抱せん夏が、様々な怪異に遭遇した方に取材をして怪談をまとめ上げる。
・自宅に持ち帰った人形が恋しがるのは…「あんちゃん」
・身近にいる女性が亡くなっていく恐ろしい理由「ニエ」
・夜中に見かける後ろ姿の少女、顔を見ると…「耳」
・家族旅行先で遭った怪異の行方「先回り」
・ここどこ?どこに戻ればいいんだよ!と事故死した友人の声が…「残されたビデオ」
・村を取り巻くようにとぐろを巻き、ゆっくりと動いたものは…「蛇神村の聲」
――など100話+語り8話を収録。

「この世の裏側」を覗き見たい方、こちらへどうぞ。

著者コメント

「百怪語り」は読んで字の如く百話の怪異をつづった怪談本です。前作の『百怪語り 冥途の花嫁』に続いての第二弾。日々、怪異体験者様に話を伺いコツコツと蒐集してきました。
怪談である以上、怖くなければならないとお思いになる方もいらっしゃるでしょう。しかし「怖い」の感情は人それぞれです。強いこだわりを持たず、体験者様の記憶の片隅にコッソリとお邪魔するような気持ちでまとめました。
怪異譚は「家族」「友」「住」「職」「村」「海外」「祭」「世間」の八つにジャンル分けし、各タイトルの扉裏には語り版をしたためております。合計で一〇八話。煩悩の数になるわけです。ぜひあなたも体験者様の記憶の片隅に、怪異の現場に共にワープしましょう。

牛抱せん夏より

1話試し読み

ニエ

「私ね、特にイケメンじゃないですし、話がおもしろいわけでもないので、決してモテるタイプの人間ではないんですよ」
 電話口で佐藤さんはそう話しはじめた。
 彼が、多くの女性から言い寄られるようになったのは、結婚をした頃からだった。出会う女性のほとんどから好意を向けられるのだという。
「困ることがありまして。特に深く関わりを持つと、その方が必ず死ぬんです。だから、なるべく距離を取るように気をつけています」
 結婚して間もない頃、彼は飲食店で板前として働いていた。そこへアルバイトで入ってきた女子高校生がいた。悩み事の相談に乗っているうち、彼女は佐藤さんに好意を向けるようになり、交際を申し込まれた。既婚者であることを伝えると彼女は、
「そうですよね。ずっと一緒にいらっしゃいますもんね。私もそばへ行きたいな」
 佐藤さんの背後をじっと見つめてそうつぶやいた。
 高校生は翌日バイトを辞め、数日後、自殺した。
 佐藤さんは転職し、介護施設で働きはじめた。なるべく女性と関わらないようにしたかった。
 ある日、入所者の高齢女性が、突然雑誌を手にして、
「蛇がいるわ。あっちへ行きなさい。しっし」
 と、ベッドを叩きだした。どこを探しても蛇の姿などない。女性をなだめると、
「あなた、いつも一緒にいるのね。仲が良くていいわね。私もそばへ行きたいわ」
 そう言って佐藤さんの背後を見つめてほほ笑んでいる。女性は翌日、亡くなった。
 また、仕事帰りに立ち寄った近所のコンビニで、迷子の女の子を見つけた時のこと。
 警察が来るまでの間、話し相手になっていた。女の子の両親からは感謝され、その後も交流があった。
 ある日、家を訪ねると女の子は嬉しそうに飛びついてきた。
「いつも一緒にいるんだね。そこ、行ってみたいな」
 佐藤さんの後ろを指さす。ふり向くが誰もいない。なんのことだろう。女の子は数日後に事故で亡くなった。

「深入りすると、亡くなるんです。みんな、同じことを言うんですよね。いつも一緒で羨ましいって。誰もいないのに。外へ出て人と関わりを持つことが怖くなって、しばらく休職することにしました」
「身近で三人の方が亡くなるのは辛いですね」
「三人じゃないですよ。もっとです。最近、原因がやっとわかった気がします」

 佐藤さんはある晩、喉が渇いて目が覚めた。二階の寝室から階段を下りる途中、一階の和室から微かに音が聞こえた。
 閉めたはずのふすまが開いていて、なにかがギチギチになってうごめいている。思わず足を止めて様子をうかがうと、襖に当たって中から巨大な蛇の頭が出てきた。
 蛇はぬらぬらと近づいてきて佐藤さんの目の前で止まった。こちらを見つめるその目は、蛇のそれではない。瞬時に妻の目だと悟った。妻の右目の下には特徴的なほくろがある。佐藤さんは妻のその目に惚れていたのでピンときた。
 蛇は口を開けると、
「ニエ……よこせ……。ニエをよこせば、オマエを生涯守ってやろう……」
 そう言って大笑いしながら佐藤さんの横をすり抜け、ずるずると階段を上り寝室へ入っていく。
 慌てて後を追うと、寝ている妻の腹部にしっぽの先が、ずるんと入って消えた。妻を揺り起こし「大丈夫か」と問うと「夜中になによ。うるさいな」と一いち瞥べつされた。
 妻に背を向けて横になって布団を被ってみたものの、眠るどころではなかった。
 今起こったできごとを反芻はんすうし続けた。と、背中の異様な気配に飛び起きた。妻が正座してこちらを見下ろしている。そのからだには大蛇が巻きついて舌をチロチロと動かしている。
 虚ろな目をした妻を見て、先ほどの言葉を理解した。
「ニエ」とは「生贄いけにえ」を意味しているのだ。
「だから私はこれ以上もう犠牲を出さないためにも、女性と関わってはいけないんです」と彼は言う。
 ところで、このご夫婦にはふたりのお子さんがいる。ひとりは女の子だ。インタビューの最後に気になることを訊ねてみた。
「お子さんは、大丈夫なのでしょうか」
「はい。だいじょうぶです。娘の躰にも蛇がついていますので……」

―了―

著者紹介

牛抱せん夏 (うしだき・せんか)

怪談師。現代怪談、古典怪談、こども向けのお話会まで幅広い演目を披露する。
著書に『実話怪談 呪紋』『実話怪談 幽廓』『呪女怪談』『呪女怪談 滅魂』『千葉怪談』『百怪語り 冥途の花嫁』など。

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