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呪術都市江戸⑩

 前回、『平将門魔法陣』で作家加門七海氏が発見した東京(江戸)の北斗七星についてご紹介した。今回は漫画家の星野之宣氏の『宗像教授伝奇考』第五集から、「西遊将門伝」を取り上げてみたいと思う。

続:将門をめぐる地上の星とは?

 この作品でも将門、北辰北斗信仰(妙見信仰)、山王一実神道、庚申信仰を手掛かりに物語が進行するのだが、一番の肝は『西遊記』と将門を結びつけたことだろう。

 『西遊記』はご存じの通り、猿の妖怪孫悟空の物語。星野氏は天海が西遊記の孫悟空を利用して、将門を西方(天竺ではなく、坂東から京の方角)に旅をさせたという説を展開する。

 『西遊記』の中で孫悟空は「北斗踏み」という呪術を行う。「北斗踏み」は北斗七星の星座の形にステップを踏む道教の術。天海はこのエピソード通りに、将門を運んだのではないか。(将門の首塚がかつて発掘され、石室の中が空であることが分かっている。作品のなかで、天海が将門の頭蓋骨を掘り出し、西へ旅立ったイメージが描かれている)
 因みに、日光の慈眼堂に天海蔵という天海僧正の書庫があり、その中に日本と中国にしかない最古版の『西遊記』があるそうだ。つまり、天海は『西遊記』の内容を知っていたということだ。

夏王朝の始祖、禹の歩術で「禹歩」という。
北斗踏みはその中の一つで、日本では禹歩といえばこれ。
両足をそろえて立ち、左足を次の点に移動させ右足を左にそろえる。
次に右足を出し、左足を右にそろえるという進み方。

 さらに、これに七福神と庚申信仰が絡んでくる。実は江戸時代に七福神や庚申信仰を広めたのが、主に天台僧だったという。しかも、宝船に七福神が乗っているという図柄を考案したのが、天海だったという説もある。これは庶民の信仰心を呪術のパワーとして利用したからだ。
 また、富士山信仰や家康が畏敬した武将(源頼朝や日本武尊、織田信長、豊臣秀吉)も絡めている。


 新宿の鎧神社の境内で、民俗学者の宗像教授が一人の老人と出会うところからこの物語は始まる。将門の鎧を埋めたと伝わる鎧神社には、珍しい猿の狛犬型庚申塔があるのだが、将門関連の寺社にはなぜか猿が多い。老人は将門は『西遊記』と結び付けられたという。

 三年後、宗像教授は老人の息子相馬代二郎の招待を受け、待ち合わせ場所の日光東照宮の神厩舎に行くと、そこには六人の招待客がいた。代二郎は亡き父の研究を引き継ぎ、その結果を生前父親と縁のあった人々に披露するため、寺社巡りのバスツアーを企画したのだった。


 東照宮の神厩舎といえば、猿の彫刻で飾られている。中でも見ざる言わざる聞かざるの三猿は、庚申信仰につきものの題材だ。
 猿が馬の守り神という信仰は大陸から伝わった。日本では猿曳き(猿まわし)が厩の前で猿に舞いをさせ、祈祷をする風習があった。
 『西遊記』で、孫悟空は天の牧場の馬番だった。
 一方、将門は朝廷に軍馬を供給する官牧を経営していたという。

日光東照宮
神厩舎の三猿

 宗像教授らを乗せたバスは東京に向かう。代二郎は父の残したノートを精査し、三つの条件を持つ寺社をピックアップした。それは七福神、天海の呪術に必要性がある場所。そして北斗七星。
 これらを手掛かりに、天海が踏破可能な地点を絞り込んだ結果が以下の図だ。

YAHOO地図に作図

 江戸から大阪に至る壮大な地上の北斗七星が現れた。日光東照宮は云うまでもなく北極星であり、妙見菩薩である。

 神田明神は将門を祀っているが、主祭神は大国主命つまり大黒天である。

 鶴岡八幡宮は源頼朝ゆかりの神社。源氏の棟梁として家康も尊崇した頼朝の霊力を天海は必要とした。「霊力を持って霊力を制す」各地の妖怪と戦いながら天竺へ旅した孫悟空のように将門は戦わなくてはならない。なお、鶴ヶ岡八幡は旗揚弁才天社も有名。

