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『肉体の門』:1964、日本

 敗戦後の日本。少女マヤはマーケットでイモを盗もうとして、そこを仕切る吉野一家のチンピラ・阿部に捕まった。阿部は進駐軍にマヤを売り飛ばそうとするが、通り掛かった娼婦・小政のせんが話を付けた。
 解放されたマヤは、せんに「どっか働くとこ無いですか」と言う。せんは「男と寝たことあるかい」と訊く。自らの意志で寝たことは無かったが、マヤは米兵に強姦されていた。通り掛かった進駐軍のジープは無視して通り過ぎたが、不憫に思った黒人神父は彼女に近付いた。

 せんは自分のグループが住処にしている焼ビルへマヤを案内した。そこには、ふうてんお六とジープのお美乃がいた。せんは「自分を守ってくれるのは自分の仲間以外にいない、それを覚えておいてくれ」とマヤに説いた後、「仲間の掟を守ること。ただで男と寝るな。アタシたちは商売でやってるんだ。見つけたら、みんなでヤキを入れる」と忠告した。

 娼婦として働き始めたマヤは、男を誘い込んだ。ところが、そこを寝倉にしていた復員兵・伊吹新太郎が男を殴って金を奪い、追い払った。伊吹が金の一部をよこしたので、マヤは「遊ばないか」と持ち掛けた。伊吹は「そんなに稼いじゃいない」と吐き捨てて去った。
 焼ビルの娼婦の一人・おふくが掟を破り、ガード下で宝くじを売っているアルバイトの学生とタダで関係を持った。おふくはせんたちの手で丸坊主にされ、ボートに縛り付けられて見世物にされた。

 野次馬がおふくを眺める様子を見て、せんは高笑いを浮かべた。焼ビルの娼婦の一人・町子が「可哀想に。何も坊主にしなくたって」と漏らすと、せんは「胸糞が悪くなる」と不愉快そうに言う。
 彼女はマヤに、「お町が仲間に入ったのはアンタより一月早いぐらいだ」と告げた。町子は夫を戦争で亡くした未亡人だった。彼女は客の一人・小笠原に惚れていた。

 せんたちは、縄張りを荒らして進駐軍を客にする洋パンの連中を見つけて退散を迫った。米兵に声を掛けられたマヤは、ビンタを浴びせた。阿部が争いに割って入り、せんに「進駐軍とイザコザを起こさないでくれ」と諭す。
 だが、せんは「進駐軍が何だい。同じ男だろ。こんな洋パンにヘイコラすることあるかい」と言い返し、腕に彫った関東小政の刺青を見せて洋パンに凄んだ。彼女は彫師に刺青を彫ってもらう時、「力が欲しいんだ。自分よりもっとたくましい力が欲しいんだ」と口にした。

 伊吹はマーケットで進駐軍の脚を刺し、追われる身となった。マヤが飲み屋に入ると、そこにいた町子が「やっぱり女は家庭に入るべきよねえ」と漏らした。
 伊吹は、せんに声を掛けた。だが、せんが小屋に連れ込んでも、伊吹は外を観察しているばかりだった。せんが「遊ぶのかい、遊ばないのかい」と怒鳴ると、伊吹は前金を渡す。警官とMPが来ると、彼は逃走した。

 せんたちが焼ビルで話していると、脚を撃たれて怪我を負った伊吹が逃げ込んできた。「焼酎買ってきてくれ」と言うので、せんはマヤを使いにやった。マヤは黒人神父と遭遇するが、十字を切って逃げるように去った。
 せんが「手当てが済んだら出てってもらうよ」と言うと、伊吹は「お前が出て行くか、俺が出て行くか、どっちかだ」と生意気な態度を取った。せんが股間を蹴り上げると、伊吹は殴り返した。せんたちは、伊吹を焼ビルに住まわせ、面倒を見ることにした。

 せんは阿部から、「マーケットで進駐軍を刺した奴を見ないか。GIを巻き込んで、横浜のPXの倉庫からごっそり物資を盗み出してきたらしい。この前の事件は仲間割れらしい」と聞かされた。吉野一家は、その男から物資を買い取ろうと考えているらしい。
 せんは伊吹の好物であるパイン缶を購入し、焼ビルへ戻ろうとする。だが、お六も買ったと知ると、それを川に捨てた。久々に焼ビルを訪れた町子は、伊吹を見て驚いた。伊吹が「ここの居候だ」と言うと、町子はすぐに焼ビルを去った。

