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裏社長室(第14回配信)を見て、考えたこと、感じたこと。

新宿駅の構内を歩いていたら、有名菓子メーカーのバレンタインの広告が目に入った。1月は原稿が忙しくて、何年かぶりの大雪を愛でる時間もなかったが、いつの間にか、世間はそんな季節だ。そうこうするうちにも、冬は終わり、春がやってくる。

「先生ってさ、祥子さんからバレンタインチョコ、もらってた?」
とぼとぼと隣を歩く先生に、私は問うた。

「祥…前の妻からは、付き合っていたときや、結婚してからしばらくは、そういうやりとりもしていたよ。」

本当ならば、どうってことのない話のはずなのだか、どうにも苦くも感じる。ちなみに生徒から贈られたことはないが、凛からすればそれは当然のことのようだ。質問に含まれてすらいない。

「別に怒ってないよ?結婚してたんだし。」
「ええっ…怒ってるかどうかなんて、考えもしなかった。すまない。」

ちょっと、イラッとした。先生は相変わらず、女の心の機微に聡くない。気持ちを切り替え、さらに質問を重ねる。

「ね、どんなチョコもらってたの?」

「そういうことには疎いのだけれど、百貨店で売っているような、有名ブランドのものを贈ってくれていたと思う。」

たぶん、高級チョコレートの代名詞的なブランドのものだったはずだ。最初の頃は、手紙をつけてくれていたと思う。チョコレートは祥子の方が好きで、彼女の方が、自分のために買ってきたぶん、とか言いながら、たくさん食べていたような記憶がある。まだ、同じ未来を見ていた頃の話だ。

「へえー」
私は、紅い瞳を細めてみた。何か企んでいることを、表情だけでも互いの意思疎通が図れることを、この二ブチンに伝えたかった。

「…言っておくけど、お金で張り合おうとはしないでくれ。君はもう、自分で十分なお金を稼いでいるけれど、そういうのは嬉しくない。」

私の意図が伝わったようでよかった。もとより、そんなことをするほど、私はもう幼くないけれど。

でも、つい「あげるなんて言ってないよ。」なんて意地悪を言った。

情けない風体の先生は、「そうか。」と言いつつも、心なしかいつも以上に背中が丸まっていた気がしたが、そんな彼が、やっぱり愛おしい。

「うそうそ。とっておきの、私が大好きなチョコレート、一緒に食べようね。何点か、教えてね。」

「…ホワイトデーは、木曜だったな。1日遅れになるけれど、金曜は休みをとって旅行にでもいくか。翌日は週末だし。のんびり、駅弁でも食べながら。」

…そんなこと、考えてくれてたんだ。冴えないくせに、優しい。そして変なとこで気が利くのも、祥子さんと暮らしてきた影響かな。くやしいと思う私はまだ幼いんだろうな。

繋いだ手をほどいて、腕と腕を絡める。重ねた身体で、先生の熱を感じる。

「駅弁を私と食べるの?駅弁で私を食べるの?どっち?」
ばかなことを、と慌てる先生はたまらなく可愛い。
「先生はいやらしいね。」
私の瞳に映るのは、先生だけ。

私たちはもう、愛の際になんか、沈まない。

          *

ほぼ隔週水曜20時配信、緒乃ワサビさんの「裏社長室」(第14回)の感想等です。今回は中2週、都合3週間ぶりの配信でした。

気がつけば、私のnoteの更新もずいぶん空いていました。何も書いていなかったわけではありません。

直近書き上げたのは、私の仕上げた成果物を、上の方々が、くそほどの価値もないコメントや指示を入れて、さも自分は仕事をしたのだと言いたげだったり、さらに上の方々たちが評論家よろしく議論のおもちゃにしたり、ということに対する憤りをテーマにした短編小説でした。

ただ、書き上げて、ちょっと手入れしようかなと考えている頃に、一人の漫画家が自らの命を断つ、という悲しい事件が起こりました。

書いたものを読んだら、時勢柄、何だかちょっとセンシティブだな、という思いもあるので、そのお話はまた時期を見てあげることにします。

で、漫画原作の実写映画作品をひとつ観たのですが、これもまたそもそもが「この映画が完成したとき、あの真面目過ぎる原作者の人は、どう感じたのだろう。」というよこしまな好奇心によるものだったので、これに関することを書くのもまた、ちょっとセンシティブだな、と感じています。

