ともに学ぶ

今日わかったことがある。
自分にとって、いっしょに仕事をしていて楽しいなと思えるのは、いっしょに仕事をすることを通じて、ともに学びあえる人と仕事ができることなんだな、と。

それは経験やスキル、立場の差がある同士だろうと関係ない。経験が僕より浅かろうと立場的には僕の方が上であろうと、ともに学びあえる相手というのはいる。そりゃそうだ。僕だってまだまだ学び続けないといけないし、学ぶのであって教えてもらうわけではないのだから、相手が自分の先生であるような必要はこれっぽっちもない。
いっしょに気持ちよく楽しく仕事ができる相手というのは、互いにその関係を通じて自分にとっての学びが得られるような状況を作れるのだと思う。それは心地よいし、仕事をしているやりがいも感じられる。

一方で仕事をするのが不毛に思えたり、いっしょに仕事をするのがつらいなと感じてしまうのは、そういうともに学びあう関係をつくれない人との仕事だ。
特に、相手が日々学ばないといけない、変わっていかなくてはいけないという意欲がみられないと、いっしょに仕事をしててもつらく、ストレスになる。高めあっていけない人との仕事は、それ自体、価値を生むような仕事には向かない。惰性的な仕事になりがちなのではないだろうか。

世の中的にも何らかの価値を生むような仕事をしようとするなら、互いに高めあい、ともに学びの機会をつくりあえるようなそういうパートナーと仕事をしていく必要があるんだろうな、と。
それは同じ組織の同僚であろうと、組織の枠を超えたパートナーだろうと、クライアントという立場の人だろうと同じだと思う。
新しい価値を生むことを考えるなら、それはそれに関わる人、誰にとってもチャレンジとなりうるのだから、それぞれが立場や自分の経験の違いなどによって何を学ぶかの違いはあっても、その仕事に関わる関係性が良好なのであれば、それぞれが学びを得る機会を提供しあえるような、そんな場ができるのだろうなと思う。
そういうチャレンジに身を投じられない、保身的・保守的な発想の人とはなかなか仕事がしづらいし、どうせなら共に学びあえる人と楽しく楽しい仕事をつくっていきたいものだ。

これまでうまく言葉にできなかったが、そういうチームがつくれる、そういう仕事をプロデュースしていきたいと、あらためて思った今日だった。

#仕事 #エッセイ #コラム #学び #パートナー #ビジネス

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Hiroki Tanahashi

言葉とイメージの狭間で

ヨーロッパ文化史に関する話題を中心的に扱いながら、人間がいかに考え、行動するのか?を、言葉とイメージという2大思考ツールの狭間で考える日々の思考実験場
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