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論文紹介 地理的要因が勢力均衡に及ぼす影響はどのようなものか?

国際政治の研究では、各国の能力の優劣を判断し、それに基づいて行動を説明する勢力均衡理論(balance of power theory)が使われることがあります。この理論には複数のバリエーションがあるのですが、基本的に脅威を認識すると、国家は軍備の拡張や同盟の強化で対応するというバランシング(balancing)を行うことが想定されています。ただし、研究者は、脅威が出現したとしても、勢力均衡理論が想定するようなバランシングが起こらない場合が少なくないことも指摘してきました。

この問題についてJack LevyとWilliam Thompsonは「陸上と海上におけるバランシング(Balancing on Land and at Sea)」(2010)において、海洋国家(maritime powers)と陸域国家(land-based powers)の軍事的能力には性質的に違いがあり、互いに脅威を及ぼす性質はないためであると論じています。つまり、国家の領域の特性やその能力の種類を考慮しない勢力均衡理論は、対外政策を説明する理論として不満足なものです。海洋国家の相対的な能力が強くなったとしても、陸域国家がそれに対して安全保障上の脅威を感じるわけではなく、したがってバランシングを図らないと著者らは考えます。

著者らの見解では、海洋国家の能力が相対的に強くなるほど、それに対抗する大規模な連合体が形成される確率は低下していきます。海洋国家の軍事的能力は国際貿易に欠かせないシーレーンを安定させる効果があるためで、沿岸部を有する陸域国家はシーレーンから恩恵を受けとることが期待されます。海洋国家は領土の拡張を必要とせず、現状維持を望みますが、単独で陸域国家と交戦することが難しいため、その能力を補完できる同盟を世界規模で準備しようとする傾向があります。

著者らは、データ分析で、この見解を裏づけようとしています。1495年以降の国際政治史において、海上戦力の規模を定量的に比較し、主要な海洋国家としてポルトガル(1495~1574)、スペイン(1580~99)、オランダ(1600~49;1665~69)、フランス(1670~99)、イギリス(1575~79;1650~64;1700~1919)、アメリカ(1920~)を特定し、これらに対するバランシングが出現する確率をいくつかの条件に分けて検討しました。著者らは海洋国家の能力に対して大規模な対抗同盟が出現する確率は低いことを示す証拠を提示した上で、陸域国家に対する場合とは顕著な違いがあることが確認できると主張しています。

国際政治学で勢力均衡理論を用いる研究者は、こうした能力の違いの重要性を軽視してきました。例えば、著者らはスティーヴン・ウォルトの理論を問題視しています。ウォルトは同盟の形成を誘発する条件として、国家間の能力の分布よりも攻撃的な意図をめぐる認識が重要な意味を持つと主張し、勢力均衡理論に重要な修正を加えた研究者です。ウォルトは国家間の勢力だけではなく、その位置関係が近接していること、攻撃的能力と攻撃的意図を併せ持っていることが、同盟形成を説明する主要な要因だと述べており、地理的環境の特性を考慮しています。しかし、その軍事的能力が陸軍中心なのか、海軍中心なのかを区別していないため、アメリカのような海洋国家の能力が国際社会で及ぼす影響を根本的に誤認させる恐れがあると著者らは指摘しています。

「主要な大陸のランドパワーは領域によって存続しており、その領土を保護し、また拡張するために陸軍を整備する。主要な海洋国家は貿易によって存続しており、その経済的帝国は貿易で支えられるので、貿易システムを保護し、また格調するために海軍を整備する。大規模な陸軍は、大規模な海軍よりも、他の主要国の領域と制度に重大な脅威を及ぼす」(p. 40)

著者らは国際政治において国家が優越した勢力、あるいは敵対的、攻撃的な意図を持った勢力に対してバランシングを行うと無条件に述べることは、ほとんど間違いなく間違っていると述べています。その見解によれば、勢力均衡理論の考え方は陸域国家の相互作用に限定して適用しなければなりません。この研究はランドパワーとシーパワーが対立することを必然とする見方が、必ずしも正確ではないことも示唆しています。

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