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現代の海洋戦略を学びたい人のための『海上戦を理解する』の紹介

16世紀に西ヨーロッパ諸国が海洋進出を本格化させてから、海軍が持つ役割は多様化し続けてきました。海上護衛、海賊対策、海上封鎖、通商破壊、示威活動、艦隊決戦など、歴史上の海軍が遂行してきた任務は多岐にわたっており、現代では核抑止、強制外交、防衛交流などの手段としても運用されています。

現代の海洋戦略を徹底的に調査研究したいならば、アイルランド国立大学(メイヌース大学)の軍事史・戦略学研究所(Centre for Military History and Strategic Studies)のディレクターであるスペラー(Ian Speller)の『海上戦を理解する(Understanding Naval Warfare)』(第2版、2019)は一読する価値があります。この教科書は戦略レベルから作戦レベルまでの海上部隊の運用について包括的な見取り図を与えてくれるものです。

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第1部 海上戦と海洋国家の概念
1.海上作戦環境の特性
2. 海洋戦略と海上戦
3. 海洋戦略と海上戦(続)
4. 海上外交
5. 理論から実践へ
第2部 現代の実践
6. 海上での戦闘行動:海上管制と海上拒否
7. 海上での戦闘行動:海上管制の活用
8. 海上からの戦闘行動
9. 海洋安全保障と海上における治安維持
10. 現代の海軍政策と将来の展望
結論

著者は本書の議論を理論的考察を扱う第1部と、現代の課題を扱う第2部に大きく区分しました。第1部では、アメリカのアルフレッド・セイヤー・マハンや、イギリスのジュリアン・コーベット(第2章)、フランスのラウル・カステックス、ソ連のセルゲイ・ゴルシコフ(第3章)などの戦略思想が取り上げられています。また、ジェームズ・ケーブルのように、砲艦外交のような外交的な運用について考察した研究者もしっかり解説されており、海洋戦略が必ずしも戦時における海軍の運用だけに限定されないことが分かります(第4章)。

第2部に移行してから、著者は海軍の運用をより具体的な作戦行動の観点から検討していきます。ここでも著者は独自の区分を提案しています。まず、海軍が海上優勢を獲得するために、あるいは海上優勢を拒否するために行われる作戦行動の議論を第6章に、海上優勢を活用するために行われる作戦行動の議論を第7章に配置しました。もちろん、著者自身もこれらが表裏一体のものであることを認めています。

第8章で論じられている勢力投射(power projection)についても、場合によっては海上優勢を獲得し、あるいは拒否するために行われる場合がありますが、著者は海上から陸上の目標に対して戦闘力を発揮しなければならない勢力投射については、海上の目標に対して戦闘力を発揮する海上作戦と大きな違いがあるとして、この区分を正当化しています。いずれの区分についても、第1部で示した枠組みに沿って展開しているので、第1部を読み通した読者であればさほど混乱を感じることはないでしょう。

これはあくまでも教科書なので、著者独自の研究成果が示されているわけではありません。そのため、研究者や専門家には物足りないかもしれませんが、結論において著者が海軍の活動を軍事(military)、外交(dipolomatic)、保安(constabulary)の3系統に区分することができると述べている点は検討に値すると思います(p. 218)。例えば、軍事の系統では、海上優勢をめぐる争奪に関する活動と、海上から陸上へと影響を及ぼす活動に細分化され、それぞれの下位領域に海上戦を遂行するための詳細な任務が分類されています。外交の系統では強制、予防外交から同盟国や友好国への援助、人道支援などが包括されており、保安の系統に属する活動には禁輸措置や海賊対策から海難救助などが位置づけられています。

著者は過去から現代、そして将来にわたって海洋戦略の調査研究にとって基本とするべき概念を堅実に構成し、それをしっかりと論理的な構造に組み上げています。最近の研究では中国が東シナ海や南シナ海で海洋進出の動きを見せています。そのため、接近阻止/領域拒否(Anti-Access/Area Denial)などさまざまな専門用語で中国戦略を分析することが試みられていますが、著者はそのような新語によらなくても、中国の海洋戦略は海上拒否として十分に理解できると主張しています(p. 219)。

『海上戦を理解する』は海洋戦略の優れた教科書であり、現代の海洋安全保障に興味を持たれている方にとって参考になるはずです。各章の最後に置かれている文献案内も最近の研究成果を踏まえており、学習を進める上で大いに役立つだろうと思います。

見出し画像:U.S. Department of Defense

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