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『(秘)色情めす市場』:1974、日本

 19歳の丸西トメは、大阪の西成で働く売春婦だ。小料理屋「おそめ」で客を取らせている百合は、「なんでヨソで股広げるんや。ここでかってナンボでも稼げるやないか」と文句を言う。しかしトメはフリーでやることを望み、「後悔するで」という百合の最後通牒にも全く動じなかった。
 トメはアパートに男を連れ込み、事が済むと面倒そうに「どいてえや。重いやんか」と告げる。彼女が廊下に出て水道で歯を磨いていると、アパートの住人である平林文江が「この辺のお店、どこでも客取らんなアカンのやろか」と訊いて来る。トメが「取らんつもりでも、取るようになってしまうんや」と答えると、文江は「そやろな」と呟く。

 強盗殺人犯の指名手配写真を見たトメは、同じアパートに住む寺坂肇だと気付いて興味を抱く。「人を殺す時、どないな気持ちやろ?」と彼女が尋ねると、寺坂は「やってみたら分かるやろ」と答える。トメは彼が指名手配中だと知っても、通報する気は無かった。
 トメは実家へ戻り、知的障害者である弟の実夫と会う。トメは実夫が乳を触ったり股を舐めたりしても、笑顔で受け入れる。そこへ母・よねの情夫の堀銀二が来て、トメに売春を要求する。彼は「お前のお母ちゃんじゃ勃たへんのや」と言って金を渡し、トメは承諾して体を委ねる。その様子を眺めながら、実夫はソフトクリームを舐める。

 トメがラーメンを食べに行くと、よねが来て「泥棒猫非難する。トメが「商売しただけや」と言うと、よねは髪を掴んでビールを浴びせた。トメは地廻りの浅見から「ワイの女にならへんか。ワイのアソコには本物の真珠がハメ込んであるんや」と誘われるが、まるで興味を示さない。
 浅見は「痛い目に遭うで」と凄むが、トメは「ウチはな、一人で暮らしていけるんや」と怯まずに言い返す。トメがパチンコ店にいると寺坂が来て、手配犯とは別人だと否定した。トメは軽く笑い、「なんや、ちゃうんか、がっかりや」」と口にする。

 トメが町へ出て客を引いていると、浅見が現れて激怒する。浅見はトメを人気の無い場所へ連行し、暴行を加えた。彼女が帰宅すると、母が客を連れ込んで商売をしていた。トメは構わず家に入って寝転び、いつの間にか眠り込んだ。目を覚ました彼女は、股を舐める実夫に優しく微笑む。トメはコンニャクで実夫のペニスを包み、気持ち良くさせてやった。
 翌日、トメは浅見が百合の差し金で動いたと確信し、彼女の店へ赴いた。その途中、彼女は内縁の夫である斉藤敦と一緒に立つ文江が、浅見に声を掛けられる様子を目撃した。

 百合はトメに策謀を指摘されても、「何の話や」とシラを切った。文江は店の2階で、客を取っていた。本意ではない仕事なので彼女は嫌がるが、客に捕まって股を開いた。百合は客から電話を受け、「年増を掴まされた客が若い子を寄越せってゴネとんのや」とトメに仕事を持ち掛けた。
 トメが承諾すると、百合は「その年増っていうのがな、アンタのお母ちゃんやがな」と教えた。トメが指定された安ホテルへ行くと、よねは呆然とする。トメが商売を始めると、よねは「闇夜の晩もあるんやで。覚えときや」と睨み付けて去った。

 翌日、アパートの屋上で客に抱かれたトメは、寺坂が見ているのに気付いた。仕事を終えたトメは、「来たらおらへんから、警察に引っ張られたと思たんや」と告げた。トメが家に戻ると、よねが「お金回して」と頼む。彼女は妊娠4か月で堕胎する金が必要なのだと言い、「もう商売できへん」と口にする。
 トメが「ウチの時みたいにな、どこぞの路地で産んだらエエやないか」と声を荒らげると、よねは「商売でけへん言うとるやないか。稼がな、おっちゃんに捨てられるがな」と言い返す。トメが「捨てられえ」と怒鳴ると、よねは「お前のような奴を15で産んだかと思うと。てて親の顔を見たいわ」と非難した。彼女が「どうせ薄汚い客やったやろ。覚えてへんけどな」と言うと、トメは怒ってハサミを投げ付けた。

