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『彼女。百合小説アンソロジー』(本の感想・今月の本)

今月の本は『彼女。百合小説アンソロジー』(実業之日本社、2022年刊)。


表紙のイラスト。各短編のトビラにも、物語の世界観をイメージしたイラストが掲載されている。


相沢沙呼先生ほか7人の作家さんによる、7編の百合短編小説集です。

百合というのは女性同士の恋愛関係を描いたもの、あるいは恋愛に限らず女性同士の絆といった関係性をテーマにした創作ジャンルの呼び名です。

7編の短編の中には、女性同士の恋愛関係を描いたものもあれば、カテゴリ分けができない複雑な関係性を描いたものもありました。

そしてそれらを読んだ後「百合ってどんな関係性のことを言うのだろう」と考えさせられるようなものでした。

そんな短編の中から特に印象的だった3つについて感想を書いていきたいと思います。


青崎有吾「恋澤姉妹」

あらすじ


主人公は、一見どこにでもいそうな大学生風の女性。だが彼女は凄腕の殺し屋だった。しかも彼女の武器は……靴べら。

そんな彼女には師匠がいたが、彼女は「恋澤姉妹に会いに行く」と言い残し姿を消した。恋澤姉妹は都市伝説のような二人組の女性で、殺し屋だろうが何だろうが、彼女たちの人生に立ち入ったものは殺されてしまうという。

師匠はなぜ、主人公を置いてそんな二人に会いに行ったのか……姉妹について知るため、二人の遍歴を辿る旅に出る。


感想:誰にも邪魔されない、二人だけの時間。


一見どこにでもいそうな女性が殺し屋、しかもどこにでもありそうなもので戦う。

この設定が嫌いな人はおそらく地上にはいない(大袈裟)。

「ガイド」の女・ワラビや恋澤姉妹を取り巻く人々など、クセが強く魅力的なキャラクター。姉妹の正体に少しずつ迫っていくサスペンス感。そしてかっこいいアクション。

こんなに要素が盛り盛りなのに、読みやすくストーリー展開も先が読めず面白い。百合とか関係なく「小説が上手いなあ」と思った。


何よりいいのが主人公と師匠の間の、微妙で、とても重い気持ちの応酬

主人公は女性を恋愛対象として見ていると仄めかされている。

だが師匠に向けている感情は、性愛の対象というよりは、どこか執着めいているもの(いわゆるクソでか感情……?)に思えてならない。

そして彼女が師匠に抱いていた感情はやがて、「二人だけの関係性を邪魔しないで」と人生に立ち入るものを徹底的に排除する恋澤姉妹へのシンパシーに変わる。

シンパシーというよりは、彼女たちに理想を見出すようになっていたのかも知れない。

誰にも指図されず、誰にも邪魔されない、二人だけの関係性

殺し合いという殺伐とした中で生まれた、捻れた感情が、師匠と主人公、恋澤姉妹の前にはあったのではないだろうか。

とても重くていい関係性を見せていただきました……


円居挽「上手くなるまで待って」

あらすじ


主人公は大学時代、文芸サークルで活動していたが、今は筆を折り会社員となっている。そんな彼女が大学時代書いた作品が、何者かによってネット上に公開されていた。

その犯人を探るべく、憧れていた繭先輩や、当日のサークル仲間に話を聞き「捜査」を始める。だが主人公は、先輩との眩しい思い出の陰で忘れていた自分の過去の行い――サークル仲間にした仕打ちや、繭先輩から何をされてきたかを思い出す。

そして、繭先輩の結婚に友人代表としてスピーチをするようになった主人公。憧れであり、ある意味師匠でもあった彼女の前で、主人公は何を語るのだろうか。

感想:創作がつないだ、あまり脆い関係性


主人公がいたサークルは、「上手くなる」ことに絶対的な価値があると信じられていた。筆者(とらつぐみ)も大学時代文芸サークルにいたが、こんなサークルだったら半年で辞めてるな……というギスギス感。読んでいて胃が痛い(笑)。