 町子が金を取らずに小笠原と寝たことが判明した。せんたちは焼ビルで町子を待ち受け、「着物をお脱ぎ、ヤキを入れてやる」と告げた。せんたちは町子を全裸にして縛り上げた。伊吹が「畜生、いい体してやがる」と呟くのを、マヤは耳にした。
 せんは棒で町子を殴り、お六とお美乃はそれを見て笑った。町子は「アンタたち、男を愛したことが無いんだわ。嫉妬してるのよ」と言う。折檻を見ていたマヤは体を悶えさせた。彼女はせんから棒を奪い、町子を激しく殴り付けた。

 伊吹は脚の傷が良くなると、しばしば町へ繰り出すようになった。彼は包みを預けてある亡き戦友の父を訪ね、「もうしばらく預かってほしい」と頼んだ。「せっかく生きて帰還できたんだから、ヤケにならないように」と忠告された伊吹は、「溜まった金を掴まないことには何も出来ないからな」と口にした。彼は金を掴むために、相手構わず強盗を繰り返した。

 せんは伊吹に、「まとまった金が必要なら、隠した物資を吉野一家に売ればいい」と提案した。伊吹に焼ビルを出て行って欲しくないマヤは、「アタイは反対だよ」と意見する。
 しかし伊吹は、阿部を通じて吉野一家の幹部・石井と会うことにした。マーケットで石井と接触した伊吹は「物資はペニシリン。200本近くある」と告げ、明後日の夕方に引き渡すことで取引が成立した。

 町子は飲み屋で小笠原と会い、「離婚の決心が付いた。新しく2人で出直そう」と告げられた。その飲み屋に、伊吹が入ってきた。町子が「皆さん元気ですの?」と訊くと、伊吹は「ハツカネズミと同じだよ、あのチンピラたちは。暗い中でただ食って寝るだけさ」と不快そうに言う。
 「あの人たちの味方じゃないんですの?」と町子が尋ねると、彼は「俺はあいつらを憎んでる。顔を見るとヘドが出るよ」と言う。伊吹が「今夜、付き合わないか」と誘うと、町子は「いいわよ、どこへでも」と応じた。

 伊吹が町子と一緒にいるところを、マヤは目撃した。苛立ったマヤは、MPの誘いに乗った。そこへ黒人神父が現れてマヤに神の教えを説き、米兵を追い払って商売を妨害した。
 マヤは「アタシの気持ちなんて分かりゃしないんだよ」と感情的になる。彼女は墓地へ神父を連れて行き、裸になって寝転んだ。彼女は戸惑う神父を強引に抱き寄せ、肉体関係を持たせた。

 町子は伊吹と寝た後、「マトモな家庭の女に帰りたいと長く考えていたが、いざ帰れるとなったら気が進まない。それほど価値のあるものに思えなくなってきた」と漏らした。伊吹は「価値があるかどうかは、やってみないと分からない。生身の体で感じ取ったものだけを信じろ」と口にした。伊吹は牛を盗んで焼ビルに持ち帰り、せんたちに「食うんだよ」と告げた。

 伊吹はハンマーで牛を撲殺し、それを解体した。外に出たせんは阿部と遭遇し、「伊吹が来たのを嗅ぎ付けたMPが、マーケットを封鎖すると脅してきた。あの話は無かったことにしてくれねえか、前金を返してもらって」と告げられる。せんは「子供みたいなこと言うんじゃないよ」と笑い飛ばして、焼ビルに戻った。牛を料理して、焼ビルでの宴会が始まった。

 宴会を抜け出したマヤが墓地に行くと、神父の死体が運ばれて行くところだった。神父が自殺しと知ったマヤは、嫌悪感に満ちた表情で唾を吐き捨てた。マヤが焼ビルに戻ると、せんが伊吹に「お町と寝たの?」と尋ねていた。伊吹が「寝た」と言うと、せんは「バカだねえ、あんな奴と」と返す。
 伊吹が「そういったもんでもねえさ。女だよ、お町ちゃんは」と言うと、せんは「あたいだって女だよ」と誘惑する。マヤは様子を窺いながら、手にカミソリを握った。

 伊吹が「ガラでもないこと言うなよ。刺青出して力んでる方が似合うぜ」と相手にしないので、せんは「何さ、ろくでなし。明日の朝になったら追い出してやる」と怒鳴り散らした。マヤは皆の目を盗み、眠り込んだ伊吹を背負って外に連れ出した。
 マヤは「アンタを殺してアタイも死ぬ」と首を絞めるが、突き飛ばされた。彼女は「アタイをアンタのモノにして」とせがみ、彼と関係を持った…。