 翌日、文江は浅見から金を受け取った。使い込みのせいで金が必要になった斉藤が詫びると、文江は「もうナンも言わんといて。減るもんやなし」と明るく告げた。アパートを訪れたトメは、寺坂が警察に捕まったことを知った。トメは刺青を入れた男を客に取るが、ビール瓶を突っ込んで楽しもうとする荒っぽさに憤慨した。彼女はビールを浴びせ、受け取った金を男の口に突っ込んで立ち去った。
 トメが橋で佇んでいると文江が現れ、斉藤がいなくなったことを話す。「その内帰ってくるがな」とトメは軽く告げるが、文江は「あの人、行ってしもたんや。よその男に抱かれるようなウチ、嫌いになってしもたんや」と口にした。

 浅見は「力になったる。悪いようにはせえへん」と文江に言い、彼女を抱いた。トメは町で斎藤と出くわし、「文江、知りませんか」と訊かれる。斎藤は仕事を探していたことを話すが、トメは「諦めるんや、もう紐付きや」と冷たく告げた。斎藤は浅見の元へ出向くが、「諦めてもらうしかないな」と言われる。文江も戻ろうとはせず、浅見は自分のポルノ店で売っているダッチワイフを渡して帰らせた。
 斎藤はダッチワイフにガスを注入し、浅見と文江の元へ戻った。浅見と文江が出掛けると、齋藤は後を追った。浅見は人気の無い古煙突に文江を連れ込み、見せ付けるように抱く。齋藤がマッチを取り出そうとすると、浅見が奪い取った。彼が煙草に火を付けようとしたため、大爆発が起きて3人は死亡した…。

 監督は田中登、脚本は いどあきお、プロデューサーは結城良煕、撮影は安藤庄平、美術は川崎軍二、録音は木村瑛二、照明は新川真、編集は鍋島惇、助監督は高橋芳郎、音楽は樋口康雄。

 出演は芹明香、花柳幻舟、宮下順子、絵沢萠子、萩原朔美、岡本章、夢村四郎、坂本長利、小泉郁之助、榎木兵衛、島村謙次、高橋明、鈴木嵩久、小林旦、中平哲仟、清水国雄、萩原実次郎、庄司三郎ら。

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 『昼下りの情事 変身』『(秘)女郎責め地獄』の田中登が監督を務めた日活ロマンポルノ。脚本は『人妻 -残り火-』『狂棲時代』のいどあきお。
 トメを芹明香、よねを花柳幻舟、文江を宮下順子、百合を絵沢萠子、斉藤を演劇実験室「天井桟敷」出身の萩原朔美、寺坂を岡本章、実夫を劇団「天象儀館」に所属していた夢村四郎、銀二を小泉郁之助、浅見を高橋明が演じている。実夫の役は、たこ八郎も最後まで候補に残っていたらしい。

 当時の西成は暴動が頻発していた場所であり、そこで撮影するのは簡単なことではない。田中監督は警察の保安課長に呼び出され、撮影禁止区域を指定されたらしい。それを守ると大半のシーンが使えなくなるが、監督は「何かあったら逮捕する」と脅されたそうだ。
 そこでクルーは禁止区域に入って撮影を敢行し、何度も通い詰めて所有者の承諾を得た場所もあるそうだ。通天閣については、花柳幻舟が当時の社長と友人だったことで許可が出たらしい。

 監督の田中登が第14回日本映画監督協会新人賞奨励賞を受賞するなど、高い評価を受けた作品である。日活ロマンポルノの傑作と称されることもあるが、それは微妙に間違った評価だと思う。なぜなら、「ロマンポルノ」である以上は性的興奮を喚起することが何よりも重要であり、そういう意味では最低レベルの映画だからだ。
 この映画で欲情できる人間なんて、ほぼ皆無に等しいだろう。しかし皮肉なことに、ロマンポルノとしては酷い出来栄えであるからこそ、後の世にも傑作として語られる映画になっているのだ。

