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メモ 議院内閣制の連立政権では、どのような政策過程が展開されるのか?

議院内閣制の下では、政治家が政権を発足させるために、議会の信任を得なければなりません。つまり、政権を維持するには、議会の過半数の議席を支配する必要があります。

ただ、単一の政党が持つ議席だけでは、この条件を満たせないことがあります。このような場合、複数の政党が集まって連立政権を発足させ、それぞれの党の議席保有率に応じて、閣僚ポストを分配するという方法が採られます。

この方法を採用した場合、総理大臣は政権を発足させることができたとしても、自分(あるいは自身が所属する政党)が好ましいと考える政策を実行できる確率は低下します。これは連立政権を存続させるために、連立に参加している他党が好ましいと考える政策に配慮する必要が出てくるためです。政治学者ジョージ・ツェベリス(George Tsebelis)はこのような場合にどのような交渉が展開されるのかを理論的なモデルを使って分析しています。

ツェベリスは「政治システムにおける政策形成(Decisionmaking in political systems)」(1995)で、政治システムによって既存の政策決定を変更する政権の能力が違う理由を説明するために、拒否権プレイヤー(veto player)という概念を定義しました。

拒否権プレイヤーは、何らかの政策変更を行う上で、必ず合意を得ておかなければならない個人あるいは集団です。もし彼らの反対を無視して手続きを進めようとすると、正式な政策決定に辿り着く前の段階で拒否権が発動され、政策を決定できません。

ツェベリスは、この拒否権プレイヤーとして行動する個人や集団がどれほど多いのかという点と、彼らが主張する立場がどれほど異なっているのかによって、その内閣が政策変更を実行できるかどうかを判断できると論じています。連立政権を維持したい総理大臣にとって、連立に参加している政党が、連立から離脱することだけは避けなければならないため、彼らは拒否権プレイヤーと位置付けることができます。

もし、その連立に参加している政党が政策変更に強く反対しているなら、政策変更は実行不可能です。この事態を回避するためには、総理大臣は交渉の進め方に工夫が求められます。

例えば、争点になっている政策領域の範囲を広げることによって、拒否権プレイヤーが満足できるような政策変更のあり方を模索することは一つの手となるかもしれません(数理モデルを用いた分析の詳細については『拒否権プレイヤー:政治制度はいかに作動するか(Veto players: How political institutions work)』を参照)。

こうしたツェベリスの視点は、議院内閣制の連立政権における政策過程においては、総理大臣が選択できる政策に政治的な制約が課されており、結果として連立を組んだ政党の立場にかなり配慮しなければならなくなることを明らかにしています。

これを理解しておけば、連立政権を発足させようと目論む与党にとって、連立を組む政党を選ぶ際に、多くの議席を保有している政党で、かつ政治的な立場の隔たりが大きな政党との連立を避けた方が合理的であることが分かります。

連立の相手を選ぶ際には、自党の議席と合わせて議会の過半数を制することができなければなりませんが、あまりにも議席の保有数が大きくなってくると、より多くの閣僚ポストを分配する必要があり、また政策過程で拒否権を発動されるリスクが高まると考えられます。

ただし、日本の政治を考える場合は、自民党と公明党の連立だけでなく、自民党の党内政治、特に派閥政治を考慮に入れる必要があるでしょう。自民党では複数の派閥を動員することによって総裁の地位を確保することが可能になりますが、その際に自身の派閥が弱く、他の派閥に依存する程度が強くなるほど、総理大臣は閣僚ポストを他の派閥に分け与えなければならなくなります。これは政策過程において一貫した決定を下す能力を低下させる要因となるだけでなく、自身の派閥を維持する上で必要な見返りを手放すことでもあるため、政権の存続はより難しくなると考えられます。

参考文献

Tsebelis, G. (1995). Decision making in political systems: Veto players in presidentialism, parliamentarism, multicameralism and multipartyism. British journal of political science, 25(3), 289-325. https://doi.org/10.1017/S0007123400007225

Tsebelis G. (2002). Veto Players. How Political Institutions Work. New York: Russell Sage Found.(邦訳、ジョージ・ツェベリス著『拒否権プレイヤー:政治制度はいかに作動するか』眞柄秀子、井戸正伸監訳、早稲田大学出版部、2009年


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