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かる読み『源氏物語』 【若菜下】 憧れと空回りが起こした転落人生〜柏木〜

どうも、流-ながる-です。『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。今回は【若菜下】を読み、柏木の人生について振り返ってみたいと思います。

読んだのは、岩波文庫 黄15-14『源氏物語』五 若菜下わかなになります。【若菜下】だけ読んだ感想と思って頂ければと思います。専門家でもなく古文を読む力もないので、雰囲気読みですね。


柏木の転落人生について考える

柏木の少年時代を想像する

柏木は、結構前から登場はしていますが、あまり目立った存在ではありませんでした。このお話までは源氏の息子・夕霧の友人という認識といったところでしょうか。何かと源氏と対比されがちな、致仕の大臣(かつての頭中将)の長男であります。

父と母は、柏木を特に一家の長男として重んじ、可愛がっていたことが想像できます。彼は父母の期待に沿うよう優秀であろうと努力してきたのでしょう。源氏の息子・夕霧がめざましいほどの出世をしているので目立ちませんが、父母の家柄も良く、彼の自負心というものは強く感じます

父母の期待に自分は応えている。そうした実感を持つ彼はさらなる理想を求めてか、朱雀院の女三の宮の婿として名乗りをあげたというふうにもみえます。これには土台があったと説明がされました。

柏木の乳母と女三の宮の乳母は姉妹でした。そのこともあって、柏木は幼少の頃からこの高貴な内親王(女三の宮)の話を聞かされて、憧れを募らせていました。普通なら内親王は誰の目にも触れず大切に深窓に育ち、噂を耳にするとしてもごくわずか、と思われます。しかし柏木は幼少の頃に女三の宮について聞かされたので、きっと女三の宮は運命の女性に違いないといった感覚になってしまったのでしょう。

柏木ってなんとなくですが、そういう偶然性に意味を見出して運命だ、となってしまう感覚があるように思えます。これについては後で考えます。

ちょっとここでおさらいしますと、柏木の母は朱雀院の母である弘徽殿こきでん大后おおきさきの妹にあたります。

源氏視点で考えると朱雀院の時代(御代)は須磨に隠棲していたこともあり、逆風が襲った冬の時代であります。

しかし、柏木視点ならば、柏木の父はしっかり昇進していますし、朱雀院は母方の従兄にあたります。その時代の影響を受けて育ったと想定すると、その朱雀院が特に愛情をかけている女三の宮は、柏木の憧れそのものだったとも考えられます。

母方の血筋で見る柏木と女三の宮の関係

父母の期待が自身の理想を造り上げて、その自身にとっての最高の女性こそ、幼い頃から憧れてきた女三の宮だ、と彼は信じて求婚したのです。

こんなはずじゃなかった! 女三の宮によって起こる転落

こんなはずじゃなかった! という柏木の転落は三度あると考えました。

第一の”こんなはずじゃなかった!”は、女三の宮と結婚できなかったことです。柏木は憧れの女三の宮と結婚することを夢に見て、それは夢ではなく実現できることだと信じていたのだとしましょう。血縁上、朱雀院は柏木にとってはかなり身近な存在です。

さらに柏木の父方の祖父と祖父母は、臣下と内親王の夫妻です。父方の祖父が内親王と結婚した例を知っていると考えると、柏木の女三の宮と結婚したいという思いも決して無謀な願いではないとも考えられました。

第二の”こんなはずじゃなかった!”は、言うまでもなく、源氏(六条院)の妻となっていた女三の宮との密通です。偶然が重なりました。

  • 紫の上が発病し二条院で静養するようになった

  • 紫の上が気がかりな源氏は六条院から離れがちになる

  • 女三の宮が柏木の想像とは違った

源氏がいないというのが絶好の機会となり、そうして女三の宮が柏木の想像よりも近寄り難い雰囲気を感じさせない人柄であったことが、大それたことを引き起こしてしまったということですね。思っていた女三の宮像との違いについては「いいのか? 柏木」となりますが、すでに頭がのぼせ上がっていたのでしょう。

第三の”こんなはずじゃなかった!”は源氏に密通が露見したことです。柏木と女三の宮は絶対に知られてはいけない人にピンポイントで知らせてしまったのです。

  • 源氏が女三の宮のもとへ訪れているということに嫉妬してつい文を書いてしまった柏木

  • 文を迂闊にも見つかりやすいところに隠してしまった女三の宮

  • 源氏を引き留めてしまった女三の宮

  • 文がいざ誰かに見つかった時のために対策をしていなかった柏木

残念なことにこの一連の流れから、女三の宮は柏木を迷惑に思っているらしきことが感じさせられます。柏木は源氏に嫉妬して文を送りました。源氏がちょうど紫の上のもとへ行こうとしていたタイミングです。女三の宮はここで源氏に引き止めるのですが、この行動、源氏がいなくなれば柏木がきてしまうと思って、引き留めたのでは、と思いました。