 もはや導入部の段階で、ポルノとして活用できる映画の雰囲気は全く漂って来ない。まずモノクロ映像という時点で、ロマンポルノとして大きな欠点があると言ってもいい。「観客の性欲を直接的に分かりやすく刺激する」という目的を考えれば、どう考えたってフルカラーで撮影した方がいいに決まっている。
 これがカラー映画が珍しかった時代ならともかく、それが当たり前の時代に作られているわけで。それを考えると、幾らロマンポルノが「10分に1度はエロを入れる」という条件さえクリアすれば基本的には何でも有りだったとは言っても、よく日活上層部が許したもんだね。

 あいりん地区が舞台なのだが、「貧しい中でも明るく暮らす人々」を写し出しているわけではないし、軽妙だったり滑稽だったりという匂いが強いわけでもない。トメは男と寝る時も不機嫌そうな態度で、まるで感情を出さない。普通のロマンポルノなら、喜んでセックスする時は喘ぎ声を発して恍惚の表情を浮かべるし、レイプなら苦痛に顔を歪める。
 いずれにせよ観客の性衝動を煽るための反応をを見せるわけだが、トメは最初の性交渉だと完全にマグロだし、次の性交渉ではヘラヘラと笑う。そんな濡れ場を見て、興奮できる観客は稀だろう。そもそも、濡れ場の映像自体、まるで観客を喜ばそうという意識を感じない。

 冒頭、フリーになることに百合が腹を立てて立ち去った後、トメは「ウチな、なんや逆らいたいんや」と漏らす。特に明確な理由があるわけではないが、トメは世の中の全てに反抗したいのだ。これは1970年代の映画では、良く見られたキャラクター造形だ。
 明るい未来の見えない閉塞感の中で生きる若者たちの姿を描き出す映画が、この頃には多く作られた。これはロマンポルノだが、一般映画と同じように、そういう風潮を盛り込んでいるのだ。

 ただし、一般映画における「閉塞感の中で暮らす若者たち」は大抵の場合、苛立ちや焦燥感を抱え、無軌道に暴走する姿が描かれていた。それに対してトメの場合、最悪とも言える境遇にあるが、逃亡への願望や焦燥感は全く見えない。どうせ抜け出すことは出来ないという、諦念に満ち溢れている。
 悲哀もあるが、それよりも全体を包み込んでいるのは倦怠感と虚無感だ。それは最後まで変わらず、それどころか終盤に入ると強くなっている。

 よねはトメと違い、積極的に売春をやっている。その積極的な動きからすると、どうも単に金儲けというだけでなく、性欲を満たすという目的も兼ねて商売をしているように見受けられる。そんな彼女は年増なので、客に嫌がられることもある。
 彼女にとってトメは、自分の客を奪う憎き商売敵だ。それだけでなく、自分の情夫を取るかもしれない恋敵でもある。だが、その一方で、母親としての権限を利用して無心できる金ヅルでもある。

 トメは実夫をコンニャクで手コキしてやる時、「長生きしてや。ウチ、生まれる前からお前と一緒やった気がするんや」と告げる。明るい未来など何も見えない暮らしの中で、トメの心が安らぐ数少ない時間は、弟と触れ合っている時なのだ。
 彼女にとっては、実夫の存在こそが生きる糧と言ってもいい。そんな中で、新たに寺坂という男も彼女の心を明るくさせる存在として登場する。しかし彼は映画中盤で警察に捕まり、トメは再び「弟だけが心の支え」という状態に戻ってしまう。

 トメがヒロインだが、文江を巡るサブストーリーも描かれる。文江には斉藤という内縁の夫がいて、使い込みをやらかした彼のために売春を始める。ところが、それが原因で喧嘩になってしまい、斎藤は姿を消す。
 文江は他の男に抱かれるようになって嫌われたのだと考えるが、そうではなく斎藤は仕事を探していただけだった。だから斎藤は戻って来るのだが、既に文江は浅見の情婦となっていた。文江は斎藤が戻って逡巡するものの、ヨリは戻さない。なぜなら、彼女は浅見の真珠入りペニスの虜になっているからだ。

