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『ニッポン無責任時代』:1962、日本

 バー「マドリッド」では、乗っ取り屋として有名な黒田物産社長・黒田有人が女給の麻田京子に太平洋酒の株を買うよう勧めている。彼は次の乗っ取り先として太平洋酒を選び、株を買い占めているのだ。太平洋酒総務部長の谷田と部下の大塚が店にやって来たので、黒田は見つからないように退散した。
 京子が谷田たちのテーブルへ行こうとすると、バーテンの春木が「あの男、知ってる?懐は大丈夫かな」と一人の客を指し示す。カウンターに座っていたのは平均(たいら・ひとし)という男だが、京子は初めて見る相手だった。

 谷田と大塚は株の買い占めに関連して社長の氏家勇作に怒られ、それを気にしていた。そこへ平が近付き、「今の話、聞いてたんですが、何かお役に立てればと思いまして」と話し掛ける。その様子を目にした京子は、平が谷田の知り合いだと思い込んだ。
 平は谷田と大塚に「社長とは軽い付き合いがありまして」と言い、店を去った。京子から平の勘定が自分たちに付けられていることを聞かされた谷田は、「やられたか」と顔をしかめた。

 平は氏家の邸宅に赴き、彼が外出中だと女中のハナから聞かされても、勝手に上がり込む。平は仲間とバンドの練習をしていた氏家の息子・孝作のギターを拝借し、演奏しながら陽気に歌う。
 氏家の妻・時子は「何時になるか分かりません。今夜は遅いですから、出来ましたら明日にでも」と告げる。平は氏家の明日の予定を尋ね、彼が午前中に行われる元大臣・松山一郎の葬儀に出席することを知った。

 平が下宿先に戻ると、大家の妻である咲子が滞納している部屋代の支払いを請求に来た。平は氏家の知り合いでも何でもなく、競馬でしくじって会社をクビになった男だった。彼は大家の健吉から背広を借りて、松山の葬儀が行われる青山斎場に出向いた。
 氏家を見つけた平は、松山の世話になっていた人間だと自己紹介し、「先生は株の買い占めのことを気になさっており、協力するよう言われました」と語る。すっかり信じ込んだ氏家は、「明日、会社の方に来てくれ。いい相談相手が出来て良かった」と言う。彼が車で去った後、平は香典泥棒を捜している刑事に声を掛けられた。平は「あいつに違いない」と指差して刑事を追い払い、その場を逃げ出した。

 平は氏家より先に太平洋酒へ到着し、社長室の壺に入っていた煙草を盗んだ。新橋の芸者・まん丸から電話が掛かって来たので、彼は氏家を装って会話を交わした。氏家が戻ったので、平は何事も無かったように振る舞った。
 そこへ谷田が来たので、氏家は平を紹介し、総務部に預けることを告げる。谷田は氏家に、株を買い占めているのが黒田であること、そのバックが山海食品であることを報告した。

 氏家から対策を相談された平は、「大株主に対して、敵方に株を売らないように話を付けるべき」とアドバイスする。氏家に次ぐ大株主は、富山商事の富山社長だ。それを聞いた平は、富山を新橋の料亭で接待し、現金を渡して買収するよう提案した。
 平は氏家に、まん丸を接待の場へ呼ぶよう促した。社長室に入って来た秘書の佐野愛子は、壺の煙草が切れていることで氏家から叱責を受けた。

 愛子は平を喫茶店に連れ出し、名士の葬儀を狙う香典泥棒について書かれた新聞記事を見せる。愛子から煙草を盗んだことを指摘された平は、あっさりと認めて笑う。太平洋酒に入社した理由を訊かれた平は、「前の会社をクビになったから」と答えた。
 「社長はワンマン、月給は安いし、営業不振で乗っ取られそうになってる会社なんて、意味ないじゃない」と愛子が言うと、彼は「僕は三流大出身で、しかも中退よ。だから、あんまり硬いことを言われると住みにくいの」と述べた。平は「今のこと、社長に言い付けてもいいよ。僕は学校の時からクビには慣れてるんだ。そうなったらそうなったで、別口を探すよ」と軽い口調で告げた。

 翌朝、初日から遅刻した平は、何食わぬ顔で出社した。その夜、平、氏家、谷田は富山と麻雀をやった後、料亭へ移動した。富山は株を売らないことを約束するが、「用事がある」と言って早々に立ち去ってしまった。その足でマドリッドへ赴いた彼は黒田と会い、彼に株を売る話をする。
 まん丸は酔っ払った状態で、平、氏家、谷田を車に乗せて運転する。取り締まりの警官に気付いた彼女が焦ると、平は運転を交代した。平はまん丸が小便を漏らしそうで急いでいたように装い、警官の取り締まりをやり過ごした。そんな振る舞いを見て、まん丸はすっかり平のことが気に入った。

