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『異常性愛記録 ハレンチ』:1969、日本

 典子は深畑との忌まわしい関係を断ち切り、二番目の恋人である吉岡との新しい生活に賭けようと思っていた。しかし湖畔の別荘で吉岡に抱かれようとする瞬間も、彼女の中には深町とのドス黒い思い出が残っていた。京都木屋町のクラブ「ノン」のママを務める典子が最初に知った異性が、染物会社の社長を務める深畑だった。深畑は嫌がる典子に襲い掛かり、強引に体を奪ったのだった。
 ある夜、典子が常連客の寺内とタクシーに乗ろうとした時、近くで立っている深畑に気付いた。出張だと聞いていた典子は不可解に思うが、声を掛けようとする。しかし深畑は彼女を突き飛ばし、タクシーに乗り込んで去った。

 典子が帰宅すると、深畑は電気も付けずに待ち受けていた。彼は典子を浴槽に沈め、頭を押さえ付けて溺死させようとする。しかし隣人のニャン子が来たため、典子は助かった。ニャン子が去った後、深畑は化粧の濃さや他の男に送ってもらった行為を注意し、典子に甘えた。典子はタクシーに乗り、深畑を家まで送り届ける。
 深畑は運転手に「もう一度、マンションに戻ってくれ」と指示し、「寂しいんだよ」と典子に甘える。典子は優しくなだめ、深畑をタクシーから降ろした。帰宅した深畑は病気で寝たきりになっている妹の時子から「兄ちゃんだけが頼りや」と言われるが、何も答えなかった。

 時子の隣では、深畑の幼い息子が眠っていた。しかし深畑は息子を一瞥しただけで、2人の寝室に入ろうともしなかった。深畑が自分の寝室へ行くと、妻の松子が目を覚ました。彼女は体を起こし、「お帰りなさいませ」と告げた。隣の部屋からは、病気の母の咳き込む声がした。
 深畑は異常に嫉妬深く、いつも典子を監視していた。眠っていた典子が目を覚ますと、いつの間にか深畑が侵入して近くで観察していた。彼は何度も結婚の約束を切り出して典子を繋ぎ留め、その度にセックスを求めた。

 何日分もの新聞やホコリが溜まっているのを見つけた深畑は典子が家を空けたと確信し、「殺したる。どこの男や」と怒って首を絞めた。典子は父親が病気で病院に行っていたと釈明するが、深畑は信じなかった。それでも典子が「嘘と違う」と主張すると、彼は両手を放して「堪忍や。愛してるから、こんなことしたんや」とセックスに及んだ。
 吉岡は典子から「彼の出張中に全ての整理を付ける」と言われ、それを信じて指一本触れずに待っていた。しかし典子の「帰宅した深畑と話し合った」という説明は嘘で、彼女は怖くて何も打ち明けていなかった。吉岡は「僕に話させてくれ」と言うが、「もうちょっと待って」と典子が頼むので受け入れた。しかし典子は深畑が営業前の店に来ると、体を求める彼を拒み切れなかった。

 深畑は典子の留守中に部屋へ上がり込み、勝手に物色することもあった。典子が非難するが、深畑は都合が悪くなると沈黙を貫いた。松子から電話があったので典子が受話器を渡すと、深畑は無断で切ってしまった。典子のアパートに母の菊江が来て結婚の約束について追及すると、深畑は「きっとします」と不愉快そうに告げる。しかし菊江が「いつ?」と訊くと、「うるさい、帰れ」と怒鳴る。
 菊江が「ここは典子の部屋どすえ。帰るのはアンタです」と返すと、深畑も「帰るんだ」と怒る。典子が注意すると、深畑は「こんなに愛してるのに」と甘える。菊江は呆れ果てて部屋を出て行くが、典子は深畑を見捨てられなかった。

