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【実験小説】NPC その2

勝重の家を出てから、近隣住民への聞き込みを行った。

能海という家、中でも本家は特別だ。神秘と権威をまとった、地域の象徴にして、唯一無二の最高実力者。
やれ能海の初代が2000年前の津波から剣の一振りで地域を守った、やれ能海の祖先こそが神武天皇であった、やれ能海重治の父とその祖父が大戦中、村を襲う戦闘機をその神威で撃ち落とした…

果たして本当かどうかは甚だ疑わしいが、それでも住民たちの声は、能海の本家があらゆる意味で別格であるということを窺わせた。

 
能海本流の血の濃さが、この地域におけるヒエラルキーの礎にあることは、まだ理解の及ぶ範囲だった。程度の差こそあれ、日本全国で散見される光景だ。
しかし、住民の全てが多かれ少なかれ、能海本流の血を享けた者であるという話を聞いたこと、そしてその話がどうやら本当らしいと確信したときには、戦慄を禁じえなかった。
それほど遠くないところで、ここM郡H村の数百名全員が同じ先祖を持っているのだ。
能海の先祖たちは、なんならすべての女性に自らの種を施すことで、能海の権威を担保しようとしたのか。そのおぞましさには、全身が総毛立つ。

ひとつ、思い浮かんだことがある。エディが残したデータやファイルのことだ。当然、ひととおり目を通したが、この程度の話ですら記述が及んでいなかった。
これがあのエディの仕事とは、到底思えなくなった。記録が正しいとするなら、エディは10日ほどこの村にいたことになる。それは事務所の出張記録に照らせば分かることだが、たぶん本当だ。
しかし、内容はどうだ。本当に正しいのか。そもそもエディが作ったものなのか。もはや信じるに足らぬものになった。

 
近隣住民への聞き込みを再開する前に、一度、管理官殿に報告しておくべきだろう。本当であれば、知っていること全てを問いたいが、何も知らない可能性もある。彼とて所詮は、おれよりは偉い、という程度でしかない。

管理官殿は、おれからの電話に、ほぼワンコールで応答した。

おれは、そもそも能海家という存在について、そして、村のこと、義治や勝重の様子がおかしいこと、まるでNPCになるかのような呪いが存在するかもしれないこと、といった、この数日で知りえた、体験したことを掻い摘んで説明した。

管理官は、そうか、引き続き調査に努めるよう、といった通り一遍の台詞を述べたあと、最後に「そういえば。」といった。

「なんですか?」

「NPCなら、話が進めば会話の内容も変わるかもな。」
          *

-随分、物分かりがいい管理官だと思っただろうか。
仮に、何らか特殊な能力で人を殺したとする。警察がその者を捕まえたとしても、その後の公判は持たない。犯人を逮捕しても、殺害方法が特定できなかったり、何らか特定した方法でその殺害を立証できなかったり、といったことが理由だ。そうなれば、まず間違いなく罪には問えない。自白(供述調書)が証拠の王様、という時代ではない。

他方で、そのような方法で悪行を為す悪人が、この世界には存在する。常人にはおよそ信じられないような、立証することがおよそ不可能だと思われるような方法で。

おれたちは、そういう手段で人を殺す者がいるということも、「あり得る」という前提に立っている。おれの所属する特殊特務機関に話が来るというということは、つまり「そういうこと」だ。

「呪い」は、その最たるものだ。警察は先に述べた理由のとおり、そしておれたちもまた、呪いによる殺人犯を捕まえても、彼らを罪に問うことはできないだろう。
だが、そうした事件を野放しにすることを、社会は嫌悪する。道義的にも、許容されるべきではないと思う。

被疑者死亡で片付く事件の裏には、おれたちがいることもある。
むろん、殺すことを認められているわけではない。むしろ、殺したことが世間にばれてしまえば、おれたちは正規の手続きに則り、殺人犯として裁かれる。罪に問えぬ悪を為す者もまた、個人の持つ権利を当然に保護されるべき人間なのだ。

裁判という制度を待たずに、言わば人の命を処分してしまうことは、正しいだろうか。考えたって、答えは出ない。だからおれは、常に考えることに蓋をする。

           *

 管理官殿への電話ののち、再び義治と勝重へのもとへ赴いた。二人とも、「まあ、うさんくさいけどな。」から始まる定型句を繰り返した。

複数回、その質問を繰り返し、その様子を録音をした。話し方やリズム、速度は、何度聞いても違いは分からない。
もちろん、協会の鑑識部署に解析を依頼すれば、何らか違いが浮かぶのかもしれない。
しかし、発声器官たる装置と成り果てた義治も勝重も、人間の身体を持っている。試してはいないが、発言の最中に殴ったりしたら、言葉は止まるだろう。この解析に、おそらく意味はないが、頼む価値がないとも思えなかった。

何にせよ、今のところ事件は進んでいないということだろう。もしくは、おれの操作が進んでいないか。

幸治の死因についても、改めて事情を聞く必要がある。監察医の検視によれば、農薬による服毒自殺らしい。さすがに農薬であれば、何に混ぜても味や匂いでわかる。だが、身体を拘束したり、自由を奪った上でならどうだ。虎のような殺気を放つ義治や、フィジカルに恵まれた勝重であれば、出来ないことはない気がする。
幸治は、目から鼻に抜けるほど聡いと評判ではあるが、身体能力に優れるというタイプではなく、さほど腕っぷしが強いわけではないようだ。
しかしながら、大人の男だ。暴れれば、形跡くらいは残るはずだ。それでいてなお、争った様子はないとのことで、力ずく、という可能性は薄いとのことだ。

それでいて、もはや舞台装置になった義治たちが「うさんくせえ」と繰り返した理由は、幸治の自死の動機だろう。遺書はなかったようだ。
そしておそらく、死にたいと願うほど病んでいる様子も普段から見受けられなかったのだろう。
むしろその死が無念であったからこそ、義治たちにNPCになる呪いをかけたのか。その呪いにしても、殺すといったことではなく、あえてNPCにしたというその理由はなんだ。

この検視結果も、疑うべきなのだろうか。この村においては神に等しき能海の人間を殺すものが、この村にいるだろうか。いたとして、それが仮に義治や勝重なら、警察すら手心を加えるのではないか。監察医なり、警察の偉い人間なりが村の者であるなら、それもなくはない。

わからないことばかりだ。何を信じていいのかも分からない。ただ、ひとつだけ事実があるとすれば、これは確かに、過去に必ず起きていたことなのだ。
つまり、真相究明という問いに対する答えは、必ずある。(つづく)

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