 翌日以降も、平は必ず会社に遅刻し、仕事は同僚に任せてばかりだった。そのため、総務部社員の大塚、佐倉、青木、安井は平を疎ましく感じていた。
 昼休み、大塚たちは屋上で組合を作る密談を行うが、仲間を募るためのチラシを平に拾われてしまう。大塚たちが返却を要求すると、平は拒否した。「喋る気か」と問われた彼は、「毎朝、僕の代わりに出勤カードを押せば黙っててやるよ」と軽く告げた。

 平が総務部に戻ったので、大塚たちはチラシを取り戻すために追い掛ける。谷田は平が持っている紙に気付き、それを見せるよう求めた。しかし平は紙飛行機を折り、チラシを窓の外へ飛ばした。すると、それは社長室に飛び込んだ。
 大塚たちが慌てる中、平は社長室へ向かう。大塚たちは平が氏家に密告するつもりだと確信し、作戦の変更を決めた。平が社長室へ行くと、氏家は組合員を募るチラシだと知らずに紙飛行機を渡した。

 大塚たちは部課長会議の間にチラシを配り、組合員を募った。氏家は平に、係長への昇進を通達した。そこへ谷田が来て、大塚たちが組合を作って屋上で集会を開いていることを報告した。
 誰もいなくなった総務部に平が戻ると、まん丸がやって来た。彼女は平に、株を買ってほしいと持ち掛けた。裏があると読んだ平の質問を受けた彼女は、黒田が富山から株を買って太平洋酒を乗っ取ったことを話した。

 大塚たちが組合結成の祝杯を挙げていると、平がやって来た。同席した愛子の言葉で、大塚たちは平が組合のことを氏家に密告しなかったと知る。そこで大塚たちは、平の昇進を素直に祝福した。彼らが飲んでいる店に、孝作が恋人の洋子や親友たちと共にやって来た。
 孝作は平に気付き、軽く会釈した。洋子が泥酔したので、孝作は彼女を自宅まで送り届ける。洋子は山海食品社長・大島良介の娘だった。大島は孝作を怒鳴り付けて追い返した。

 氏家は黒田に会社を乗っ取られたと知り、激怒して平をクビにした。マドリッドへ飲みに出掛けた平は、黒田と遭遇して挨拶する。平は「組合はあるし、社長は社員たちから人気があるから大変ですよ」と言った後、自分がクビにされた氏家に恨みを抱いていることを話した。すると黒田は平を呼び止め、「いい話がある」と持ち掛けた。
 後日、太平洋酒の新社長として社員たちに挨拶した黒田は、山海食品と組んでビールの開発・販売を始めることを宣言する。そんな黒田の傍らには、彼の側近として会社に復帰した平がいた。

 その夜、黒田の歓迎会が開かれ、平は得意の歌で盛り上げた。谷田は黒田に反発し、「辞めさせて頂きます」と言い放つ。平がなだめても、谷田は聞く耳を貸さずに立ち去った。一方、氏家は孝作から洋子と結婚したい旨を聞かされ、激怒して反対した。彼の家を谷田が訪れ、平や黒田への苛立ちをぶちまけた。
 そこへ平が来て、自分が渉外部長になったこと、黒田に頼んで谷田を渉外部の課長として会社に残してもらったことを話す。腹を立てる氏家に対し、彼は「黒田を追い出して、氏家社長をカムバックさせようと思うんですが」と語る。そのためには谷田の力が必要なのだと、彼は説明した。

 黒田は大島と会い、組合の情報を渡す代わりに平を部長に昇進させたこと、難しい仕事ばかりを押し付けてクビにするつもりであることを話す。大島が「娘が来年で大学を卒業したら、結婚させるつもりだ」と言うので、黒田は銀行頭取の三男・植村を推薦した。
 日曜日、平が相談があると言っていたまん丸を下宿で待っていると、京子がやって来て「店を持ちたいから200万円出してほしい」とせがむ。そこへまん丸が来て、車のローンの100万円を払ってほしいとせがんだ。京子とまん丸は対抗心を剥き出しにして、喧嘩を始める。そこへ愛子が駆け付け、喧嘩を仲裁した。「私は平の許嫁よ」と彼女が言ったので、平は仰天した。