 深畑が店で典子に甘えていると、常連客の発田がやって来た。発田が挨拶すると、深畑はホステスの朱美に「発田さんにジョニ黒1本、差し入れしてや」と頼む。今まで彼は金を払ったことなどなく、それは単なる営業妨害だった。
 深畑の共同事業者である発田は「君は店におった試しがないな」と指摘し、典子に熱を上げて商売を疎かにしていることを諌めた。典子も甘やかしすぎていると発田が注意すると、深畑は怒りを抑えて沈黙を貫いた。

 そこへ吉岡が来て典子が接待すると、深畑は腹を立てて邪魔に入った。嫌がる典子を深畑が踊りに誘うと、吉岡が制止した。深畑は「浮気したら殺す」と鋭く言い放ち、店を飛び出した。梅乃屋の女将から急用だという電話を受けて典子が座敷へ行くと、深畑が待ち受けていた。女将の梅子は深畑の味方で、彼に協力して典子を呼び出したのだ。
 深畑は吉岡との浮気を疑っており、「浮気してたら男は殺したる。ノン子は顔に硫酸や」と脅した。深畑が執拗に「きっと離婚する」と言うと、典子は「結婚なんてもう考えてへん」と声を荒らげる。深畑「今のままでええのんか」とが喜ぶと、典子は彼を睨み付けて料亭を飛び出した。典子がノンに戻ると、吉岡は「いつまでこんな曖昧なことしてるつもりだい?」と不機嫌そうに告げた。

 3日後、典子が必要な物を取りにアパートへ立ち寄ると、深畑が勝手に入って来た。深畑が「会いたかった」と喜んで抱き締めると、典子は「急いでんのよ。夜、また店で会えるでしょ」と突き放して逃げ出した。ニャン子と遭遇した彼女は「この前お願いした本、ちょっと見せて」と理由を付け、部屋に入れてもらう。
 すると深畑も勝手に上がり込み、典子をベッドに押し倒して愛撫を始める。ニャン子は典子が本気で嫌がっているとは思わず、気を遣って外出した。かつて典子の家へ友人の松子が遊びに来た時も、深畑は彼女のシャワー中に平気でセックスを始めた。

 深畑から「今日みたいに、一日に一遍は会ってくれへんか」と頼まれた典子は、「アンタの二号さんになるつもりはないねん」と苛立ちをぶつける。深畑は「やっぱり男が出来たんやな」と激昂し、彼女を暴行した。典子は「奴隷みたいな生活は、もうたくさん」と泣きながら告げ、アパートを飛び出した。彼女は病院勤務の寺内に相談し、怪我の診察を受けた。
 典子がピンチの時には、深畑は決して近付こうとしなかった。典子が妊娠した時には、知人の里江に頼んで自宅に電話を掛けてもらうが、深畑は冷たく無視を決め込んだ。典子は里江に保証人になってもらい、中絶の手術を受けた。

 心配する寺内と別れた典子は、深畑がゲイボーイのジミーと車に乗り込む姿を目撃した。過去にも彼女は深畑がジミーと踊りながら尻を撫でる様子を目撃しており、男色の趣味に薄々気づいていた。
 深畑はジミーとラブホテルに入り、マゾヒストとしてSMプレーに興じた。ホステスの朱美に電話を入れた典子は春子が店を休んでいると聞き、アパートへ立ち寄った。すると春子は、常連客のタカシとセックスを始めようといた。

 夜、典子はノンで吉岡と会い、深畑との関係に疲れている様子を見せた。彼女は吉岡に、もう少し時間が欲しいと頼んだ。そこへ深畑が現れると、吉岡は見せ付けるように典子と踊り始めた。典子が頭痛を訴えたので、吉岡はアパートまで送っていくことにした。
 2人が店を出る様子を見た深畑は、激しい苛立ちを見せる。彼はゴーゴークラブへ繰り出し、ゲイボーイたちと踊る。それから風俗店へ行き、外国人女性たちの泡プレイを見ながら性欲を満たした…。

