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ブローディは伝統的な戦略理論の限界をどのように批判したのか?

冷戦時代で最も独創的な戦略理論家の一人だったアメリカの政治学者バーナード・ブローディは、第二次世界大戦までの戦略理論の限界を厳しく批判し、より科学的なアプローチが必要であると主張したことで知られています。ブローディは、戦略の研究は社会科学になる必要があり、それは人間の社会的相互作用に関する命題から出発しなければならないと主張しました。これは従来の戦略理論の前提を見直すだけでなく、新しい礎を築くための一歩となりました。

Brodie, B. (1949). Strategy as a Science. World Politics, 1(4), 467-488. https://doi.org/10.2307/2008833
(この論文はMahnken, T. G., and J. A. Maiolo, eds. (2008). Strategic Studies: A Reader. Routledge.の1章に収録されている。本稿の引用、参照もこの文献による)

戦争の研究には長い歴史がありますが、ブローディはその成果が根本的な欠陥を抱えており、そのために軍部の指導者は科学的に戦略を研究できていないと判断しています。ブローディは、伝統的な軍事学で軍隊の運用の基本的な考え方が戦いの原則としてまとめられてきたことを指摘しています。

戦いの原則は19世紀の軍事理論家であったアントワーヌ・アンリ・ジョミニの思想にさかのぼることができるもので、第二次世界大戦でも各国の軍隊の教範に形を変えながら採用されてきました。ブローディは戦いの原則が無価値ではなく、教育することの意義それ自体は認めていますが、その内容は当たり前のことであって、それは常識を働かせよという命令にすぎないと評価しています(Brodie 2008(1949): 9)。

「この『不変の原則』が、活力ある柔軟な理論の代用品として、これほど長く持ちこたえてきたのは、その卓越した利便性によるところが大きい。この原則は『教化』によく適しているため、伝統的な軍事教育のパターンにぴったりである。軍隊の学校で速成の教育課程の一部として、すぐに学ぶことができる。そして、学校の卒業生には戦略知識の共通要素があると推定できるようになるので、上級士官に進級する候補者を検討するとき、その知識を考慮せずにすませることができる。しかも、この共通要素は、戦闘の危機的場面で下級の指揮官が上級の指揮官の意図を容易に理解し、場合によっては予測できるはずだと推定することを可能にする。そのような信頼関係を築くことが望ましいことに疑問の余地はない」

(Ibid.: 10)

このような利点を認めつつも、ブローディは戦いの原則は現実と関係のないスローガンに堕落する恐れがあるとして、その欠点に目を向けています。このような欠点があるのに戦いの原則を手放すことができないのは、軍隊に特有の保守主義のためというよりも、科学的思考の欠如によるものであるというのがブローディの見解であり、その結果として過去の経験から有益な教訓を引き出す能力が低下しているとして、「この業務には、分析と証拠を厳密に検討するために訓練された思考が求められる」と主張されています(Ibid.: 11)。

以上の判断を踏まえ、ブローディは戦略理論を最適化理論として再編することを提案します。この提案では、戦略理論の基本的な問題は安全保障のため、国家の資源を効率的に配分する方法を特定することであると想定されており、それは経済学の理論と関連しています(Ibid.: 12-3)。言い換えれば、戦略理論は、国家の安全保障を実現するために、投入しなければならない資源を最小に抑える方法を明確にすることが求められます。より狭い軍事戦略に限定するとしても、やはり軍事部門に動員された資源を政治的、地理的状況に応じて最適に配分しなければなりません(Ibid.: 13)。

ブローディは海軍の内部で「均衡のとれた艦隊(balanced fleet)」という言葉がよく使われていることを紹介しているが、これには実質的な意味がほとんどなく、さまざまな任務を遂行することができるという曖昧な意味しか持たないと指摘しています。しかし、経済学の限界効用(marginal utility)という概念を使えば、より明確に定義することができます。限界効用とは、ある財やサービスの消費量が一単位増加したとき、これに伴って消費者が増加させる主観的な満足の大きさを意味します。部隊の編成を最適化したいのであれば、「均衡のとれた艦隊」のような曖昧な概念に頼るのではなく、さまざまな戦略的、戦術的な任務を考慮した上で、それぞれの任務を達成するために各種戦力の限界効用を見積るべきだとブローディは述べています。もちろん、「これら戦力要素間の限界効用の測定は決して簡単ではない」のですが、戦力設計で均衡を図る上で必要な分析の範囲と方向を示すとされています(Ibid.: 14)。

ブローディは、当時のアメリカで海軍と空軍が航空母艦の必要性をめぐって激しい論戦を行っていたことを取り上げ、このような最適化理論の必要性が高まったことを示しています。アメリカ空軍は航空領域を専門とする独立軍種として1947年に創設され、航空機の整備と運用を開始しましたが、その直後からアメリカ海軍が空母の艦載機を整備、運用することに反対していました。空軍の見解では、航空機は空軍に集約すべきであり、海軍は空母を全て廃棄すべきでした。しかし、海軍は第二次世界大戦を通じて空母打撃部隊の重要性を深く認識しており、空軍の見解に断固として反対しました。この問題を合理的に解決するには、空軍の航空機1機分の戦力を増強した場合の限界効用と、空母1隻分の戦力を増強した場合の限界が等しくなるような戦力のバランスを探さなければならないというのがブローディの立場でした(Ibid.: 15)。

このような問題を解決できる人材を持つことが、現代の軍隊の課題であり、そのためには教育の内容を見直すことが必要であると考えられています。職業軍人の価値観は、忠誠と献身を重んじており、行動力や決断力が理想化されていますが、そこには知識や分析より、経験や行動を尊重する反知性的バイアスが含まれており、組織として学習プロセスが歪められる傾向があることを自覚しなければなりません(Ibid.: 17)。戦略の研究に科学的なアプローチを持ち込むべきであるというブローディの議論は、上級士官を養成する教育機関の水準を大学院の水準にまで引き上げるような改革を行うべきだという提言で締めくくられています。

「軍隊は、研究者を訓練することが目的ではないこと、軍部の指導者には知的な資質以外にも必要とされる資質があること、そして戦略立案者に関する所要は結局のところ著しく限定されていることを理由に改革に反対するだろう。もちろん、これらの議論は正しい。成功した軍隊の指導者になるためには、優れた思考力を持ち、戦略に関するよい教育を受けているだけでは十分ではない。しかし、それは軍隊の任務が他の任務よりも厳しいものであるということを述べているにすぎない」

(Ibid.: 18)

つまるところ、優れた軍隊の指導者は、学問的な業績だけで選ばれるべきではありませんが、それは学問的な業績に劣る人材を抜擢する理由になりません。戦いの原則のような不確実な基礎を捨て、より科学的なアプローチで戦略を分析できる人材を獲得することが、国家安全保障にとって重要です。

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