市街の中心で「ぱ行」を叫ぶ

お掃除系の会社で働いている。仕事はブルーワーク。会社から期待されてるのは体力的なマンパワーだ。

チームを組んでいるのは、おばちゃん2人。20代の僕はその圧倒的なアドバンテージで”優秀”の称号を手にしている。だが、その実態は「無口なお掃除マシーン」だ。都合のいい作業比率を受け入れてくれるロボットなのだ。

でもそれでいいと思っている。僕は仕事場で喋るのは苦手だ。変に時間が余っても困ってしまう。とはいえ職場の人々が嫌いなのではない。むしろ良くしてくれているので好きだ。

けれども休憩時間の”無言”で生まれる地獄のような雰囲気に浸かるくらいなら、作業をしてる方がましなのである。

さいわい体力もある。おばちゃんたちは週の後半になるにつれて疲れがたまっていくのだが、僕はその逆だった。週の中で一番元気なのは金曜日なのである。疲れているのは月曜日。なぜなら週末は草野球の集まりがあるからだ。

月曜日が一番しんどい。その事実をおばちゃん2人はしらない。騙すつもりはないのだが、結果的に隠している。会社での僕は無口で真面目な陰キャなのだが、プライベートの僕は草野球部のキャプテンで、選手20数人を束ねるボスなのだ。

その日はナイターの試合があった。草野球チームを運営する際、問題となるのはグランドの確保だ。

市が運営しているグランドや野球場は、割と誰でも利用できる。無料のものも多い。

ただし人気は高く、使用権をめぐっては抽選になることが多い。しかも平日に役場を訪れる必要もあったりする。

でもうちのチームには自営業の者もいるのだ。ポジションはセンターの男。彼にグランド確保の手続きはお願いしてある。幸いなことに運もいい。抽選の絡むこの仕事にはうってつけの人材だ。

この日のナイターグランドも彼の功績というわけである。ありがとー。

正直、試合が無事にはじまるとほっとする。グランドの確保もそうだが、当日の人数集めも苦労した。

参加できないものが多いと試合はキャンセルとなり、めんどくさいことも多くなる。それまでに交わした相手チームとのやり取りも全てが無駄になりかねない。

この日も1人足りなかったが、僕がその穴に入ることによって試合が成立した。そう、僕はスーパーサブなのである。試合毎に違うポジションに入るので、レギュラーポジションは無い。

本来は上手い奴がそれを担うべきなのだが、僕は下手くそだ。しいてレギュラーポジションを言えば、ベンチ。キャプテンとは名ばかり。その実態は雑用係。けれども他のチームを見ても、大方そんなものである。

試合は勝った。今日の呑みは祝勝会となる。会場となる飲み屋は予約済み。選手としての結果はいまいちだったが、雑用係としては完璧だった。

だがその前にもうひとつ仕事がある。エール交換だ。試合終わりに円陣を作って相手チームに応援を送らなければならない。

確かな決まりがあるわけでもないのだが、他のチームもやっていたので、うちのチームもやることにしている。長い物には巻かれろ精神だ。

エール交換のフレーズは決まっている。『フレー、フレー、〇〇〇(相手チーム名)!』。円陣の中心人物が叫んだあと、周りの取巻きが復唱するスタイルだ。

もちろん中心には僕が入る。雑用係の仕事は多岐にわたるのだ。だが、この仕事は嫌いではない。むしろ好きだ。会社では無口でぼそぼそ物を言う僕だが、プライベートの僕は声がでかい。おそらくチームの中で一番にでかいのだ。

試合中の声出しも僕が引っ張っている。もしかしたら迷惑になっているのかも知れない。市街で叫ぶのだから。一応声量は抑えているが、これが割と気持ち良いのである。

だがしかし、この日の相手チーム名は「パンプキン・ヘッズ」。すこし長い。エール交換のフレーズにしては語呂も悪そうだ。すこし小声で練習してから本番に臨む。けれども最初の一文字目からやらかしてしまった。

『パッ…!』。

そこで止まってしまったのである。高鳴る鼓動、吹き出る冷や汗。なんとかせねば。そう思って、続けて出した言葉は『ッピ、プぺ、ポォー!』。

一瞬静まり返った市街地のグラウンド。次の瞬間、全員からツッコまれる僕。すっとぼけてはいたが、内心は早くバイバイキンしたかった。相手チームも笑ってくれたが、それがせめてもの救いだった。恥かいたー。

散々な休日となった。「終わり良ければ全て良し」と言うが、逆もまた然りで「終わり悪しければ全て悪い」のである。

次の日は仕事だった。でもしっかりと出社した。おばちゃん2人は今日も元気だ。「タモツ君おはよー、今週もがんばろうねー」と声を掛けてくれる。ありがたい。やっぱりこの職場は好きだ。そして会社の僕も好きだ。きっとどちらも本物の僕。

仕事もプライベートも頑張ろうと思えた月曜日でありました。

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