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【白昼夢の青写真case2 2次創作「悪夢」】

女の奴隷の生活なんて、私が詳らかに語らなくたって、容易に想像がつくはずだ。容姿に恵まれてしまった私は、必要以上に「そういう行為」に奉仕することを余儀なくされてきた。

男という性が持つ根源的な欲求に加え、暴力性、嗜虐性、倒錯性などといったものを、子供の頃から突きつけられてきた。身体を隅々まで穢されてきた。魂に亀裂が入る音を、何度耳にしただろうか。

          *

私、オリヴィア・ベリーは、英国のとある貴族の下で、奴隷として生かされていた。
奴隷は、人ではない。ましてや見目麗しい女の奴隷など、性欲と征服欲を満たす道具でしかない。

艱難、汝を玉にす、ということはない。辛かった日々が、苦難に耐えた日々が、私を成長させた、ということもない。

前言撤回。我慢の日々が私を成長させたことが、ひとつだけあった。それは、あの貴族の奴隷であることから卒業するための努力をしたことだ。
私は出入りの商人を通じて、かの貴族が旧教徒(カトリック)であることを警吏に申告した。

エリザベス女王が統治するこの国では、国教会至上主義の名のもとに、旧教徒に対する弾圧が行われている。

かの貴族が、本当に旧教徒であったかどうかは知らない。だが私は、出入りの商人を籠絡し、粘り強く慎重に、証拠を捏造し続けた。
その甲斐もあり、かの貴族は警吏に連行されることとなった。女王の血に繋がるほどの高貴な家柄であったようだが、それが却って仇となったらしい。かの貴族の失脚を望む別の貴族たちには、またとない好機となったようだ。

この件を巡っては、私の預かり知らぬところで、多くの血が流れたと聞いた。何にせよ、かの貴族は命を失い、死人に口なしとばかりにあることないこと不名誉を被せられ、家自体も消滅することとなった。

こうして主を失った私は、奴隷から浮浪者となった。

          *

奴隷であっても浮浪者であっても、都合よく救いの手が差し伸べられることはなかった。あれからどれだけの月日が経ったのか、分からない。生きるために、まっとうな仕事も、そうでないこともー 殺し以外のことは、何でもしてきた。

私は生きている。私なりに頑張っている。生きて這い上がって、願わくば、妹に、家族に会いたい。それでも、この世界で成り上がるための門は狭い。私が希った未来は、一歩踏み出すたびにまた一歩ぶん遠ざかっていった。

全身全霊、日々、出来る限りのことはしてきたはずだった。しかし、今の私の心を支配しつつあるのは、無力感と諦念だった。奴隷から抜け出すために、貴族の家をひとつ潰した。浮浪者になってからは、自らの手を犯罪に染めた。ここまでしてもダメなのか。あとひとつでも何か上手く行かなけいことがあれば、きっと私は挫けてしまう。

筋の悪い連中と関わるようになったのは、この頃だ。シャチと呼ばれている男が率いる一団は、強盗、窃盗、詐欺などの犯罪を生業とする傍ら、貴族や富裕層からの非合法な依頼も請け負っていた。
ある日、私は幸か不幸か、彼らの仕事に遭遇した。強盗だった。

 強盗に押し入った先は、私が盗みを働こうと下見に来ていた下院議員の家だった。しかし、下院議員の男は、強盗団のうちの一人の男の妻と姦通している最中であった。逆上し、段取りを忘れたその男は下院議員に襲いかかるも、哀れなことに返り討ちにあった。

強盗団は激しく動揺し、犯行は失敗に終わると思われたが、私は強盗団に加勢した。女の方を人質にとり、ここでこの女を殺せば、他人の妻に手を出した貴様もタダでは済まない、と脅した。下院議員は観念し、人質と、そして彼個人の名誉を、金品と交換した。私は分け前をいくらか頂戴した。盗みで得るはずだった見込みより、はるかに大きな額だった。

経緯を聞いたシャチは、後日、強盗団の一人を迎えに寄越してきた。シャチのもとに出向いた私に、シャチは「歓迎するぜ。」といった。私は、彼の率いる一団に迎え入れられた。

