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かる読み 『源氏物語』 【帚木】 人生を諦めていた空蝉に訪れた思わぬ出来事

どうも、流-ながる-です。
2024年大河ドラマ『光る君へ』の発表をきっかけに『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。

読んだのは、岩波文庫 黄15-10『源氏物語』一 帚木ははきぎになります。今回は地味な人妻・空蝉うつせみについて考えてみたいと思います。
【帚木】だけを読んだ感想と思っていただければ。

空蝉うつせみはなぜ人妻なのか?

「雨夜の品定め」を経て、源氏と中の品の女性との物語が綴られます。「雨夜の品定め」では理想の女性とはという議題から、源氏以外の男性の体験談なんかも出てきました。さあここからが源氏と中の品の女性との物語ですよ、という感じで出てきたのが人妻・空蝉(うつせみ)との物語です。

まずは元々持っていた印象についてですが、空蝉はどうしても影が薄いんですよね。源氏という男性はいわゆる上の品の女性とお付き合いするというのが基本です。そうなると読んでいるこちらもそれに該当する、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)葵の上(あおいのうえ)などが強く意識づけられます。空蝉はふっと出てきてふっといなくなるそんな女性で、どうしても54帖全体を見渡していくと、その存在感が徐々に薄くなっていきます。

空蝉は最序盤に登場しますが、源氏にとって忘れられない人として位置付けられています。この空蝉が登場した【帚木】を読んで、最初に思ったことは"なぜ空蝉は人妻として登場したのだろう"ということでした。

人妻との恋というのは、古典でも現代の小説でも多く出てきます。パオロとフランチェスカだとか、夏目漱石の『それから』とか、フィクションだからこその情緒溢れる複雑な物語が多くありますね。
そうしたものなのか、と考えながら読むと、「そうじゃないな」と思いました。空蝉が人妻であることが問題なのではなく、閉塞感を持った女性であることが大事なのではないかという見方です。

空蝉のプロフィール

源氏と空蝉の出会いはほんの偶然です。源氏はその夜、方違えというその当時の風習(ルール)のために、本来なら妻の葵の上の邸で過ごすはずが、場所を移る必要がありました。そこで紀伊の守(きいのかみ)の邸へ泊まることなり、その邸で空蝉と出会います。この邸というのが、源氏に"中の品"を思わせる邸だったのです。

空蝉は紀伊の守の実父である伊予の介(いよのすけ)の後妻でありその時は紀伊の守の邸で過ごしていたのです。【帚木】で語られる空蝉の人生を振り返ってみます。

  • 衛門督えもんのかみの娘として生まれ、宮仕えを希望していた

  • 父が亡くなり、宮仕えの夢が潰える

  • 伊予の介の後妻となる

空蝉の実父は衛門督という官職についていたというのがまず情報として出てきます。そして、かつては宮仕えを夢に見ていた(親の夢でもある)ことがわかります。源氏が知っていた話なのでかなり知られた話だったのかもしれません。

しかし父の死によってその夢が消え、伊予の介という受領階級(中の品)の後妻となります。年齢ははっきりしませんが、後妻であることをふまえますと伊予の介とは年齢差がかなりあったと予測されますが、空蝉にとって伊予の介への意識はかなり薄く、結婚はしたけれどもさほど大切に思っているというような感じの印象はなかったです。源氏と一夜を過ごした場面を見ても、夫の伊予の介に心底申し訳ないという感じはあまりしない。その後、読み進めても、空蝉が自身が人妻だから源氏を拒むというわけではないなと思わせてきます。

空蝉は人生、ぜんぶ、諦めていた

親の夢を叶えられなくなった空蝉は全部、全部、諦めていたのではないかと思いました。もう結婚もして、その夫についてもどうでもいいとすら思っていて、自分の人生もう終わっているんだ、ずっとこんな感じで過ごしていくんだ、という諦めの中にいたように見えました。挫折です。