 監督は石井輝男、脚本は石井輝男、企画は岡田茂&天尾完次、撮影は わし尾元也、照明は和多田弘、録音は荒川輝彦、美術は荒川輝彦、編集は神田忠男、舞踊振付は花柳幻舟、音楽は八木正生。

 出演は橘ますみ、吉田輝雄、賀川雪絵(賀川ゆき絵)、三笠れい子、葵三津子、尾花ミキ、若杉英二、林真一郎、小池朝雄、丹下キヨ子、木山佳、田仲美智、南風夕子、有沢正子、花柳幻舟、上田吉二郎、中村是好、玉川長太、蓑和田良太、沢彰謙、いそむら・やすひこ、田村八十助、上方柳次、上方柳太、青山ジミー、牧淳子、上岡紀美子、片山由美子、水上富美、金森あさの、ハイディ・マリーン、ポーラー・ホキンス、ジェーン・マハラ、六本木吉野、銀座青江、銀座ケニー、新宿ジュン、錦糸町マサ子、名古屋ゲート、名護屋舟、名護屋赤い月ら。

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 『徳川女系図』から始まった石井輝男監督の異常性愛シリーズ第5作。ただし当時から「異常性愛シリーズ」と呼ばれていたわけではなく、『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』に続く「性愛路線」の第2作として公開された。
 典子を橘ますみ、吉岡を吉田輝雄、夏子を賀川雪絵(賀川ゆき絵)、春子を三笠れい子、ニャン子を葵三津子、朱美を尾花ミキ、深畑を若杉英二、ニャン子の不倫相手の津田を林真一郎、寺内を小池朝雄が演じている。

 当初は出演予定だったカルーセル麻紀が降板し(理由は不明)、青山ジミーが代役を演じている。カルーセル麻紀は主演クラスでの起用が予定されていたようだから、ひょっとすると役柄も大きく変更されているのかもしれない。その他、当初は南利明や由利徹、小島慶四郎や宮城千賀子も出演が予定されていたようだ。
 「東京ゲイ・ボーイズ」の一員として出演している「六本木吉野」は、ゲイバー「吉野」の吉野ママ。他にも銀座のゲイバー「青江」の青江のママなど、その業界では有名なゲイの面々が出演している。

 映画は典子が吉岡と湖畔の別荘にいるシーンから始まり、回想として深畑との関係が描かれる。その後、吉岡と一緒にいるシーンがあって、また深畑との関係を描く回想に戻る。しばらくすると湖畔の別荘デートから戻り、どうやら現在進行形になっている。
 そんな風に時系列を入れ替えているのだが、これが無駄に話をゴチャゴチャさせている。少なくともプラスの効果は何も発揮されておらず、無駄な趣向にしか思えない。どっちにしろ「深畑が本性を現す前」とか「典子が吉岡と初めて出会った頃」には触れていないんだから、時系列順に進行して良かったんじゃないか。

 深畑は典子に甘えたり、困ったら黙り込んだりするという子供じみた部分がある。その一方、不快感を覚えると恫喝したり、思い通りにならない問題は暴力での解決を目論んだりする。端的には前者は「幼児性」、後者は「凶暴性」と表現できるだろうが、実は両方とも同じ「幼児性」と言ってもいい。
 幼い子供ってのは、自分が嫌な気持ちになった時には平気で暴力を振るう。欲しい物があったり排除したい物があったりした時も、簡単に凶暴性を見せる。なので深畑は二面性を持っているわけではなく、ずっと一貫して幼児なのだ。

 深畑の異常性を描く上では、「典子が彼を甘やかしすぎている」ってのが大きな欠点となっている。典子は深畑に優しく接して、ちょっと弱気にすがられると簡単に受け入れてしまうんだよね。そのせいでズルズルと関係を続けているんだけど、そうなると「深畑が怖い」ってだけじゃなくて「典子がアホすぎる」ってのが引っ掛かるのよ。
 そもそも、深畑って最初からヤバい奴だったわけで、典子は彼のどこに惹かれたのかサッパリ分からないし。典子は最初から深畑に愛なんて無くて、何か弱みでもあって仕方なく従属している設定にでもしておいた方が良かったんじゃないか。

