見出し画像

【連載小説】稟議は匝る 12 札幌 2007年1月17日

(再建計画案第2稿)


年も明けて、およそ2週間後。


その日は、農林銀行札幌支店に藤沢ら白銀水産しろがねすいさんの面々を迎えていた。

社長以下、藤沢を含めて3名。みなそれぞれ大きなカバンに資料を抱えている。藤沢は風呂敷に重箱のような資料を携えている。


私的整理ガイドラインに基づく再建計画は、債権者集会によって認定される。その債権者集会には、銀行などの債権者の他、3名以上の第三者(税理士など)の参加が必要となり、すべて議事録が作成される。当然、テーブル外がいの交渉はできなくなり、イチかゼロかの話になってしまう。


そのため、現実に私的整理ガイドラインに基づく再建計画の策定を目指す場合は、債権者集会前の非公式打ち合わせにすべてがかかっている。どんな金融機関でも、これだけは許容できないといった性質のものも持っているし、表座敷では言いたくないが、できればこれを解決してほしいなどといったニュアンスのものもある。


再建計画を可決するためには、白銀水産の立場ではすべて飲み込むしかないのだが、多くの場合、メイン北和銀行が身銭みぜにを切る話と直結する。そのため白銀水産に経理部長として出向している藤沢は、各行の意見要望を聞きながら、メイン北和銀行の許容できる範囲を模索していくことになる。


山本は、藤沢の風呂敷包みの資料を見ながら、ふと「薄氷を踏みながら匍匐前進で前に進んでいる」と言っていた藤沢の言葉を思い出した。


来客は、総務部の女性行員により、支店長応接室に通された。


当然、山本は会議室に椅子とテーブルを用意していたのだが、支店長の鶴つるの一声で、会見会場は支店長応接室となった。先方は経営再建計画の説明だと言っているのに、ふかふかのソファの支店長応接室で支店長は待っている。


山本は頭を抱えた。端的に恥ずかしい。この応接室の飾りの小さなテーブルに、白銀水産の皆さんはどこに資料を置けばよいのだ、そんな山本の思いなどお構いなしに、その日の藤沢は、至極ゆっくり丁寧に説明を行っていた。


「次に資料編の78ページをご覧ください。先ほどご説明した赤字部門の廃止に伴う資産処分およびこれまで保有してきた有価証券など処分方法およびその工程表をお付けしております」


藤沢はゆっくり丁寧に、説明を続ける。


「最後に、本文編38ページに経営責任についてご説明します。ことここに至る経営責任として、創業一族は経営から退き、私財処分による資金拠出も明記しました。細かな内容は資料編82ページにお付けしております。大変お時間頂戴しましたが、以上で経営再建計画案はすべてとなります。ご質問、ご意見を頂戴できればと思います」


経営再建計画本文40ページ、資料編83ページ計123ページの説明には、1時間半を要した。

経営再建の教科書に載せたいぐらいの力作だ。北和銀行の威信をかけたといっても過言ではないだろう。ただ、一般的な銀行員がどう感じるかはまた別の話である。


農林銀行札幌支店長曰く、質問その1。


「加工工場の扱いあつかいについては、メイン北和銀行さんのおっしゃることは、わたくし個人としては理解できるのですが、うちの本店サイドには伝わりづらい面もあるかと考えてまして、何か良い説明の材料はありませんかね。」


同じく課長曰く。質問その2。


「当行は、メインの北和銀行様らと平仄をとり、10年前から返済猶予及び元金優先弁済を行ってきました。ほかの金融機関は、延滞扱いとして、名目上、遅延損害金を加算して債権残高を算出しておりますが、納得できません。再建に協力してきた点を評価していただき、債権放棄のシェアを下げていただきたい。」


などと、山本にしてみれば、この人たちは何語を話しているのか、それは相手様に聞く話なのか、話していて恥ずかしくないのかなどと感じる意見要望が次々とだされた。


穴があったら入りたいとは正にこのこと、と思いつつ山本が見やると、人柄が良い副支店長は、終始、眠そうにしていた。


山本がふがいない気持ちをかみしめている面前で、藤沢は、あくまで穏やかに説明を繰り返している。


おそらく同様の対応を他行にもしてきたに違いない。だが、藤沢は、それらを粘り強く解決し、再建計画の方向性に支障が出ない範囲で計画を加筆修正してきたのだ。


「賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省かえりみる」

心の中で唱えながら、山本はたたずんでいた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?