源氏が泊まりにきた紀伊の守の邸は浮き足立っていました。空蝉と一緒にいる邸の女性(女房ら)たちはあの大スターである源氏が泊まりにくるものだから、あれこれと源氏についての噂話もします。ウキウキなのです。しかし空蝉の反応はありません。

源氏がその夜に空蝉とその弟の小君(こぎみ)という男の子が話しているのをこっそり障子越しに盗み聞きして、空蝉が自分(源氏)にほとんど興味なさげであることに、どこかこうむっとしてしまうといった場面もありました。大概の女性に興味を持たれる源氏からすれば思わぬことだったのです。
小君は実際にその前に源氏に会っていて、お姉さんである空蝉に"すごい素敵な人だったよ"といった感じで話しているのにも関わらず、空蝉は"もっと教えて! 聞きたい!"ともならない。根掘り葉掘り聞くのはあまりよくないと思っているとも考えられますが、自分には関係ないことだ、という意識なのではないかとも考えられました。

そんな諦めの境地にいた空蝉が突然、源氏というとてつもなく素敵な男性に口説かれて一夜を過ごしたというお話が綴られている。人生を諦めて、地味で目立つこともない自己肯定感の低い女性がそんな局面になればどうなるか、その後の空蝉を見ていると、"生きたリアルな女性"が物語の中に居るんだと感じさせられました。

それぞれの押し通したい意地がぶつかり合う物語

登場人物を絞ると、この話は源氏、空蝉、小君が目立って出てきます。源氏はもう一度空蝉に会いたいとなんとかして手段を探します。方違えという偶然のイベントで出会っただけの女性で、人妻ともなると堂々と使者を向けるわけにはいかない。

そこで思いついたのが空蝉の弟を使うことです。この子は小君と呼ばれていてまだ元服(成人)していない少年で、紀伊の守に言って自分のところで召し使いたいと呼び寄せるわけですね。ちょっとこのあたりはややこしい事情がありますが、とにかくこの小君を足がかりにそっと空蝉とコンタクトをとろうとするんです。

空蝉は文を小君経由でもらっても拒絶します。小君は源氏にも空蝉にもそこから困らされることになりますね。源氏は空蝉ともう一度会いたい、空蝉はもう会うつもりはない、両者の意地のぶつかり合いが始まるのです。

源氏はその我を通すために小君に"お前の姉とは彼女が伊予の介と結婚する前から関係があったんだ"なんて嘘までついています。とはいえ忘れられない女性ともう一度会いたいと思う熱心さがわかりますね。もしくは相手が拒む姿勢が強かったからこそ気になるというものか、というところです。空蝉という女性をもっと知りたいというところなのかもしれません。

じゃあ空蝉は気をひくために駆け引きとしてわざと拒んでいたのか、というと違うんですね。彼女は本心から拒んでいる。源氏に会いたくないわけでもなく、嫌というわけでもなく、本気で本気で考えて拒んでいる、それが本心になっていると感じました。

空蝉はとにかく自己肯定感(あるいは自己評価か)が低いのだなと思いました。親が健在で今のように結婚していない頃にこうなっていたら、という想像までするのです。親が亡くなり、宮仕えという夢を叶えることができず、伊予の介の妻となり、もう人生これで決まりだ、となっている彼女にとっては源氏という存在は、対応できない、大きすぎるというか眩しすぎたのかもしれません。だからどうするということも出来ず、拒むことが彼女の精一杯の表現だったというふうにも見えました。

空蝉の話は次の帖、【空蝉】へ続きます。結末をまずは見て、空蝉をどう見るか考えてみたいと思います。
ここまで読んで下さりありがとうございました。

参考文献
岩波文庫 黄15-10『源氏物語』(一)桐壺ー末摘花

続きはこちら。【空蝉】の帖で登場した軒端荻のきばのおぎに注目しました。


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