シャチは、貴族や富裕層から、秘密の汚れ仕事を任される程度には、有能な悪党だった。が、酒が入ると、脇が甘くなる男でもあった。この男に取り入れば自分の人生も変わるかもしれない、と思った。

性技だけでなく男の扱い方を覚えていた私は、シャチに抱かれるうちに彼の愛人として寵愛を受けるようになり、やがて浮浪者から非合法組織の幹部となった。

私が一団の幹部となったことに不満を隠さない者は少なからずいた。だが、男たちが己の意思に反し、私に傳くさまを見るのは、実に痛快であった。その男が屈強であればあるほど、美しければ美しいほど、私の歪んだ欲求を満足させた。

かつて愛する妹に対してのみ使っていた「いいこ」は、部下の男たちを調教し、付き従えるための御褒美の言葉となっていた。今では、シャチより私を慕う者の方が多いかもしれない。そんな幹部としての生活は悪くなかったが、私の渇きは満たされなかった。
まだ、何も取り戻していない。

           *

「大口の仕事だ。失敗は絶対に許されねえ。お前たちにしかやれねえことだ。骨は折れるだろうが、よろしく頼むぜ。」
シャチからの命令は、貿易商の家への強盗であった。相当大きな額が見込めるらしく、一団の中でも、シャチからの信頼の厚い、手練れの連中が部下として用意された。シャチの立てた作戦のもと、入念に段取りを打ち合わせ、決行の日を待った。そして、その日が、その時が来た。

          *

「お姉ちゃんは頑張ったよ。もう、自分を傷つけて、他人を傷つけてまで、頑張らなくていいんだよ。」
懐かしくて、温かい声が聞こえる。リリーだ。生きていてくれたんだ。
「おかえり、いいこ…」
抱きしめた妹は、子供の身体の感触ではなかった。でも、深いやすらぎに満たされる。これは、母だ。
「オリヴィア、私たちのために頑張ってくれたんだね。何もしてあげられなくて、ごめんね。」

優しい声色。記憶の底にあった、忘れられないぬくもり。母も、助かったんだ。父と兄も笑っている。みんないる。みんな元気だ。みんなで一緒にくらせる。みんな、みんな、きょうだいみんな。みんな、みんな、家族みんな。

夢心地だ。こんな世界はいつ以来かな。夢心地、夢、夢、夢。

夢。夢?私はどうして、夢を見ている?

世界は反転して、真っ暗になる。わずか手指の先にあるものすら見通せない暗い暗い闇の中で、自分の身体だけが浮かび上がっていた。
「お母さん?お父さん?兄さん?リリー?」
誰も居ない。父も、母も、兄も、妹も。部下たちも。部下?

どうして夢を見ている?

「起きろ。」

聞き覚えのある声が聞こえる。忘れるはずがない。その昔、緋色のマントを纏って私の前に現れた、あの男。私に命を与えながら、一方で、奴隷に落としたあの男。

どうして夢に出てくる?

ビチッという音が鳴り、頬に痛みが走る。何もつかめない中で、ようやく明瞭になっていく視界と意識。目の前にいるのは、かつての緋色のマントの男…

「久しぶりだな。俺のことが分かるか?しかしまぁ、一層良い女になったもんだ。」

私は次第に状況を理解しつつあった。どうやら強盗に失敗したこと。強盗に入った貿易商の家とは、緋色のマントの男のアジトであったこと。私は、絞め落とされて気絶していたらしいこと。

だが、なぜ失敗した?
「なぜ失敗した?とでも考えたか?」

心を読まれたかのようなその言葉に、呼吸が止まる。

「お前は、売られたんだよ、あの小悪党に。」

…馬鹿な。なぜシャチが。

「所詮は小悪党だ。多少の脅しといくらかの金で、アレは容易くひざまづいたよ。お前の美貌は、存在感は、人の目をひくのだ。まるで、舞台の上の一流の役者のように。」

理解を許さないまま、話は進んでいく。

「お前を欲しいという者はたくさんいる。奴隷として、だ。説明はもういいな?」

絶望するしかなかった。もういい。私は結局こうなのだ。私はどう足掻いたって、この世界の中で上り詰めていくことはできないのだ。それが骨身に沁みた。だから、もういい。奴隷としての日々が、また始まる。自分の眼から光が消えていく感覚を、初めて知った。

