ロジャー

君は生まれてきてはいけないのか

キタさんと出会ったのは何年前になるだろうか。大学2回生から始めた塾のアルバイト、そこがきっかけだからもう6年も前になる。キタさんは当時2度目の留年を食らっており大学4回生(6回生)だった。
ヘビースモーカーで自意識は欠如、とにかく豪快に生きる。バイト終わりによく二人でご飯へ行った。仲は会った当初から良かったのだが、より一層それを深めたのが競輪だった。一時期、僕たちはふらりと競輪場を訪れ、同時にハマってしまった。それからというもの、大阪の太子町から遥々奈良市の奈良競輪まで足しげく通った。近鉄特急に乗らずとも行ける範囲なのだが「まっちゃん、特急代くらい俺出すやんか」と、特に乗らなくてもいい特急列車に僕たちは揺られた。
「今日、勝ったら帰りも特急や。負けたら鈍行や」。キタさんはその特急列車の中でタバコをぷかぷかさせながらいつもそう言っていた。結局はいつも負けて、橿原神宮駅構内にあるうどん屋で安いうどんをご馳走になり、鈍行で帰るというのがオチだったのだが。あの惨めさがどこか楽しかったし、今となっては涙が出そうなほど良い思い出だ。
汚いおっさんだらけの奈良競輪で、あれほどまでにダミの効いた声を轟かせた20代は後にも先にもキタさんだけだろう。

荒々しいだけかと思いきやそんなことはなく、「意外とそんなに優しさのキャパあるのね」と感心することは多い。就活の相談にも熱心に乗ってくれたし、僕がフラフラしているときは舵を直してくれる。
他にも、僕が童貞を捨てる前に「いざ本番になったら緊張するから」という理由で、キタさんがベットに横たわり、こちらにケツを見せてきて「予行演習や」と言ってきたときは吐き気がしたし、靴下を片方だけプレゼントされた時は「遠慮せんといてや」と何回も言ってきて結局受け取ってしまった。
モラルに欠けている部分はあるが、キタさんがいることで場は一気に和む。太陽のような人だ。

と、ここまで書いて完全に追悼ムードたっぷりの文章になっているが、キタさんは死んでなどいない。

先日、キタさんと一緒に東京へ行ってきた。目的は特にない。用意したのは新幹線のチケットだけ。道中、「朝起きた瞬間からチューハイ一気飲みした話」やら「親知らず抜くのに時間かかりすぎて病院大パニックになってた話」やら色々披露していただいたが、キタさん自身が既に酔っていたので話の内容としては支離滅裂であった。

僕たちは上野で飲んだ。昼から、アメ横でしこたま飲んだ。
どういう流れか、話はキタさんの両親の話になった(僕は週1で、キタさんのお父さんが経営しているブルーベリー畑を手伝っている)。
聞けば、キタさんの両親は10個も年が離れているのだという。まあ、なくもない話だ。へー、くらいに聞いていたのだが、その関係が「教師と生徒」だと言うから驚きだ。もちろん交際を始めたのは卒業してからだろうが、あまり深くは聞いてない。
あまり驚くのも失礼かなと思い、「へー、そうなんですね」と僕は言った。
「そうやねん。だから俺な、ほんまは


生まれてきたらあかん子やねん」



笑った。腹の底から笑った。この方は尊敬できないところが多々ある。欠如したモラル、歯止めの効かない暴走行為、度々ウンコを漏らす、などだ。それでも僕がこの人と6年も交友関係が続いているのは、抜群に一緒にいて楽しいからだ。類稀なるワードセンスもそうだし、天性の明るさもそうだ。
親が「教師と生徒」であることを引っ張ってきて、自分を「生まれてきてはいけない子」に昇華するというそのセンス、それ僕にくれませんか。

話は変わる。
渾身のボケを潰すようで悪いが、もちろんこの世に生まれてきてはいけない子どもなどいない。ゴールドロジャーも言っていた。「生まれてくる子に罪はない。ガープ!俺の子を頼んだぜ」と。
ある人気AV男優と人気ブロガーの間にできた子供がこの秋に出産予定だというニュースが話題になった。SNS上を賑わせていたのは大半は祝福の声であったが、中に「AV男優の子というだけで、それがどんな試練になるかよく考えてください」的なコメントもちらほらあった。絶句した。まず試練のない人生なんてあるのか?こんなコメントをしている匿名アカウントでフォロワー1桁のような方々は「何かしらの試練にぶつかっているから」ネット上で発散させているのではないですか。しみけんさん(名前出してもうた)なんて日本でも人気あるし、韓国に行けばスター扱いだZE?さっきの引用文だが「ガープ!俺の子を頼んだぜ」の部分は完全にいらない。

もし僕が20個下くらいの女性と結婚することになって、子供ができて、「お前のお父さんロリコン事件」が起きたら、僕は子供にちゃんと教えれるだろうか。「あれを言え」と言えるだろうか。
そして現時点でこれは言える。キタさん、あなたは本当に生まれてきてよかった。来月生まれるあなたの子供も、無事に出てきますように。

サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。