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おいしそうな建築、オールド・イングランド

乳幼児のお子さんがいる友人宅に招かれてお邪魔したときのこと。「この子、なんでも口にいれちゃって大変なのよ~。」と母が言っているそばからそのお子さんは早速にこやかにキリン(の人形)をほおばっている。

見てるとたしかに、視界に入るあらゆる物体を口に含みかねぬ勢い。乳幼児はこうやって外界の事物を懸命に認識しようとしているのだなあ、と感嘆しました。と同時に、本来、ヒトが物体を認識するに際して、口腔の領域の果たす役割は相当重要なのだろうなあ、とも。だって、どう考えても口に入らんやろ、というような、ばかでかい画集とか、テーブルとか、何でもかんでも、何が何でも口に入れようとするんだもの。

(これは余談で、かつ、わたくしは認知心理学とか発達心理学とかの知識を持ち合わせていないため確かなことは言えないのですが、お子さんが外界の事物を認識する方法って、

口に入れて自分の身体の領域内でモノを認識する
→ 何でも手で触って、身体の表面でモノを認識する
 → 視覚によって、身体から離れたモノを認識する
  → 抽象的推論等によって身体感覚を超越するモノ(概念)を認識する

みたいに、包摂・接触的認識から遠隔的認識へと徐々に推移してゆくもののように思われました。認知能力の発達は、認識対象との距離がマイナス(口内)からゼロ(皮膚)へ、ゼロからプラスの極大(思惟)へと増大してゆく過程として捉えられるような気がする、というか。)

それでまた別の話題なのですが、わたくしは「紗々」というチョコレートがとっても好きでした。特に抹茶味。紗々の何が好きって、あの細密に編み込まれたチョコレートが口の中でぱりぱりと砕けながらほぐれゆく食感。その食感が、抹茶味の緑色と絶妙にマッチして、好きだったのです。

それでやっと本題なのですが、ブリュッセル中心部に位置するアール・ヌーヴォー建築の、オールド・イングランド(現、ブリュッセル楽器博物館)という建物を見に行ったときのこと。

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これを見たわたくしの最初の印象は、あほみたいなんですが、「おいしそう!」でした。ここで、どうしてこの建築に対し「おいしそう」などという印象を抱いたか考えてみたら、それはこの建築が、上述の紗々の抹茶味に見えたから。我ながら幼稚園児のような発想だ。しかし、あの細く華麗に造られた渋い緑色の鉄線細工・装飾を見れば見るほど、紗々の抹茶味とその触感(食感)が口の中いっぱいに広がるように思われる。

そこで荒唐無稽な感もあるのですが、建築という対象物を認識するに、その建築を口に放り込んでみたら、あるいは喰ってみたらどうなるのか、とか考えたりするとちょっと面白いように思うのです。たとえば「ヘンゼルとグレーテル」にはお菓子の家なる愉しい住宅建築物件が登場いたしますし、また、ローマにあるサンタ・マリア・マッダレーナ教会 ↓ はその装飾がデコレイション・ケーキを彷彿とさせることから、「お砂糖教会」(chiesa di zucchero)などと呼ばれたりもする次第でもあるのである。

また、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の森喜朗氏が、故ザハ・ハディドの設計したスタジアムを「牡蠣のよう」と評したことをここで思い起こしてもよいかもしれません。森会長はまさに、乳幼児がこの建築を認識するようなやり方でザハ建築を捉えたのかもしれません(森会長の対象認知方法が乳幼児水準であるなどということをここで申し上げたいわけでは、もちろんありません)。

文学・記号論の領域では、すでにルイ・マランがその著書『食される言葉』(La Parole mangée)[邦訳題は『食べられる言葉』]において、捕食・口唇という概念に関する思考を、言語および絵画作品の分析に応用するところでもあります。それの建築版として、本記事にて以上に申し上げてきたことを位置付けることも可能であるかと思います。ちなみにルイ・マランの上記書物は才走りすぎてて、わたくしは胸焼けして途中で挫折しました。

とにかく、その建築を口に含んだらどうなるのか。その建築を食べたらどんな食感、味がするのか。おいしいのか。みたいなことを想像したりすると、建築に対して新たな、そしてヒトの認識においてきわめて本源的な向き合い方ができるかも、などと妄想を逞しうしたくなります。そう思うと、ゴシック建築とアール・ヌーヴォー建築はどれもけっこうおいしそう。現代建築だと、ザハ氏の建築は確かにある種のこってりした食物を想起させて、わたくしにとってはおいしそうに見える。あと丹下健三と藤本壮介氏、平田晃久氏の建築もけっこうおいしそう。槇文彦氏の建築はやっぱり上品な味がしそう。とか。

いかがでしたでしょうか!?

皆様方におかれましては、どんな建築が、誰の建築がおいしそうですか?形状や意匠や構造などを熟考しすぎてなんか行き詰って煮詰まってしまった建築家の方々などは、思い切って食感と味という方面から問題解決の方策を、アクロバティックに、かつ童心に返って探ってみてはどうでしょう。

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オールド・イングランドの他の写真は以下の拙ブログに掲載しています。

ちなみにこのオールド・イングランドの設計者、ポール・サントノワは他にも旧ドゥラクル薬剤店とかヴェイト街の家とかも造っていて、変幻自在の多才ぶり。


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