ここで話を切るのもそれはそれで誤解を与えそうだから、ひとつだけ。
その映画は、観て、損はしないです。

前置きが長くなりました。

今回はバレンタインデー企画ということで、なこさん選りすぐりのチョコレートに緒乃さんが舌鼓を打つというもの。
ティーヴィーショウの、食べ物の番組は好きではないのですが、偏愛や情熱の込められたお話が添えられると、なかなか楽しいものですね。

チョコレートは奥が深い

あと、活字も映像も音楽も格闘技もそうですし、私であれば革製品や繊維製品を見て「すごい」と思ったり、「つまんない」と思う感覚を持っているように、味覚もまた、良いものに触れていれば磨かれるのは、然りといえば然り、不思議といえば不思議ですね。

人間の審美眼は、知識と経験で肥えていきます。
某国民的アニメのOPの歌詞に「頭空っぽの方が夢詰め込める」なんてのがありますけど、そんなことはないんですよ。頭が空っぽの方が、根拠のない自信や計画性のない青写真でいっぱいになることはあるかもしれませんが。

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バレンタインはさておき、バレンタインくらいの時期に、当時病気をしていた母親に、チョコレートを送ったことがあります。ジャン=ポール・エヴァンというブランドと、京都の生菓子屋さんである末富というお店のコラボチョコです。

確か、5400円だったと思います。2021年頃の話だから、今ならもっと高いでしょう。普段、めったにチョコレートは食べませんから「さすがにこの値段のチョコを自分のために買うことはねえな。」と思いましたが、今日の配信を見て、好きなものを食べて幸せを感じる、という心の贅沢も、また、年相応に経験値を高めるのも、「ちょっといいカモ」と感じました。

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58:23秒あたりから、お金の話が出てきました。クリエイターとお金の件に関するセンシティブさ、という議論はさすがにもう時効感があるので書きますが、門外漢の私には、そのあたりの相場感ってわからないんですよ。

何に対していくらを提示するのが正しいのか、正直わかんない。だから、地雷を踏み抜くかもしれない。知らず尊厳を踏みにじっていたりすることもあるかもしれない。
これは「デザフェス」について書いた記事でも触れたこと(「1000円で似顔絵を書いてくれ」と頼んだ相手が、後で調べたら若手気鋭の人気アニメーターだった、みたいな。)です。

実はちょっとご本人インタビューを中心とした「緒乃ワサビ本」を作って、同人活動を最高に楽しみたい、みたいな気持ちを、去年、抱いていた時期があったんです。

ご本人へのインタビュー60分〜でいくら(縷縷述べているとおり相場感がわからないので、その価格も、御本人からしたら噴飯ものかもしれない。)、トリビュート的な2次小説や感想・考察文など数人でいくら、製本でいくら、余裕があれば同人イラストレーターに絵を頼んでいくら、みたいなのをどんぶり勘定したら50万円〜くらいで、初めから全部売れても30万円くらいの赤字になる想定でも、それでそんな体験買えるなら安くね?誰よりも同人活動楽しんでるんじゃね?そんな楽しみ方してる人ほとんどいなくね?50万円というお金の使い方として、趣味として、最高に有意義じゃね?とか思ってました。

ところが、1ツイート1億円ですからね!!それはまぁ措くとしても、夏には、作家・緒乃ワサビさんという人間の時間単価が上がることは間違いない。なんなら森博嗣先生みたいに郵便局に行って帰ってくるだけでン00万とかになっているかも。
「初夏」の小説、楽しみですね。

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次回配信は2月28日。今年は閏年なので、1日余計働かなくてはいけなくて、なんだかとても損した気分です。「締め切りが1日伸びた!」とか「実営業日に思わぬ余裕が!」みたいなことを言える人は、素敵ですね。

というわけで、次回の配信も楽しみにしています。

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