 監督は鈴木清順、原作は田村泰次郎、脚本は棚田吾郎、企画は岩井金男、撮影は峰重義、編集は鈴木晄、録音は米津次男、照明は河野愛三、美術は木村威夫、音楽は山本直純。

 出演は宍戸錠、和田浩治、野川由美子、石井富子(現・石井トミコ)、松尾嘉代、河西都子、富永美沙子、玉川伊佐男、チコ・ローランド、江角英明、長弘、野呂圭介、堺美紀子、重盛輝江、八代康二、野村隆、柴田新三、久松洪介、高橋明、平塚仁郎、水川国也、高緒弘志、緒方葉子、横田陽子、北出桂子、中庸子、若葉めぐみ、会田為久、沢井昭夫、根本義幸、藤井昭雄ら。

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 田村泰次郎の同名小説を基にした作品。1948年にマキノ雅弘監督が轟夕起子の主演で映画化しており、これが2度目の映画化となる。
 最初に表記される俳優は伊吹役の宍戸錠と阿部役の和田浩治だが、これはダイヤモンドラインの2人だったから優先順位が先に来ているだけで、実際の主演はマヤを演じた野川由美子。これが映画デビュー作となる。
 お六を石井富子(現・石井トミコ)、お美乃を松尾嘉代、せんを河西都子、町子を富永美沙子、小笠原を江角英明、石井を野呂圭介が演じている。

 冒頭、大勢のパンパンがMPに追い立てられている。パンツ丸出しで引きずられる者もいて、みんな車に押し込まれる。この滑り出しは、観客の目を惹き付ける猥雑なパワーを持っている。
 マヤが伊吹と初遭遇した後、パンパンがジープの前に寝転がって停車させて誘ったり、ジープの窓に幕を張ってセックスしたり、帽子を奪い取ってパンパンの溜まり場へ連れ込んだりという様子が描かれるが、ここもパワーを感じる。
 この映画では、娼婦のクドいほどにエネルギッシュな生命力が描き出されている。

 阿部に捕まったマヤが解放されるまでの展開は、鈴木清順監督が得意とするジャンプ・カットが施される。
 倒れたマヤを阿部が踏み付けると、野次馬をカメラが捉える、ゆっくりと回り込むように移動していく。そこに阿部の「おせん姉さんにそう言われちゃあよ」というセリフが被さり、カメラが戻ってくると、せんが阿部の横に立っている。で、もう話し合いが付いているという按配だ。

 伊吹が焼ビルで暮らすようになる経緯も、思い切って省略されている。
 マヤの「ただ食って生きる。ただそれだけの闘争力を有り余るほど備えている男を、あたしは畏敬の目で眺めました。原始人の世界で一番強い者が酋長の地位に就くように、伊吹はいつの間にかアタシたちの中心に置かれていました」というモノローグで処理され、それか終わって、シャワーを浴びた「おい、飯の仕度は出来たか」と伊吹が言うと、せんたちが嬉しそうに笑う。
 これで、もう彼は焼ビルのコミュニティーの真ん中にいる。

 まだ鈴木清順監督が完全に「あっちの世界」へ行ってしまう前の作品だが、既にアート志向が窺える箇所もある。
 例えば、焼ビルでマヤたちが会話しているシーン。お六が「そういうのを被害者意識っていうんだよ。なんでもかんでも憎むこと、呪うこと」と言うと、マヤが「呪う?」と漏らし、心の声でシリアスに「そうだ、呪うんだ、みんな呪うんだ」と言う。アメリカ国旗が映し出された後、「浮浪者もルンペンも赤ん坊も労働者も人妻も、それから親も、もっと偉い人もビルも電車もトラックも。誰も庇ってくれないことをハッキリさせて、自分の気持ちに区切りを付けるんです」とモノローグを語る。
 ここ、なんか異様だ。

 何度か、登場人物の心象風景が実際の映像に重なるという演出が何度も用いられる。
 例えば、せんが伊吹に買われたシーン。MPが来て伊吹が逃げた後に、せんは彼が撃たれたことを想像する。カメラは彼女の姿を捉えているが、その隣に「伊吹が撃たれる」という映像が被さる。その後も、例えばマヤが伊吹や町子を想像して悶絶するというシーンがあったりする。

 伊吹に「何してやがんだ、早く出て行け」と怒鳴られたマヤが、鬼の面を被る彼を想像してニヤつくシーンがあって、どういう意味なのかと思っていたら、かなり後になって「新ちゃん、ある人に似てるの。横網の国民学校に行ってた時、学芸会で鬼ヶ島の赤鬼の役をやった男の子がいたの。紙で作った赤鬼のお面が良く似合ってた」とマヤが言う。
 つまり、その男に重ね合わせていた想像だったわけだ。そのロングパスは、すげえ分かりにくいぞ。