 富士山は別名蓬莱山とも言い、「不死の山」である。福禄寿や寿老人の居場所にふさわしい。富士山本宮浅間大社の社殿を徳川家康が建立している。富士山は庚申の年に出現したという伝説があり、庚申の年に大祭があるという。

 秩父神社は古くは大宮妙見と呼ばれ、坂東武者の信仰を集めた。妙見菩薩は吉祥天と同一視されている。

 熱田神宮は三種の神器である草薙剣(天叢雲剣)を祭神としている、日本武尊に縁の神社。また、織田信長が寄進した通称信長塀が残っている。信長も強力な武神としてその霊力を必要とされたのか。
 熱田神宮の摂社上知我麻かみちかま神社の祭神の一柱は事代主ことしろぬし神で、別名恵比寿神。有名な初えびすの祭りがある。

 京都の毘沙門堂は云うまでもなく毘沙門天を本尊としている。荒廃していた寺を天海が再興したといい、天海の木像も安置されている。

 最後は豊臣秀吉のお膝下、大阪四天王寺。天台宗の寺で(昭和二十一年以前。現在は和宗)、ここの庚申堂は日本最古庚申尊出現地だそうだ。三猿の像もある。
 庚申信仰は体内にいるという三尸という虫が庚申の夜に天に上り、天帝にその人の悪行を告げるという道教の教えからきている。その報告内容で人の寿命は決まるという。
 天帝(天皇大帝)は北極星であり、寿命の長さを決める司命神は北斗七星である。すなわち妙見菩薩だ。
 四天王寺の境内には七福神が勢ぞろいしている像がある。

 この巨大な地上の星座は北極星である東照大権現を霊力で補強している。そして、天皇大帝とは日本の天皇の名称の元にもなっている。家康は天皇霊に匹敵する神に祭り上げられたのだ。

 天海は玄奘三蔵法師よろしく孫悟空に見立てた将門の霊と共に北斗七星を描きながら旅をした。どこへ━━?
 その終着点は天竺にふさわしい仏教の聖地。北斗七星の補星、摩多羅神と、比叡山の守護神山王権現の居場所である延暦寺だ。

 ラストシーンは比叡山山頂の将門岩。将門はここから京都を望み、天下を取ろうと誓いを立てたという伝説がある。まさにラストにふさわしい場所だ。


 さらに最後に宗像教授はもう一つ天海が仕掛けた「言葉の呪力」を解き明かすのだが、それはここでは明かさない。ぜひ作品をお読みいただきたい。 きっとその仕掛けに驚かれるだろう。
 


参考資料

江戸の陰陽師 天海のランドスケープデザイン  宮元健次   人文書院
風水先生 地相占術の驚異  荒俣宏            集英社文庫
徳川将軍家の謎 別冊宝島シリーズ歴史の新発見         宝島社
天台密教の本 ブックス・エソテリカ               学研
道教の本   ブックス・エソテリカ               学研
陰陽道の本  ブックス・エソテリカ               学研
闇の摩多羅神 変幻する異神の謎を追う  川村湊     河出書房新社
平将門魔法陣  加門七海                  河出文庫
大江戸魔法陣 徳川三百年を護った風水の謎  加門七海  河出書房新社
江戸/TOKYO陰陽百景 加門七海                講談社宗像教授伝奇考 第五集  星野之宣             潮出版社
易と日本の祭祀 神道への一視点  吉野裕子         人文書院
星占い星祭り  金指正三                   青蛙房
古代史を歩く8 みちのく 毎日グラフ別冊         毎日新聞社 
鬼がつくった国・日本  小松和彦 内藤正敏          光文社
占いとまじない 別冊太陽                   平凡社
承平・天慶の乱と都 週刊朝日百科日本の歴史59       朝日新聞社


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