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フェルナン・プイヨンの長椅子(前編)

建築家の破天荒人生列伝みたいな本があるとしたら、フェルナン・プイヨン(Fernand Pouillon)はそのハイライトを飾るにふさわしい人物だと思います。

1912年、フランス南西部のカンコンという町の生まれ。父が土木公共事業の施工業者であったためか、建築家としてとても早熟で20代初めからすでにいくつかの住宅を建てていました。第二次世界大戦後は、住環境の復旧が急務となっていた社会情勢下で、マルセイユ市を中心に集合住宅をじゃんじゃん設計。オーギュスト・ペレの助手として同市の旧港復興事業に携わるのもこの頃。なお1946年まで共産主義の地下活動にも参与していたようです。

プイヨンは1950年代にアルジェリアやイランでも、住宅、駅などの様々なプロジェクトを実現し、1955年には国家住宅金融機構(CNL : Comptoir National du Logement)という組織を創設。これは「国家」という肩書きが付いてますがたぶん半民半官的組織で、不動産開発から設計施工、物件の販売までを包括的に取り仕切る団体なようです。その理念は、できる限り良好な住環境を、できる限り安い値段で、できる限り多くの人に供しようというもの。

パンタン、モンルージュ、ムードン(3つともパリ近郊の街)の集合住宅は上記の機構によってフェルナン・プイヨンが手掛けたもの。そのいずれもがフランス文化庁によって「20世紀建築都市文化遺産」に認定されながら、今も現役の住居群として破綻なく機能しております。そしてそれらの実績の集大成となるべき大プロジェクトとなるのが、パリ南西のブローニュ=ビヤンクール市のポワン=デュ=ジュール集合住宅 ↓ 。6年がかりの事業で、1957年に基本設計開始、翌年起工、1963年完成!

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……のはずだったのですがなんと、プロジェクト絶賛進行中の1961年に、プイヨンはCNL運営に関する横領、及び職権濫用のかどで逮捕されてしまいます。この逮捕劇の背後には、一建築家であるプイヨンが不動産事業、施工業務、住宅販売事業までを取り扱う手法に対する各業界からの反発があった模様です。

その後1962年、脱走(!)。1963年再収監。禁錮4年の刑。いくつかの減刑処置を経て、ハンガーストライキ(!!)の末、1965(あるいは1964)年釈放。その間、獄中にて小説『粗い石』を執筆。これは修道院建造に携わった修道士を語り手にした作品で、同作により1965年、ドゥ・マゴ文学賞受賞。すごい。

なお、この『粗い石』という作品はパウレタ様(勝手にお名前を挙げてしまい、すみません)も、「私の建築や都市を感じる小説3」のなかで取り上げていらっしゃいます!じつはわたくしはまだ未読。

フランスにおいて建築家として生きる道を断たれたプイヨンは、1966年から1984年までアルジェリアにて数多くの事業を手がけ、活躍。その間の1971年、ジョルジュ・ポンピドゥー大統領により恩赦。また1974年にはパリで建築・芸術関係の出版社を創設したりもしています。1984年、フランス帰国。その翌年にレジオン・ドヌール勲章オフィシエ授与。とはいえこの受勲はCNL破綻に伴う巨額の債務に苦しむプイヨンに対する、フランソワ・ミッテラン大統領の温情によるところが大きかったようです。そして1986年、南仏の小村ベルカステルにて永眠。享年74歳。最晩年のプイヨンはアルジェリア人の石工たちと共に、この村にある石造りの古城の修復を行っていました。

ざっと調べたことをつらつら書いてみても改めて、すげー人生だなと思います。彼は1968年に自伝『ある建築家の回想』(本邦未訳)も書いているのですが、この作品がパブリック・ドメイン入りする2056年にぜひ、勝手に翻訳してnoteで有料公開したいと思っています!

それで、以下の文章は、そのフェルナン・プイヨンの集合住宅事業の総決算にして代表作ともいえる、ブローニュ=ビヤンクール市のポワン=デュ=ジュール集合住宅を見学してきたときのはなしです。

と思ったのですが、プイヨンの経歴をたどっただけでそれなりの文字数になってしまった。続きは「後編」として別記事にいたします。


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ポワン=デュ=ジュール集合住宅の写真は以下の拙ブログにてご覧いただけます。

なお、ポワン=デュ=ジュール集合住宅はいまも多くの人々が生活している住環境です。もしご訪問をなさる際は、住民たちのプライヴァシーや静穏な環境を最大限、尊重してくださいますようよろしくお願いいたします。

参考資料等(すべて仏語資料です)
・« La résidence du Point-du-Jour à Boulogne-Billancourt », le site du Ministère de la Culture. [PDF] ポワン=デュ=ジュール集合住宅プロジェクトに関する、フランス文化庁の詳細なレポート。すばらしい仕事ぶり。
・« Fernand Pouillon : biographie », le site de Fernand Pouillon Architecte, géré par l'association "Les Pierres Sauvages de Belcastel". フェルナン・プイヨン友の会による詳細な伝記。
・Sophie Pinet, « Le Point du Jour, ou la beauté pour tous », le site AD Architecture, 2014. 逮捕前後のプイヨンについて触れた記事。
・« Fernand Pouillon », Wikipédia. ウィキペディア。

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