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日曜の夜、手巻き寿司のカイワレ食べて泣く

わたしは、就職に伴って上京し、実家を離れた。

地元からも、内定をいただいていた。

それでも上京することを選んだのは、
東京に行ってみたかったから

だけではなく、
実家を離れたかったからだ。

*****

はじめて実家を出たいと思ったのは、
中学生のころ。

当時、両親が不仲だった。
反抗期のわたしは、
イライラしてもいたけれど、
でも反抗しきることもできず
必死で親の仲裁にまわり
そして毎週泣いていた。

「とにかく家を出たい」
「喧嘩のない世界に行きたい」
と思っていた。

*****

時が進むにつれ、両親の不仲ぐあいは収まっていった。
それでも、
親が喧嘩するたび
親が不機嫌になるたび
口出しされるたび
家を出たいと、切に願っていた。

社会人になって自分で働いてお金をもらえれば
家を出られる。
わたしは、必死で就活して
東京の企業に就職した。

*****

就職してからも、実家には、年に2回は帰っていた。

短期間なら、多少嫌なことがあってもやり過ごせる。
本当に嫌になったら、東京に戻ればいい。
ふだん離れていれば、たまに会ったときくらいは仲の良いふうに過ごしていられるから楽しい。

実家に帰りたくて帰っているのか
義務的に帰っているのか
わからなかった。
心の奥のそのまた奥に、薄暗い、重たいものを抱えていた。

*****

実家を離れて、10年以上たった。

わたしは今、新しい家庭をもっている。

先日、買い物をしているときに
「手巻き寿司をしよう」という話になった。

海苔、刺身、きゅうり、大葉、
カイワレ大根。
適当に買い込み、仕込む。
洗って、切って、卵は焼いて。

さぁ、いただきます。

わたしは、何も考えずに、
海苔を4つに切り
酢飯を少しのせ
大葉ときゅうりとカイワレをのせて巻いた。

食べたとたん、懐かしい味がした。

そんなわけあるかい。
酢飯はネットのレシピどおりの配合、
材料は洗って切っただけ。

それなのに、懐かしい。

*****

手巻き寿司。

実家を出てから、食べていなかった。

実家で手巻き寿司をするのは、
わたしたち姉妹の誕生日、クリスマス、ひな祭り。
わたしは、そのタイミングで帰省することがなかったので
食べなかったのだ。

逆に、
誕生日、クリスマス、ひな祭りは
いつも手巻き寿司だった。
それに、ケーキとシャンメリー。

あぁ、いつも手巻き寿司してたなぁ。

わたしは、サーモンと甘えびが好きで
大葉とカイワレはあまり好きじゃなくて
親が食べているのを見て、
これいる?と思ってたなぁ。
妹は食の好みがあって
カニとイクラばっかり食べてたなぁ。

ケーキがあると思っていても
いっつも手巻き寿司食べすぎちゃって。
お腹きついーって言うんだよな、毎回。

シャンメリー開けるのも、毎回大騒ぎ。
父が開けていて、
わたしと妹は怖くて離れるの。

そういえば、いつからか
クラッカー鳴らすようになったっけ。
火薬のにおいが充満してたなぁ。

*****

そんなことを、
カイワレ食べながら、
一気に思い出した。

わたしは、食べながらボロボロ泣いていた。

*****

お弁当によく入っていた、豚肉ロール。
あれ、ずっと好きじゃなかったんだけど
ある日突然、好きになったんだよなぁ。

はんぺんフライ、
海老フライ、
豚肉の大葉チーズにんにく挟み揚げ。

受験の日、
好きなおかずばっかり詰めてもらったんだよなぁ。

好きじゃないと思っていたカイワレも、
油揚げとのサラダにしてもらったときは
おいしくておいしくて、
ボウルを抱えんばかりにして食べていたなぁ。

手巻き寿司といえば、
お正月にも祖父母の家で出てたなぁ。
おせち、そば、カニ、寿司、
焼肉、
鶏団子のお鍋、
そして手巻き寿司。
祖父母の家には手巻き寿司セットがあって
真ん中に酢飯の桶があって
そのまわりを、具がのった皿がくるくる回るの。

*****

次から次へと
実家でのごはんの思い出が頭に流れて
わたしは、泣きながら言っていた。

「実家のごはんが食べたいよ」

*****

わたしは、実家にはいい思い出がないと思っていた。
ふとしたときに思い出すのは、
悲しかったこと
つらかったこと
嫌だったこと
そんなことばかりだ。

それでも、
つらいことばっかりだと思っていたけれど、
わたしの心の奥のそのまた奥のさらに奥には
たしかに、実家での思い出があった。
あったかい思い出があった。

*****

わたしは、
楽しさとか嬉しさとかいった明るい気持ちを表現することが、あまり得意ではない。
恥ずかしくて、セーブしてしまう。
たぶん、5割くらいの表現力だと思う。

そのくせ、負の気持ちはそのまま出してしまう。
なんなら増幅している。

そんなわたしの特性もあるのかもしれない。

楽しいと思っていても、表現しきれないので
その後の記憶もうすれる。
逆に、嫌だった気持ちはいつまでもいつまでも残り続ける。

だからわたしは、
実家に対して複雑な気持ちを抱えているのだ。
楽しみたい、なんなら甘えたい、
でもできない、喧嘩になったら嫌。
だから、いつもモヤモヤしていて
実家に帰ると、ナーバスになっていた。

*****

それでも、カイワレはわたしに教えてくれた。

家族で食卓を囲んで、ワイワイおいしくいただいた。

そんな、楽しい思い出が、わたしにはあった。

*****

わたしの実家は遠方だ。
だから、いまは、帰ることができない。

それでも、今度また帰省できるときがきたら。
みんなで、手巻き寿司を囲みたい。
そして、たぶん、わたしはカイワレ食べながらこっそり泣き出すんだ。
豚肉ロール食べたい、って言いながら。


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