 斎藤は信じていた女に裏切られ、浅見からダッチワイフを渡されるという屈辱に見舞われる。彼はダッチワイフにガスを注入し、浅見と文江を追い回す。弱々しい態度は取っているものの、そこに「2人を巻き添えにして死んでやろう」という目論みがあることは明らかだ。その計画は成功し、大爆発によって3人は死亡する。
 それまでのテイストからすると、そこだけ急に派手で躍動感のあるシーンとなっている。もう斎藤がダッチワイフにガスを入れた時点で先読みが出来るとは言え、それなりに驚きはある。ただ、あまりにも唐突な展開で、ちょっと笑ってしまうんだけどね。

 終盤、よねは中絶費用を工面するため、客から金を盗もうとしてバレてしまう。同じアパートで商売をしていたトメは、逃げようとした母が男に捕まり、引きずられる様子を目撃する。
 よねはトメに「おっちゃんに、他の女に手え出さんように言うといてや」としつこく頼んでいる途中、嘔吐して流産する。慌てた客が病院へ連れて行こうとする時でも、よねは「トメ、おっちゃんに手え出したらアカンで」と叫んでいる。そんな緊急事態でも、彼女にとって大切なのは堀の存在なのだ。

 既に堀は彼女への興味を失っており、だからトメを抱いている。なのに、よねは堀に惚れ込んでおり、彼に捨てられたくない、他の女に奪われたくないということばかり考えている。あまりにも愚かで哀れな年増である。
 そんな母を見つめるトメの表情は、虚しさに満ちている。部屋に戻った彼女は客に抱かれながら涙を流し、「ウチ、ああやったんや。実夫もああやったんや」と漏らす。母が自分と弟を出産した時の状況を知り、絶望感に打ちひしがれるのだ。

 その夜、トメは実夫に手コキだけでなくフェラチオもしてやり、さらにはセックスまでさせてやる。彼女は弟に抱かれながら、「好きなようにしてええんや。好きなこと、好きなだけしい。人間や思わんでええんや、ウチは、ウチはゴム人形なんや」と口にする。
 それまでも充分に諦念を抱いていたトメだが、もはや自分には何も無いと感じてしまったのだ。空っぽだと気付いた時、もはや実夫が弟であるということさえ無意味になってしまう。「弟だから最後の一線は超えない」というルールなど、まるで無意味になってしまう。

 そんな性交渉のシーンが終わってカットが切り替わると、パートカラーになる。ロマンポルノなのだから、普通に考えれば濡れ場でカラーを使うべきだろう(そもそもフルカラーで撮るべきだという問題は置いておくとして)。ところが、この映画のカラー映像は、まるで別のシーンに使われる。
 まずは翌朝の太陽、鶏のトサカといった「赤」が写し出される。そして紐を括り付けた鶏を実夫が抱き上げ、通天閣へ向かう様子が描かれる。彼は通天閣に登り、紐を掴んだまま鶏を投げる。だが、もちろん空を飛べるはずもなく、鶏は宙吊りになって死ぬ。捜索に出たトメは実夫を発見するが、彼は無人の商店街へ移動して首を吊る。鶏の真似をするようにして、彼は死ぬのだ。

 トメが弟の死体を見上げていると、寺坂がやって来る。どうやら人違いと判明して、釈放されたらしい。「この町なんでやの、こいつが行ってもうたら、人全然おらんようになってしもたんや。実夫が連れてったんやろか」と言うトメに、彼は別の土地へ行くことを明かす。
 寺坂は「一緒に行くか」と誘うが、「この町な、みんな根無し草や。みんな望み捨ててるんや。せやさかいウチ、ここにいるわ。ここはウチの土地や」とトメは断る。そこまでがカラーで撮影されている。トメがヨソの土地へ行くことを断ったのは、「どうせ鶏は飛べない」と諦めているからだ。所詮はゴム人形でしか彼女にとって、生きられる場所は、そこしか無いのだ。

(観賞日:2017年11月4日)

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