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かる読み『源氏物語』 【松風】 紫の上はなぜ明石の君を気にしてしまうのか

どうも、流-ながる-です。『源氏物語』をもう一度しっかり読んでみようとチャレンジしています。今回は【松風】を読み、紫の上がなぜ明石の君を気にしてしまうのかについて考えてみたいと思います。

読んだのは、岩波文庫 黄15-12『源氏物語』三 松風まつかぜになります。松風だけ読んだ感想と思って頂ければと思います。専門家でもなく古文を読む力もないので、雰囲気読みですね。

紫の上は源氏の絶対的な女性であるという認識

『源氏物語』のヒロインといえば紫の上、というのは自分の中ではかなり決まりきった定義としてあります。

子どもの頃からはっと目につく美少女、源氏が思う理想の女性として育てられ、期待通りの女性として常に源氏の傍にいる。そんな認識です。

『源氏物語』は小説や舞台、映画など様々な形で作品になっていて、自分は青い鳥文庫で初めて読んだのですが、どの作品に形を変えても紫の上は絶対的なヒロインとして君臨しています。中にはあまりフィーチャーされない作品もあるかもしれませんが、自分の中で紫の上は絶対で、神聖視されています。

中高生ぐらいの頃は、他の女性につい惹かれがちでした。自分は明石の君がかなり好きでしたね。無論今も好きです。
でも紫の上は物語の中でも別格で欠点がなく完璧であるというのが、逆に興味・関心を引きにくいと考えています。どんな作品でもそうですが、欠点があるほうが人間味が増して愛着が湧きやすいです。

明石の君は身分を気にするためにどこか後ろ向きで、それが人間臭くて魅力的だなと思っていました。身分関係なく字は綺麗で琵琶が上手くて、源氏に度々感心されているというところも良い。身分について実感が湧きやすい平安時代の人が読んだ場合と、イマイチ身分について実感が湧きにくい現代の人が読んだ場合とでは印象は変わるのでしょうか、そんなところも気になります。

しかしながら、紫の上はいつの頃か自分の中でNo.1というか崇めるべき存在というか、欠かせない人物という認識が強くなっていき、神聖視するようになるんですよね。ちょっと気が早いですけど、紫の上の苦悩がじっくり描かれる【若菜上】や【若菜下】あたりで紫の上はヒロインとして成立した、あるいはもっと先、物語が終わった瞬間に成り立ったとも言えそうな気がします。

脇役というのはそもそもそこまで尺を割けないので、特徴がわかりやすく、読者のスキも早々に付けられやすいのですが、主役級になると物語が終わらないことには実像に迫れない、だけど薄ぼんやりとどこか魅力的で目が離せない、そんな印象を抱きます。
じっくり噛んで味わって飲み込んでそれから「そうだったのか」と認識してじわじわと浸透していくような感覚でいます。紫の上は噛み応えのある人物の一人ということですね。

漫画でも連載中は脇役がなんかいいなと思っていたけど、完結すると主役級がぐっと存在感を増してくるということがないでしょうか。自分の場合、それがあったことがあります。

紫の上が気にしてしまう明石の君の大きな武器

明石の君、いよいよ源氏のいる都に乗り込んできます。しかし堂々とやってくるのではなくて慎重です。はじめ源氏は二条の東の院といって自分の持つ邸のひとつに迎えようとしていました。

東の院には花散里はなちるさとをはじめ多くの女性、特に身寄りのない弱い女性が集められていて、それがポイントでもあるなと思いました。彼女たちは自立していないというと極端な気もしますが、源氏に援助を受けている立場であるという認識です。自分の中で源氏の女性たちを分けるとこんな感じです。

  • 正妻 葵の上(故人)

  • 妻 紫の上

  • ??? 明石の君

  • その他大勢 花散里(筆頭)、末摘花すえつむはな空蝉うつせみほか

あくまで現時点でということになります。紫の上の立場からすれば、明石の君は一体どこにくるのか、その他大勢には収まってくれそうにもなく、娘がいるとなるとやはりその他大勢とは格が違うような気がすると感じそうだなと思いました。

しかし、それ以上に明石の君には財力を持った親がいる。それが何よりも脅威であったような気がします。明石の君は源氏の言う通りにはしないで、その他大勢の集まる二条東の院には素直に入りませんでした。
明石の君なりに都にいる源氏に縁ある女性たちの中に入るのは気が引ける、恐ろしい、怖いという感情があったとはいえ、東の院に入らず、大堰おおいの邸を拠点にしてしまうというのは、親の支えがあってこそです。

これがその他大勢の女性たちにないものであり、また紫の上にもないものだったとも受け取れます。彼女は実父こそいますが疎遠になっていて、親のフォローというものを期待できる立場ではなかったというのが、明石の一家の動向を見ると感じさせられました。

紫の上が拗ねていたのは疎外感からであると思った理由

「紫の上ってなぜ特別なのだろう?」と考えた時、それは源氏にとって母であり、妻であり、娘であるという点であるというのを思い出しました。母というのは藤壺ふじつぼの宮への憧れから紫の上を得たというのがあるかなと、妻は言うまでもなくで、娘については幼い頃から育ててきたというのがあります。

紫の上は源氏を頼みに生きている人で、実父はいても頼りにならない、母や祖母とは死別しているというどこか儚げな立場でもあると思います。それゆえに源氏に対して、この【松風】の話では疎外感を抱き、拗ねていたということなのだなと解釈しました。

明石の君と共に上京してきたのはその姫です。明石の姫とよく呼ばれていますね。この明石の姫を育ててくれないか、母となってくれないか、どうだろうと源氏に相談された時、彼女は当然のように機嫌を直します。昔、読んだ時、ものすごーく不思議に思ったシーンです。

彼女は仲間はずれになっていたのが寂しくてならなかったのでは、と考えました。彼女は源氏の娘でもあり、妻でもある。源氏が明石の姫のことをあれこれ考えているのに、それまでは何も相談されていません。このままずるずるいけば、"源氏の実の娘である明石の姫にでさえひそかな嫉妬を抱いていたのではないか"、なんてことも考えました。

紫の上は"姫の将来のことを考えている"という源氏に相談されることで、信頼を感じ、疎外感から救われて機嫌を直したのかなと思いました。ひとまずこうかなって感じですね。

【松風】での出来事は、紫の上にとって源氏の娘としての危機でもあり、妻としての危機でもあったというように感じたのです。紫の上は源氏の妻だ、妻となったという認識でこれまで読んできましたが、娘でもあるし、娘としての顔も覗かせる瞬間もあるかもしれないと、これから読み、あるいは読み返してみたいなと思いました。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

参考文献
岩波文庫 黄15-12『源氏物語』(三)澪標ー少女 松風まつかぜ

続き。こちらは明石の尼君についてになります。


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