 米兵に犯されて放置されている時のマヤは、白い服を着ている。おふくがヤキを入れられる時の服装も白で、町子が小笠原と関係を持つ時の服装も白。このように、純粋性を示す時のイメージカラーは白。
 また、焼ビルの面々は、全てイメージカラーが決められている。せんは赤、お美乃は紫、お六は黄色、マヤは緑で、最後まで、その色の服しか着ない。町子だけは最初から彼女たちと一線を置いた存在なので、色分けが無くて、ずっと和服を着ている。

 伊吹がパイン缶を食べながら「日本をこんなにした奴らのことは絶対に信用しねえ。俺は色気と食い気のために生き抜くんだ」と言うと、女4人が次々に写し出される。それぞれの撮影場所を変えて、ライティングがイメージカラーに合わせられ、各人がモノローグを語る。
 せんは「新ちゃんって怒りっぽいけど男らしいなあ」、お六は「笑うと子供っぽい顔になるんだね」、マヤ「兄さんみたいな気がするね」、お美乃「ずっとアタイたちといてくれるといいな」と呟く。その際、みんなモデルのようなポーズを取っている。
 その辺りの突飛な演出は、鈴木清順監督の独特の感性だろう。

 飲み屋に入ったマヤは、町子から「やっぱり女は家庭に入るべきよねえ」と言われる。町子が「私のお父さんが浮気して、お母さんが一度は出ていったけど戻ってきた。お父さんの体が忘れられなかったの。男と女の関係は体。マヤちゃんには、まだ女の体の悦びが分かってないのね」と言うと、マヤは「そのマヤちゃんっての、やめてくんないかな。マヤで結構だ」と怒る。
 まだ女の体の悦びが分かっていないマヤは、分かっている町子に対して苛立ちを覚えたのだ。

 マヤだけでなく、焼ビルのパンパンたちにとって、町子は妬みの対象となる。それは、自分たちが知らない肉欲を知っているからだ。町子に嫌悪感を示すパンパンたちだが、それは実のところ、嫉妬心だ。
 伊吹というワイルドな男の登場によって、マヤたちの肉欲が疼く。だが、そこで欲望のままに動くことは、団結を乱すことになる。マヤの「伊吹を中心に、このままでは誰かが団結を破る。それは自分たちの生きていく上に重大な問題でした」というモノローグが、それを示している。

 「裏切りがどんなに恐ろしい制裁を受けるか、今こそ他の者にも自分にも知らせる必要があったのです」というモノローグが入り、町子への制裁が実行される。せんたちは、サディスティックに町子を殴り付ける。
 掟に縛られて肉欲に突き進めないから、それなのに町子だけが肉欲を満たしているから、そのフラストレーションが嫉妬となり、激しい暴力となる。

 町子は「あんたたち、男を愛したことが無いんだわ。嫉妬してるのよ」と言うが、それは愛なんて生易しいモンじゃない。もっと原始的で、ドロドロとしたものだ。つまり肉欲だ。
 パンパンとして男と寝るのはビジネスに過ぎない。それは肉欲を満たす作業ではない。肉欲をそそる野生的な男である伊吹の出現によって、女たちはメスとしての本能を刺激される。

 ミルクをラッパ飲みして伊吹を見るマヤの目は、露骨にオスを欲しがっている。オスと交わりたいというメスの欲望だ。肉欲はマヤを突き動かすパワーとなる。それはエグいほどのパワーだ。
 神父に遭遇した時、彼女は「町子は悪魔だ、新ちゃんの体を虜にする悪魔だ。アタシもその悪魔になるんだ」と考え、強引に肉体関係を持つ。神父を悪魔の所業に誘い込み、自殺に追い込む。

 伊吹は愛する対象ではなく、メスが肉欲を満たす相手としての「男」である。
 マヤは伊吹と関係を持ち、肉欲を満たした。だが、肉欲に溺れた者は、パンパンとしては生きていけない。彼女はリンチを受け、最後に「あたしは脱落者です。しかし、あたしは脱落者の幸福をたとえ地獄に落ちても放すまいと思いました」とモノローグを語る。
 せんたちが客を漁る姿を捉えて、映画は終わる。せんたちの姿はエネルギッシュだが、とても野蛮な印象を抱かせ、それと同時に、痛々しさや虚しさも感じさせる。

(観賞日:2010年2月24日)

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