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青森をめぐる――「東北の春」に向けて(10)

最近、あちこちの地方都市に出かけ、まちあるきをすることが密かな楽しみになっている。はじめは学会や出張のついでに観光してくるという感じだったのが、しだいに、一日よぶんに滞在してその界隈をまちあるきとか、知り合いに会いに行く口実であえてよその街に出かけるとかをし出すようになり、現在ではまちあるきそれ自体を目的としたスタディツアーにすっかりはまってしまっている。



最近とくに面白かったのは、8月半ばに行った青森県内各地をめぐるスタディツアーである。ねぶた祭りが終わりお盆休みに入るまでの、混雑を避けた隙間の時期をねらい、山形から車で五時間ほど高速をひた走り、8月9日に青森入り。以後、青森市内の宿を起点に、10日には津軽半島、11日には下北半島、そして12日には青森市内をめぐり、八甲田山麓、十和田湖畔を経由して秋田県に入った。13日には大潟村、男鹿半島をめぐって山形に戻った。

青森市内では、まず〈青森県立美術館〉へ。弘前出身の奈良美智の作品「あおもり犬」で有名な美術館だが、入ってすぐ、ホールの壁の巨大な茶色の絵に度肝を抜かれ、そのまま釘づけになってしまった。淺井裕介「《根と路》」。シカや太陽などのさまざまなモチーフが、縄文土器の模様のように、8m×16mのキャンバスににぎやかにひしめきあう大作で、生命力あふれる縄文の美を強烈に印象づける。実際に〈三内丸山遺跡〉などの土が使われているという。

美術館のすぐ隣には、その〈三内丸山遺跡〉がある。遺跡の付属施設〈縄文時遊館〉には、発掘された土器や土偶などが展示された〈さんまるミュージアム〉があり、縄文土器の美しさに圧倒された。施設を出ると、そこは〈三内丸山遺跡〉。約5,500~4,000年前に定住生活が営まれていた集落遺跡で、だだっ広い敷地のあちこちに、大小さまざまな竪穴住居やお墓、有名な巨大掘立柱建物などが点在する。縄文のイメージが大きくかきかわる体験だ。

津軽半島では、太宰治の生まれた街・金木へ。目的地は〈斜陽館〉。太宰の生家であるその建物からは、昭和初期の津軽の大地主・津島家の豪勢な暮らしぶりがうかがえた。隣接する〈金木観光物産館・マディニー〉では、太宰が好んで食べたといういくら・納豆かけごはん「太宰丼」や「十三湖しじみラーメン」、「帆立の貝焼きみそ」などをいただいた。近代文学嫌いでこれまで一冊も読んだことのなかった太宰だが、これをきっかけに『斜陽』『人間失格』を読んだ。

その後、太宰絡みでさらに北上。十三湖畔を通過し、うねうねと続く山道を抜けるとそこは津軽半島北端の龍飛岬。有名な〈階段国道〉――国道339号。国道なのに階段の道路なので、徒歩でしか行き来できない――をおり、漁村を少し歩くと、〈太宰治文学碑〉がある。『津軽』の一節が刻まれたその碑の道向かいには、かつて太宰が滞在した旧奥谷旅館、〈龍飛岬観光案内所・龍飛館〉がある。夕刻だったため、すでに閉館していた。残念。

龍飛岬でもうひとつ面白かったのは〈青函トンネル記念館〉である。ここは、青森港に停泊する〈青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸〉と合わせると面白さが増す。かつて青森‐函館間は〈青函連絡船〉で行き来されていたが、沈没事故などが絶えず、別の交通手段が模索されるに至る。そうしてできたのが〈青函トンネル〉である。その難工事のようすを伝えるのが、〈青函トンネル記念館〉。館からは、地下140mの〈体験坑道〉に降りることもできた。

一方、下北半島では、まさかりの真ん中にある〈霊場恐山〉へ。透明度の高い宇曽利山湖の湖畔に広がる〈恐山菩提寺〉の〈奥の院〉。山門をくぐり、本尊が安置された地蔵殿にお参りし、参拝順路にそって地獄めぐり。あちこちのお地蔵さんや石積み、鮮やかな赤の風車などを経めぐり、再び山門前へ。ふと見ると休憩所に「イタコの口寄せ」ののぼり。ちょうど若いイタコの女性がおじいさんに口寄せを始めるところだった。お寺では放任しているそうである。

この後、下北半島では〈東通原発PR館トントゥビレッジ〉〈六ヶ所村原燃PRセンター〉〈道の駅みさわ・斗南藩記念観光村〉など、八甲田山麓では〈八甲田山雪中行軍遭難資料館〉〈八甲田山雪中行軍記念館・鹿鳴庵〉〈雪中行軍遭難記念像〉、十和田湖畔では〈十和田神社〉、秋田の男鹿半島では〈大潟村干拓博物館〉〈入道崎灯台・灯台資料展示室〉などをめぐってきたが、それぞれの詳細については紙面の都合により割愛する。



スタディツアーの魅力とは何だろう。ひとつには、現地に身をおき、その場所が生んだ〈それ〉に直にふれる、ということがあるような気がする。アウラなどというと大げさだが、それでも、いったんそこに直に身をおくことで、デジタルな記号にすぎなかったものが、色や匂いや手ざわりを伴ったリアルな記憶へと姿を変える。自分のいる場所を新たにひとつずつ手に入れていくような感覚。これが何なのか、もう少しうまく言語化できるようになるまで、引き続きスタディツアーを楽しみたいと思う。

(『みちのく春秋』2016年秋号 所収)

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