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おいしいもの(短編小説集)

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食べ物が出てくる短編小説をまとめました。
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インドカレーの魔力(小説)

インドカレーの魔力(小説)

インドカレーは、全てを解決してくれる。

大学3年生、就活の足音がすぐそこまで迫ってきていることへの焦り。人見知りのくせに接客のバイトを始めた自分への嫌悪。

やる気のない学生とのグループワークで感じる胸やけ。「知り合い」くらいの関係の人とご飯を食べる時に起こる沈黙。親知らずを抜いた歯茎の痛み……

バイトや授業でモヤモヤしても、カレーを食べると晴れやかな気分で帰れる。一人でも、誰かと一緒でも、カ

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「肴荒らし」の会(小説)

「肴荒らし」の会(小説)

大学生になったら皆、気の合う仲間と飲み会をするものだと、昔の俺は思っていた。

だから4年前、関西の大学に進学して、入部した旅行サークルの忘年会で初めて飲み会を経験した時、少し興奮していた。
大学の近くにあるチェーンの個室居酒屋、飲み放題3000円の店。カラオケボックスよりもやや手狭な個室に総勢10名。店内には他の学生グループもいるのか騒がしく、個室の中でも2つ隣の人の声を聞き取るのもやっとだ。

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夜更けの甘長とうがらし(小説)

夜更けの甘長とうがらし(小説)

金曜日の夜10時。

唐津香苗は重い足どりで自宅マンションに帰ると、5階の角にある一室の玄関ドアを開ける。

その音で、玄関の橙色のライトがほわん、と柔らかく灯った。

『おかえりなさい』

隣人に配慮してボリュームが絞られた声が香苗を出迎える。

「……ただいま、ウタ」

彼女は玄関で黒のパンプスを脱ぎ散らかすと、薄手のコートをハンガーにかけた。スーツのジャケットは脱ぎ捨てて、洗濯機の中へ。

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チャイを飲んだ男(小説)

チャイを飲んだ男(小説)

北西駅。

この国の北西地方のターミナル駅で、最北部から東部までを結ぶ高速列車が多く発着する駅だ。

だがその中で、最北部の北端――「人も住まない」と揶揄される北の果てに向かう列車が着く0番線ホームは、少し独特な雰囲気があった。

そのホームは他の高速列車のホームや在来線から離れた場所にあった。

本数こそ少ないものの、高速列車に乗ろうという人は一定数いて、だだっ広いホームには長い待ち時間を潰すた

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