         *

私自身、さんざん悪事を尽くしてきた人間だ。そんな私に警吏の手が及ぶことを恐れてか、事件の翌々日には、早々に競りにかけられた。今回の件の首謀者と思しき者か、またはその代理の者かが、高らかに金額をコールした。その額に、ざわめきが起こった。

しかし、その額の倍の金額を提示する者があらわれた。若い貴族のようだ。先にあげられた金額は、既に破格であった。が、この若い貴族は、誰にとっても見上げざるを得ないであろう高い壁を、いともたやすく乗り越えてきた。
傍目には暴挙とも思えるそんな行為に、ざわめきの色が変わったように感じた。言うなれば、驚嘆から戸惑いに。

「…茶番だ!あんな若造に、そんな額が用意できるものか!中止だ!中止!」
最初に金額を提示した者の怒号が響き渡る。マネーゲームの場でお金を用意できなければ、それは敗北を意味する。だが、ゲーム自体なかったことにすれば、また別だ。
戸惑いを示していた参加者たちも、彼の怒号によって我にかえったのか、その現実離れした金額に、不信感を覚える者が一人、また一人とあらわれ出した。
会場は一触即発の様相を呈した。

「hmm?これでも足りないと?」
若い貴族は、会場の空気に何ら動じることなく、従者に命じて大量の金貨を鞄から取り出させた。提示した額の、さらに倍はあるかもしれない。
気怠げで熱量のない平坦な声が、不思議なほど響き渡った。会場の誰もが、この男に飲み込まれた。

こんな雰囲気の人間には、会ったことがない。この男に落札され、この男の奴隷となることに、底しれぬ恐怖を覚えた。いくらかの修羅場を潜り抜けてきたはずの今の私が。

勝敗は決した。怒号を飛ばした男は、成り上がりの下級貴族め、覚えておけ、と憎々しげに捨て台詞を残し、会場を後にした。若い男の佇まいに魅了されてしまった参加者たちは、その惨めな後ろ姿に鼻白んだ。

その後は粛々と、落札者と落札金額が読み上げられ、大波乱となった競りは終わった。

         *

「YOUがオリーヴか…ああ、beautiful…いい、すごくいい。YOUはたった今から、MEの奴隷だよ。Congratulations。」
不思議な話し方をする男だ、などと考える余地はなかった。値踏みをする彼の眼は真剣で、私の心はその底知れぬ迫力に怖気づいていることのみに支配されていた。

「さぁ、脱いでごらん。全てをMEに見せるんだ。」
射抜くようでもあり、絡みつくようでもあるその視線は、私の何もかもを見透かしているだろう。今さら裸になったところで、何も変わらないとすら思った。身につけていたものを全て外し、彼の前で生まれたままの姿になった。

「Excellentだよ、オリーヴ。こんなに美しいものがあったとはね…MEの目は、常に美しいものを求め続けているけど、ここまでMEのSOULを震わせるものは、なかなかお目にかかったことはないよ…」

「Hmm?MEが怖いかい?怖がらなくてもいい…いや、これほどまでに美しいYOUが浮かべる怯えの表情も嫌いじゃない。むしろI like it.」

「あぁ…あぁ…Shhhhh…Hoo。最高だ。最高だよオリーヴ。早く、早く全てを、何もかもを…ああ…早く触れたい、MEのこの手で、オリーヴのすべてを…あぁ…ああ…!」

劣情を滾らせ、ひとり喘ぎ続けるこの男こそ、若き貴族、ハロルド・スペンサー。
これが、本物と美しきものを愛してやまない彼との出会いであった。私は彼の奴隷となることを選んだ。
希望のない生の中で、それでもなお、生きるために。
 

 

 

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