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危険な脳のダメージ1 ~脳は痛くない~ 

ご自身やお子さん、ご家族がスポーツやパフォーマンスを行う際に「少なくとも知っておいてほしい医学知識」、そして指導者や主催者が「絶対に知っておかねばならない医学知識」を共有するスポーツ安全指導の学びの場。

今回のテーマは「危険すぎる脳のダメージ」です。


1 もし交通事故だったら・・・スポーツというバイアス

 もしあなたの大切な家族が、恋人が、友人が、自動車に撥ねられ、頭を打ったらどうしますか?

 意識を失っていたらすぐに救急車を呼ぶでしょう。すぐに意識が回復したとしても、すぐに病院を受診させるのではないでしょうか。意識消失はみられなかった場合でも、頭を打ったのは事実ですから医療機関を受診するでしょう。

 日常生活では「頭を打たない」が普通ですから、「頭を打つ」は危険として認識されます。

 では、スポーツ現場ではどうでしょうか?

 サッカーはルール上、ヘディングが認められていますし、ラグビーやアメフトなどのコンタクトスポーツでも頭部への外力は日常茶飯事です。

 ボクシングや総合格闘技では脳にダメージを与えると直接勝利につながりますし、相撲やレスリングも頭から全力で相手にぶつかる場面があります。

 バスケットボールやバレーボール、アイスホッケーなどでも、プレイヤーとプレイヤーがぶつかり頭を打つ場面がありますし、野球でもボールが頭部や顔面にぶつかるかなり危険な事故が報告されています。

試合中の守備の際に、野球部所属高校3年生男子の顔面 に、イレギュラーバウンドが直撃した。同男子は、左後方 に倒れ、全身痙攣、鼻出血の後、そのまま意識を失った。 その後処置を受けたものの、後日、同男子は、頭部外傷に よって死亡した。

(野球事故における法的責任とその対策  大塚翔吾より引用)




 このような悲しき事例を知れば「ノンコンタクトスポーツだから安全」とは言い切れないことがわかるでしょう。

 脳のダメージにおいて、身体を使うジャンル全体に拡げるならば、演劇やお笑いなどでも演技上「思いっ切りビンタする」「本気に近い格闘シーンを撮影する」「頭をはたいてツッコむ」などの場面はよくあります。

 スポーツやパフォーマンスの現場では「プレーが継続できる=脳は大丈夫」のバイアスが生まれやすくなります。危険に対する感度が低下してしまうんですね。

 しかし脳の立場からすれば、外力が「交通事故」でも、「暴力」「体罰」「しつけ」でも、「試合や練習」でも、ダメージには変わりはありません。

「うん、スポーツだし、普段から一生懸命やってるから、今回はダメージを少なくしておこう。これからもファイト―!」

といった忖度も手加減もないのです。

 ですが、スポーツ現場における脳のダメージは長らく軽視されていました。(部活で、チームで、道場で、「脳へのダメージ」「脳を守る」という視点で健康管理しているところがどれほどあるでしょうか?)

・スポーツ現場でも、交通事故に匹敵するダメージを負う可能性があること。
・スポーツはもちろん、脳のダメージに関して「知識」「予防」「対応」全てのレベルを上げておく必要があること。

まず、これらの認識を共有しておきたいと思います。


2 脳は痛くない?

次に、脳という器官の特殊性について、考えてみたいと思います。

「家の中を歩いていて、タンスの角や柱などで足のこゆびをゴンッとぶつけた」みたいなこと、ありますよね。

おもわず

「いったぁーーーーーーーー!」

と声をあげずにはおれないくらいの激痛。自分の不注意でぶつけてるから、どこにもフラストレーションをぶつけられない状況です。

 この時、痛みを発しているのは足のこゆびですが、痛みを「感じている」のはどこでしょうか?

そうです、脳です。

ぶつけた部位に存在する痛点で、物理的な刺激が電気信号に変換され、神経、脊髄を伝わって脳の感覚野というエリアに伝わり、「脳がその情報を痛みとして感じている」ことになります。

 膝をぶつけた、腰を痛めた、背中を蹴られた、靭帯が引き伸ばされた、ふくらはぎの筋肉が断裂した・・・どれも「痛覚への刺激が脳に伝わるから痛みとして感じられる」んですね。

ところが・・・・

脳にダメージを受けても、脳は痛みを発しません。
なぜなら脳の神経細胞には痛覚が存在しないからです。

脳の実質自体は尖ったものでつついても、脳外科医がメスで腫瘍周囲をサクサク切っても、痛みを感じないのです。


これが他の部位なら、「痛み」がひとつの症状あるいは兆候となりえます。

「そんなに痛くないから経過をみよう」
「一過性かと思ったけれど、続いているから明日受診してみよう」
「耐えがたい痛いから骨折してるかも知れない。すぐに医療機関で検査を受けよう」
「拍動性の痛みが強くなっているから、もしかしたら細菌感染してるのかもしれない」

などのように、疼痛の程度やタイプから重症度を予想したり、判断を下したり、適切な行動に結びついたりするわけです。

しかし、脳においてはそれができません。

 サッカーでヘディングを100回やっても、アメフトやラグビーでガシャンと頭がぶつかっても、ボクサーがパンチをもらってフラッとしても「脳自体は痛くない」のです。

ですが、痛くないからといって、脳がダメージを受けていないわけではありません。

ここが脳の難しさであり、怖ろしさです。

・脳の神経細胞には痛覚がない。
・頭は痛くないから脳は大丈夫、は間違い

スポーツやパフォーマンスを行う、指導する際、これらの医学的背景を知っておく必要があります。

そして重要なのは

自分で重症度を判断できない、ということです。

頭を打った選手が、「大丈夫、大丈夫、大したことない」

と発言するシーンをよく見かけますが、そもそも「ダメージを受けた脳による判断は間違い」です。

脳が揺らされた場合、頭を打った場合、

・本人の言う「大丈夫」は大丈夫ではない

これも絶対に押さえておくべきポイントです。
周囲の冷静な脳で客観的に観察すべきなのです。

3:外から判断できない

 いま、目の前に「脳に急激な外力が加り、意識を失って倒れた人がいる」としましょう。

この状態は脳震盪(のうしんとう)でしょうか?

