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Get wild and tough ~印度紀行【後編】~


バラナシへ向かう寝台列車は既にホームに着いていた。


発車まであとわずかという時間なのにも関わらず、僕は改札すら潜っていなかった。

タクシードライバーのジャイミーと、周囲のインド人も引くような口論を道端で繰り広げていたからだ。





インドに着いてから一週間、うんざりするほどの長い時間をこの男と共に過ごしてきた。


最初は陽気なインド人だと思って気を許していた。しかし、日を重ねるごとに彼の本性は露わになってきた。彼は一体、僕にどういうストレスをかけてきたのか―――





つまり、「執拗に金を使わせようとする」ことだ。


先に言っておくと、これはジャイミ―に限ったことではない。恐らくインドのツアーコンダクター全員が、「いかに顧客から金を貪り取るか」ということを念頭に置いて働いている。彼もその一人だったというだけの話だ。


ジャイミ―は、とにかく僕にろくな観光などさせる気はなく、「土産屋」ばかりに連れて行った。スパイス屋、偽のカシミア素材店、“チンコがデカくなる”サプリ専門店———


3週間のバックパックで来ていたので、土産など相当欲しいものでも見つけない限り、買う気など毛頭なかった。荷物になるだけだからだ。

「土産はいらん」と言っているのにも関わらず、なぜ彼はしつこく僕を土産屋に連れていくのか?



後で知ったことなのだが、つまりツアーコンダクター土産屋のオーナーグルなのである。

ツアーコンダクターはカモになり得る観光客を土産屋に連れていく。

オーナーは現地民に対して売っている価格の4倍~5倍の値段で商品を観光客に提供する。

しかし、先進国出身の観光客はそれでも「安い」と勘違いしてしまうので、次々に偽の価格設定がされた土産物に財産を投入してしまう。

そうして騙し取った利益分を、ツアーコンダクターと店のオーナーとで山分けしているというわけだ。(インドだけでなく東南アジアの国々でもあるのかも)



こうした無駄な時間が、ジャイミ―と旅する中で何十件もあった。

最終日、僕は既にジャイミ―のことが嫌いになっていたが、「この男とも今日でおさらばだ!」と思うことで一日を乗り切ることにした。




(※インド名物「何人乗りだよ!!」と突っ込みたくなる車)



しかし、お別れの場所「アグラ・フォート駅」で車を降りると、彼は胸を突き出しながら僕にこう言った。




**「一週間楽しかったぜ!君と僕はここでお別れだ!短い旅だったが色々なことがあったな!君も僕に言葉では言い表せないほどの感謝をしていることだろう!だから、額は君が決めていい!!この一週間分の感謝を、チップとして僕に支払いたまえ!!さぁ、3,000円からスタートだ!!!来い!!!!」 **





「・・・はぁ??」


思わず日本語が漏れてしまった。


**(この男は一体何を言っているのだろうか?客に満足に観光もさせず、金をふんだくることしか考えていないお前に、1円たりともくれてやるものか。それに、ツアー代なら出発前の旅行代理店で全て支払ったはずだ。それさえもぼったくりの料金だというのに・・・ふざけるんじゃないっ!!) **



これまでのストレスと、最後の最後まで強欲なジャイミ―の姿勢に、僕の怒りは沸点に達した。

知っている限りの英語単語で罵倒を浴びせ、つけ入る隙を与えるまいと勢い任せに怒鳴り続けた

反論する気が失せたのか、気がつくと彼の目はまるで射精後かのように座っていた。





**「オーケー、わかった。もう行け」 **



さっきまでの威勢は一体どこへ行ったのやら、彼はそう冷たく僕に言い放ち、車へ戻っていった。


冷静さを取り戻した僕は何となく申し訳ない気持ちにもなったが、「もし100円でも支払っていたらイライラしたままこの先の旅を続けていただろう」と自分に言い聞かせ、正当化することにした。




**「(もうどうせ彼と会うことはあるまい・・・。俺はこれからインド屈指の聖地バラナシへ赴き、ガンジス川で全てを無に還す!俺のインド旅はここからだ!!)」 **



そう意気込み、僕はジャイミ―が最後に手配してくれた荷物持ちの男と共に車両へ向かった。



インドの寝台列車はシートナンバーもわかりづらく、自分の予約席に勝手に知らないオッサンが寝っ転がったりしていることもあるらしい。荷物持ちの男は、そんな無礼なインド人を一声で蹴散らせてくれるガードマン的存在だ。体格も良く、専用の赤いユニフォームに身を包んでいる。**なんと心強い。 **



座席を見つけると、幸い僕の席にそんな無礼者はいなかった。


ガードマンから荷物を受け取ると、想定はしていたがこいつもまたチップを要求してきた。


仕方なく300円ほど払うと、ガードマンは眉毛をハの字にし、納得のいかない表情を浮かべながら渋々僕のもとから離れていった。




**「(インド人は強欲すぎる。旅行代理店もツアコンも土産屋もガードマンも・・・インドの全国民をピラミッド構造に当てはめたら、彼らは恐らく上流階級に属するはずだ・・・。それなのに、チップが少ないだのどうのこうので知識がない観光客の善意に漬け込むなんて・・・)」 **


もう済んだことにウジウジと不満を垂れる自分にも腹が立ってきた。これ以上考えても生産性がないと思い、全て忘れて眠ることにした。





・・・

**突然、ポケットの中のiPhoneが鳴り出した。 **


画面を見ると、ローマ字で「ジャイミー」と表示されていた。

そういえば、出会った初日にFacebookで友達になっていた。Facebookの通話機能を使って、**彼は僕に電話をかけてきたのだ。 **





「・・・もしもし?」





**「お~!マイフレンドね!!さっきは急に怒るからビックリしたよ!あんな形でキミとさよならするのは寂しかったからね!それともまだ僕に怒っているのかい??」 **




「いや、もう怒ってないよ。・・・で、なに?」





**「それならよかったぜ!!いや~、実はさっきの荷物持ちが君のチップにどうしても不満があるようでね!!もうちょっと上げてくれないかな!?もちろん額は君が決めていい!!さぁ、500円からスタートだ!!!Let's Go!!!!」 **




電源をブチ切ると同時に、バラナシ行きの列車が汽笛を鳴らした―――




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