当たり前のことですが、柏木は源氏のいない隙を狙って女三の宮に会いにきます。女三の宮からすれば、源氏さえいれば柏木はやってこない、だから源氏を引き止めるなのでしょう。しかしそのために源氏が柏木からの文を見つけてしまい、露見してしまったのです。

そして柏木は誰から誰に宛てた文か一目瞭然な文を晒してしまった。この散々な結果によって、柏木の人生は完全に暗転してしまったというふうに見えました。

柏木と夕霧の対比

垣間見事件の二人の動向

柏木の運命が変わったといえば、垣間見です。本来ならば女三の宮のような高貴な女性はおいそれと自らの姿を晒すようなことをしません。しかし、女三の宮やその周囲の女房たちはそれに対する意識が低く、たびたび源氏に注意されていました。その源氏の危惧が形となったのが、柏木の女三の宮垣間見なのです。

柏木はのぼせ上がりました。何しろ幼少の頃からずっと憧れていた女三の宮の姿を見たのです。一瞬冷静になって、女三の宮の迂闊さに思い当たりますが、それはまたたくまに消し飛んで、”いやいや姿をこうして見ることができたということは、つまり自分と女三の宮にはただならぬ縁があるからだ”と運命の恋だと信じきってしまうのです。偶然性=運命だ、という思考ですね。

さて、もう一人、高貴な女性を垣間見たという事件を体験した人がいます。源氏の息子・夕霧です。彼は女三の宮の時にも柏木と一緒にいたので、女三の宮の姿も見たわけですが、そちらのことではなく、夕霧がもう一人垣間見た女性がいるのです。少し遡りますが【野分】の帖で、夕霧は源氏の最愛の女性である紫の上を見てしまうのです。

夕霧は瞬時に”なぜ父の源氏が紫の上に絶対に自分を近づけさせなかったか”を悟ります。察しのよい夕霧は紫の上への憧れを抱きながらも、柏木のようにのぼせ上がって間違いを犯しませんでした。

二人の父親たちの教育

源氏とかつての頭中将(致仕の大臣)は何かと比較されました。娘たちについても綺麗に比較できるなと思ったことを書いたnoteがこちらです。

そして今回は、柏木と夕霧でも同じことが言えるかもしれないな、と思ったのです。

夕霧はというと幼い頃から雲居の雁を思い続けて、引き離された後は周囲に認められるまで頑張りました。また、父の源氏は簡単に夕霧に官位官職を与えることなく、努力させていましたし、幼少の頃は祖母に溺愛され、なんでも思い通りになっていた夕霧に「世の中そんな甘くないぞ」と釘を刺し、苦味を覚えさせましたね。

夕霧の元服の際、その源氏の判断に疑問を持っていたのが、柏木の父である致仕の大臣でした。そこから考えるに、柏木はそうした苦労を味わっていなかったのかもしれません。

思い通りにいかなかったことに対して、なんとか思い通りにしようとして、焦りに焦り、手段を考える余裕がなかったということなのでしょう。ひとつの結果を得るための手段はいくらでも考える余裕があるはずです。手段Aでも手段Bでも、手段Cでも……と選択肢は生み出せます。しかし手段Aしかない世界に柏木は迷い込んでしまった、そんな印象です。

女三の宮の心は?

最後の話になりますが、そんな柏木に対して女三の宮はどう思っていたでしょうか。柏木は幼い頃から女三の宮に憧れ続け、気持ちを燃え上がらせてきましたが、女三の宮から見たら「私、そんなの知らない」だと思いました。運命だなんだの言われたとしても「そんなのあなたの勝手、私は知らない」でしかないです。

女三の宮からすればいきなり困難が空から降ってきて避ける術がなかっただけだという印象です。そんな女三の宮の事情を考えることもなく、彼女と秘密の共有ができるような関係を築けなかったことが柏木の失敗のひとつにように思えます。

柏木の空回りの被害者じゃないかな、と女三の宮については思います。でも困難を経験して女三の宮は物語の中で変化を見せます。それが興味深く、今後もそれを楽しみに読み進めたいと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

参考文献
岩波文庫 黄15-14『源氏物語』(五)梅枝ー若菜下

続き。女三の宮が物語で果たした役割について考えてみました。



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