主人公がした仕打ちも、短編小説を書いたのを出し合い評価を受けるという勝負で、相手の弱点を探して「自分ならもっとうまく書ける」と審査員にアピールして相手の鼻をへし折るという、外道(笑)でしかないものだ。

だが主人公がそういうことをするようになったのは、繭先輩が常に背後霊スタンドのように立ち、厳しい指導をされたことに起因しているのだろう。

先輩と過ごした時間は、当初主人公が覚えていた眩しく幸せな時間でももちろんあった。

だが二人の関係性も、「いかに上手くなるか」というフィルターがかかることで、一変してしまう。先輩は、自分かそれ以上の作家に育てるためにあんなことをしたのか、と主人公は気づいてしまったのだ。

親が昔叶えられなかった夢を子供に叶えさせるため、習い事やスポーツをマンツーマンで特訓する、という例で考えればわかるだろうか。

「自分が親の夢を叶える道具にされていた」と子供が気づいてしまえば、いくらそこで親と過ごした時間が楽しくても、その頃の無邪気さには戻れない。

繭先輩と主人公の関係性は、小説をきっかけに生まれた強い絆ではあったが、少し見方が変わるだけで、関係性は憧憬から殺伐としたものに変わってしまう――そんなもろくて儚い関係性が、とても興味深いなと思った。


相沢沙呼「微笑の対価」

あらすじ


メイクアップアーティストとして働く主人公はある日、高校の同級生・紫乃に相談があると呼び出される。

紫乃は高校時代から、美しい見た目だが素っ気ない性格で表情も変わらない、友人に対してもニコリともしない孤高の女王だった。そんな彼女は夜の世界で働いていて、その客の子供を妊娠しているという。

彼女に請われその客との話し合いの場に同席した主人公は、激昂した客から紫乃を救おうとして、客を殺してしまう。彼女は遺体を遺棄し、二人は殺人の共犯者となる。

共犯者となったことをきっかけに、友人からただならぬ関係になった二人。だが二人の前に刑事が現れ、二人は追い詰められていく。そして主人公は、自分の知らない紫乃の一面に気づいてしまい……

感想:不等価交換の愛で何が悪いの?


重い。とにかく重い。
致死量の毒を飲んだ気分になる読後感。

主人公は「男みたい」と外見にコンプレックスがあり、「誰も自分を愛さないのでは」という不安に苛まれている。そんな彼女に、「王子様みたい」と甘く囁く紫乃。人たらしというのはこういう人をいうのだろうか。


作中に何度か出てくる、「愛のためなら人も殺せる」という言葉。
主人公は、紫乃への「愛」に動かされ人殺しの片棒を担いだが、彼女と深い関係になったきっかけは共犯者になったこと。その意味で主人公は、人を殺すことで愛を得た、ともいえる。

紫乃のことを主人公は、「表情筋が死んでいて笑顔も見せない」と評していたが、はっきりと感情をあらわにした瞬間がいくつかある。

しかしそうした笑顔や泣き顔といった表情を主人公が見るために主人公が払った対価はあまりに大きかった

不等価交換な愛、というのがこの二人の関係性だろうか。夜の世界に生きる紫乃にとっては「スマイル0円」とはいかないだろうが、そうした事実もまた、主人公の闇を深めていく。

人間どうしの関係性は――例外は色々あるが基本的には、相手に何かされれば自分も何かを返す、ギブアンドテイクの関係性だと言われる。

だが一方で、「無償の愛」という言葉もあるように、愛は見返りを求めてはいけないものとされがちだ。少なくとも、お金などと見返りに得られる愛を「本当の愛」と言う人はあまりいない。

だが実際、人間はそんなに相手に与えた愛を「無償の愛」と割り切ることはできないのではないのだろうか。

人を殺したことをきっかけに得た、紫乃の愛。それを本当の愛と呼ぶか、というのは愚問かもしれない。だが、破滅へと向かう彼女たちの関係性が、グロテスクではあるが艶かしくて魅力的なのは、間違いないだろう。



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完全に影響されてますが、自分でも百合が書きたいなあと思う今日この頃。百合に限らず名前のつかない重い感情が好きです(とらつぐみ・鵺)