 平は黒田から、ホップの買い付けを拒んでいる北海物産社長・石狩熊五郎との交渉を命じられた。「金に糸目は付けないが、全て君の責任だよ」と言われ、平は余裕の態度で承諾した。黒田は平に失敗させ、クビにするつもりで、その仕事を命じていた。
 平は谷田と大塚から、石狩は太平洋酒の商売仇と手を組んでおり、どれだけ接待費を使っても食い逃げされるだけで終わってしまうと聞かされた。平は京子とまん丸に金の支払いを約束し、石狩を接待させた。

 翌日、平は青木を引き連れ、石狩の接待ゴルフに出掛ける。黒田は大島から平をクビにするよう求められ、今度の仕事が失敗に終われば解雇するつもりであること、氏家の息が掛かった社員は少しずつ減らしていく予定であることを話す。
 2人の会話を耳にした愛子は、谷田たちに知らせる。まずは平の仕事を成功させてクビを阻止するべきだと考えた谷田たちは、ゴルフ場へ向かった。彼らは平に事情を説明し、作戦を考えた。

 その夜、平は石狩の部屋に踊り子を呼び、彼を喜ばせる。そこへ刑事に扮した谷田たちが入って来て、平に詰め寄った。石狩から助けを求められた平は、ホップの買い付けを承諾するという条件で承知する。だが、その美人局のような小芝居は、石狩にバレてしまった。
 黒田は平の小芝居と金の使い方を非難し、石狩の返事を待たずにクビを通告した。平と愛子は勇作と洋子から、相談を持ち掛けられた。明日には洋子の見合いが決まっており、2人は駆け落ちするつもりだという。平は「ウチへ帰りなさい。俺に任しとけ」と告げる…。

 監督は古澤憲吾、脚本は田波靖男&松木ひろし、製作は安達英三朗&森田信、撮影は斉藤孝雄、美術は小川一男、録音は斉藤昭、照明は隠田紀一、編集は黒岩義民、音楽は神津善行、挿入歌 作詞は青島幸男、挿入歌 作曲は萩原哲昌。

 出演は植木等、ハナ肇、谷啓、中島そのみ、重山規子、団令子、藤山陽子、峰健二(峰岸徹)、稲垣隆、田崎潤、由利徹、松村達雄、清水元、久慈あさみ、中北千枝子、犬塚弘、石橋エータロー、櫻井千里(桜井センリ)、安田伸、田武謙三、人見明、宮田羊容、井上大助、土屋詩朗、小川安三、出雲八重子、峯丘ひろみ、清水由記、丘照美、宮川澄江、岡豊、荒木保夫、記平佳枝ら。

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 東宝クレージー映画の第1作。
 平を植木等、氏家をハナ肇、谷田を谷啓、京子を中島そのみ、愛子を重山規子、まん丸を団令子、洋子を藤山陽子、孝作を峰健二(峰岸徹)、植村を稲垣隆、黒田を田崎潤、石狩を由利徹、富山を松村達雄、大島を清水元、時子を久慈あさみ、咲子を中北千枝子、大塚を犬塚弘、佐倉を石橋エータロー、青木を櫻井千里(桜井センリ)、安井を安田伸、香典泥棒を追う刑事を田武謙三、健吉を人見明、交通取り締まりの警官を宮田羊容が演じている。

 クレージーキャッツが主演を務めたのは本作品が初めてではなく、1962年の松竹映画『クレージーの花嫁と七人の仲間』。その時はハナが主演、植木と谷が助演だった(他の4人は脇役)が、興行成績は芳しくなかった。『喜劇 駅前温泉』の併映だった本作品が人気を博したことにより、植木が主演を務めるクレージー映画が何本も作られていくことになるわけだ。
 ただし、東宝も前年に『スーダラ節』が大ヒットして人気が高まっていたとは言え、新進スターのクレージーキャッツだけでは不安だったのか、やや人気が落ち始めていた「お姐ちゃんトリオ」(1959の『大学のお姐ちゃん』か始まった映画シリーズで主演を務めていた重山規子&中島そのみ&団令子の3人)と共演させている。そちらの訴求力にも期待していたのだろうか。

 平はヘラヘラと笑いながら氏家や谷田たちに近付き、口から出まかせを並べ立てる。自分のペースに相手を巻き込み、巧みに騙すお調子者である。それで上手く世の中を渡って行ける平の行動は、常識のモノサシで考えると、不自然に感じる点も多い。「そんなに上手く事は運ばないだろ」という感想も浮かぶ。
 ただ、平のC調なキャラクターを誇張することによって、「こいつなら、そんな風に上手く事が運ぶこともあるかな」と思わせる。言ってみれば、キャラを不自然なモノにすることで、不自然な展開を自然に見せているのだ。