 タイトルだけ見れば、変態的なセックスが存分に描かれる特殊なエロさ爆発の作品なのかと思うだろう。しかし実際に観賞してみれば、「ちょっと違うかな」と感じる人が多いんじゃないだろうか。もちろん東映ピンク映画なので濡れ場は幾つも用意されているし、女優陣も脱ぎまくっている。
 しかし、この映画の本質は、実は「変態性欲」や「エロス」にあるわけではない。この映画の中心に位置しているのは、間違いなく深畑というキャラクターの圧倒的な存在感である。

 深畑というキャラクターを分かりやすく表現するのに適切な言葉あって、それは「異常者」と「ストーカー」の2つだ。深畑は序盤から、そのキチガイっぶりを存分にアピールする。寺内とタクシーに乗る典子を見ても、声も掛けずに立っているだけ。典子が声を掛けると突き飛ばし、タクシーに乗って無言のままで去る。
 典子が帰宅すると電気も付けずに待ち受けており、急に「キャハハハハ」と不気味に笑って彼女を抱き上げる。そして湯を入れた浴槽に典子を沈め、頭を押さえ付けて溺死させようとする。それまで楽しそうにしていた深畑だが、インターホンが鳴るとスッと険しい表情に変化する。

 彼はニャン子を鋭く見据え、怖がらせて追い払う。ニャン子を持って来た刺身を踏み付け、典子が「なんでこんなことすんの?」質問しても答えずに自分の言いたいことだけを喋る。「アイライン描いたらアカンって言うたやろ。化粧も口紅も濃すぎるのが分からんのか。絶対に男に送ってもうたりせんといて、って言うたやろ。男の言うことに、素直に従うのが女の道や」と静かに注意した後、彼は「なあ、連れてってえや」と甘える。
 「どこへ?」と問われると両目を左右に振り、「おトイレ」と告げる。典子がトイレに連れて行くと、彼は手を話さず、排泄を見守るよう頼む。「見ててね。ぼくね、君がいなかったら生きていけない」と甘える態度だが、嫌がる典子の両手を強く掴んで離さない行動は傲慢だ。

 後半に入ると、深畑は「女あんまに体を揉ませながらセックスして楽しむ」「ゲイボーイに甘えてSMプレーに興じる」「外国人女性たちが絡み合う痴態を観賞する」など、さらに変態性をエスカレートさせる。
 彼の異常性は典子にだけ行使されるのではなく、他の相手にも向けられる。ジミーとラブホテルに入るシーンでは、ブラジャーとパンティーを着用している。口紅を塗られ、鞭で打たれ、ハイヒールに入れた酒を飲まされて喜ぶ。

 こうやって文章で説明しているだけでも、充分に深畑がヤバい奴ってのは伝わると思う。だけど実際に映画を見れば、ここから受ける印象の何倍も気持ち悪いのだ。ただ、実は深畑の「愛してるんだよ~ん」「寂しいんだよ~ん」という言い回しは、たぶん漫画『おそ松くん』に登場するダヨーンの真似なんだよね。そう考えると喜劇的ではあるんだけど、ダヨーンを意識して観賞しても、やっぱり気持ち悪さは変わらない。
 過去には正統派の二枚目俳優として主役を演じたこともある若杉英二だが、石井輝男の作品では変な役ばかりやらされている。でも皮肉なことに、今となっては正統派の時代よりも石井作品の方が「若杉英二の出演作」としての認知度は高い。そして彼の代表作を考えても、やっぱり石井作品になるんじゃないかな。

(観賞日:2020年12月24日)

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