こたえは「わからない」になります。なぜなら「頭蓋内でどんなことが起きているか」については外からは判断できないからです。

ここで、あるプロ格闘技の症例をご紹介します。

試合中、相手の打撃を喰らい、ダウンするもカウント内で立ち上がり試合続行。試合後、控室で普通に話をしていたが、しばらくして突然意識を失い救急搬送、緊急開頭手術となった。

 この選手は『急性硬膜下血腫』(きゅうせいこうまくかけっしゅ)でした。硬膜と脳の間にある血管が破綻、頭蓋内で出血し、血腫が脳の実質を圧迫し、意識消失したと考えられます。血腫が増大すると脳の実質が物理的に圧迫されて「脳ヘルニア」という致死的な状態になりかねません。

 この選手は意識消失したのが試合会場の控室、つまり「他の人たちが異変に気づける環境」だったため、手術が間に合い、血腫を除去、一命をとりとめましたが・・・。

もしこれが自宅での就寝後に起きていたらどうでしょう?

あるいは

試合会場から自ら自動車を運転して帰っていたらどうでしょう?

かなり悲惨な結末が待っていたことでしょう。

「頭をぶつけて倒れて意識を失う、イコール、脳震盪」という認識が一部で広まっているように感じますが、それは正確とはいえません。

 頭部に外力が加われば、脳震盪のみならず、硬膜下血腫、硬膜外血腫、その他の頭蓋内出血、脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折などの可能性を想定しておきましょう。

スポーツの現場では、

「すぐに意識が戻ったから大丈夫」
「このくらいはコンタクトスポーツなら当たり前」
「その後も試合できた、練習できたから問題なし」

というような「根拠無き外見上の判断」が優先されることがあります。またスポーツゆえの「軽症であってほしい」というバイアスも働くでしょう。

 しかしながら、そこには医学的な正確性・客観性が存在しません。

 頭部をぶつけたら、また脳への外力が疑われたら、医療機関を受診し、CTやMRIなどの客観的画像検査を経て、医師による「正しい診断」を受けましょう。確定診断がつくまでの間は、「あらゆる可能性を疑って」、つまり「最悪を想定して」に行動が、「プレイヤー、パフォーマーの命を守る」につながります。

 現場では、周りから「そんなオーバーな」「心配しすぎ」などの声が上がることがあったとしても、それは脳のダメージの怖さを知らないだけです。気にしてはいけません。

4:急変までのタイムラグ

頭蓋内出血(頭蓋骨の内側における出血)の「タイムラグ」も周知されるべき内容です。

・一過性の意識消失ですぐに回復したが、数時間してから急に意識を失った
・頭を打って数日経過してから、急に意識レベルが低下した

といったケースがあるからです。

たとえば急性硬膜外血腫(きゅうせいこうまくがいけっしゅ)の場合。

https://en.wikipedia.org/wiki/Epidural_hematomaより


硬膜という脳を覆う硬い膜の外での出血のため、

1)血腫の増大に伴って硬膜がベリベリと剝がされた結果、
2)脳の実質が圧迫されて意識障害や意識の変容などの症状が出る

という経過を辿る場合があるからです。この画像では赤い矢印の凸レンズの断面のような白い部分が硬膜の外にできた血腫です。1)の血腫が小さな段階では意識清明ですから、外から見れば「大丈夫」に思えてしまいます。

また静脈性の出血の場合も、血腫が大きくなって脳の実質を圧迫するまで時間がかかることがあります。

頭蓋内の出血は「タイムラグ」があること。

これは絶対に知っておきましょう。「その時は大丈夫」でも、数時間後、数日後、数週間後というケースが本当にあるので。

頭を打って、医療機関に行って診断を受けた後も、「ひとりにならない/ひとりにしない」を徹底しましょう。

十分な観察の上で、意識の変容や吐き気など、変化があればすぐに救急病院に駆け込めるようにしてください。


ここまで、「危険な脳のダメージ1 ~脳は痛くない~」をお届けしました。スポーツ安全の講義、できる限り読みやすく、わかりやすい文になるように心がけていますが、やはり人の命に直接的に関わるテーマですから、どうしてもシリアスにならざるを得ないですね。

「無知は罪なり」

危険を回避するには、危険を危険と認識するところからスタートしなければなりません。

 スポーツ安全指導推進機構では、「医学的リスクを理解した上でプレイヤーの命を守る大人を増やす」をミッションとした啓蒙活動とオンラインのテストを行っています。今回の記事からもテスト問題が出題されますので、スポーツ安全に関心のある方、お子さんがスポーツをされている方は、ぜひトライしてみてください。

スポーツ安全指導推進機構代表 スポーツドクター 二重作拓也

(これらはあくまでも参考としての記事であることを明記しておきます)


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