 平は刑事から香典泥棒のことで質問を受けたり、愛子から香典泥棒の新聞記事を見せられたりしている。しかし、「平が香典泥棒をやっている」、もしくは「やっていた」という描写は、劇中には存在しない。これは、小さいようで大きなポイントだ。
 実は、当初のシナリオでは、平は香典泥棒という設定だったらしい。しかし、植木等が監督の古澤憲吾に直訴し、設定を変更してもらったそうだ。植木は住職の息子なので、さすがに嫌だったのだろう(そもそも植木等は、無責任男のイメージが付くのも嫌だったらしい)。

 平が香典泥棒ではないのなら、香典泥棒を追っている刑事に嘘を言って斎場から逃げ出すシーンや、愛子から香典泥棒の記事を見せられるシーンは、不必要で邪魔なモノでしかない。ただし前述のような経緯があるので、そこは残ってしまったということなんだろう。
 それでも、平を香典泥棒にするよりは遥かにマシだ。煙草を頂戴する程度なら許されても(それも厳密に言えば犯罪だが)、香典泥棒を繰り返しているということになると、それは大金を盗む犯罪者ということになる。それはC調や無責任ってのとは、まるでワケが違う。っていうか、実は平という男、無責任というわけでもないのだ。

 平は氏家や黒田の前で適当な嘘を並べ立てるなどして、巧みに取り入っている。しかし、「社員にしてくれ」「昇進させてくれ」と要求しているわけではない。向こうが勝手に平を気に入り、社員にするだけだ。
 それに、2人とも平を都合よく利用して、不要になったら切り捨てている。平だけが、相手を騙して利用しているわけではない。そして、クビにされた平は、それを受け入れている。何とかして社員の座に留まろうとか、そういう態度は見せない。

 平は仕事を成功させるために裏金や女を平気で使うが、それは彼だけの手口ではなく、少なくとも当時は、当たり前のように行われていた手口だ。そして喜劇映画の世界でも、その程度のことは、笑って許せる接待方法として描かれることも少なくなかった。
 そんな接待が失敗に終わった場合、平はクビを宣告されると、あっさりと会社を去る潔さがある。つまり、彼は失敗の責任をキッチリと取っているのだ。ちっとも無責任ではない。ただ単に、次への切り替えが早いだけだ。責任は取った上で、次へ進んでいる。

 平は京子とまん丸から気に入られるが、彼が積極的に口説き落としたわけではない。向こうから平のことが気に入り、近寄って来るのだ。しかも、それは純粋な恋愛感情ではなく、金を工面してもらおうという狙いがある。平が女を騙してモノにしようとするわけではない。
 平はお調子者で舌先三寸の男だが、不誠実な人間ではない。女に対しても、無責任な行動は取っていない。ただ軽薄なだけだ。

 平は組合のチラシを拾っても、そのことを社長に密告しない。洋子と孝作から相談されると、見合いをぶち壊して2人をアパートへ避難させる。その辺りは「善意のある男」に見えなくもないが、そうではない。社長に密告しなかったことで、大塚たちは平を見直し、彼のために行動するようになる。
 洋子と孝作を匿った代わりに、平は大島に対して「娘の居場所を教える代わりに氏家を社長に復帰させよ」と取り引きを持ち掛ける。つまり、自分にメリットがあると考えて、平は行動しているわけだ。
 氏家の社長復帰は平にメリットが無いように思えるかもしれないが、彼は「あんまり硬いことを言われると住みにくい」と愛子に話している。つまり、黒田より氏家が社長でいてくれた方が、居心地がいいのだ。だから、それは彼にとってメリットのあることだ。

 時代が移り変わり、もはやサラリーマンは気楽な稼業じゃなくなった。今は「クビになったら、すぐに次を探せばいい」なんて簡単には言えないだろう。東宝の社長シリーズに対するアンチテーゼのような映画だが、社長シリーズにしろ、この作品にしろ、日本が高度成長期で、サラリーマンが元気だった時代だからこそ成立した映画と言えるのではないだろうか。そもそも、今の時代、「金と女を使って接待」なんてのは、批判の対象として描かれることになっちゃうだろうしね。
 まあしかし、あまり深く考えず、植木等が歌いまくる脳天気な映画として、ノンビリと楽しめばいいんじゃないかな。それこそ、無責任にね。

(観賞日:2013年5月19日)

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