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最後の魔法使い

編集を担当した帆足は時折撮影現場を訪れて進捗をチェックしていたが、間近で見る人形の造形やセットの素晴らしさ、そしてスタッフ達のただならぬ熱量を浴びて、画の仕上げを担当する者として日に日に緊張感と責任感を感じていたという。チームは日々ボルテージが上がりまくりな中で30日間の撮影を終え、制作のバトンはエディターの帆足に渡った。

人形以外のもの、全部消していきます

膨大な作業量

帆足はこれまでもストップモーション作品の編集作業を手掛けてきたが、甚五郎の体を支えるこれまでにない量の突き出しやタンクの消し込み作業のボリュームを前にしばし呆然としたという。甚五郎1体につき複数の支えが必要なのだから、それは果てしない量だった。そして今回は突き出しだけではないのだ。今回の撮影素材は、暗く落ちた背景に対して漆黒の衣装をまとった甚五郎と突き出しがある状況だが、突き出しには照明が人形に影響しないように反射を抑える黒いテープを巻き付けてあるため、どこまでが甚五郎の衣装なのかが一見分かりにくい状態だったのだ。

このシーンだけでも膨大な作業量が想像できる…

そのほかにも、撮影中さまざまな問題が起きた。
ストップモーションの撮影現場では、人形のアニメーション撮影の前後に、突き出しやタンクを編集で消す時用の「空舞台」と呼ばれる背景のみの撮影を行う。通常空舞台は1カットに対して数枚でよいのだが、ドラマシーンでは蝋燭の揺らぎを表現するために1コマごとに照明を変えており、全尺分蝋燭が揺らいでいる空舞台を撮影する必要があり、素材量が膨大になっていった。

蝋燭が揺らめきながらカメラワークもある空舞台素材

そしてアクションシーンでは、途中でカメラレンズを変えたり、アングルや人形の位置に応じて照明の位置自体を変えながら撮影していくシーンも多くあり、そういったシーンに関しては、後で同じ環境に戻して空舞台を撮ることができないため、空舞台が撮れなかったのだ。ストップモーションの世界では、被写体やカメラを少し触っただけで見え方が大きく変わってしまうため、レンズ替えや照明の位置替え後にまったく同じ位置に戻すことは非常に難しいのだ。ということで、編集に必要な空舞台を撮ることはできず、なるべく近い環境に戻して素材を撮影し、帆足に素材を託すということが多く起きた。
また、どれだけ気をつけていてもミスや想定外のことが起こるのが撮影である。動いてはいけない背景が自重で動いてしまったり、道具が画角内に置きっぱなしになったり、人形の手足に仕込んだねり消しが見えてしまっていたり、消さなければいけない突き出しの後ろに衣装が入り込みそのまま消すと衣装が欠けてしまったり、素材を繋いでみたら間にもう一カットほしくなったり…。こうして現場でまとめられた「帆足さんごめんなさいリスト」は小説のように分厚くなってしまった。そして最終的にそれら全てを美しく仕上げまとめあげる帆足は、現場で「魔法使い」と呼ばれていた。

こだわり

その魔法使いが本作の作業を通して意識したポイントは、「造形、美術、アニメーションの素晴らしさをいかに際立たせるか」だったという。
今回は通常の作品と比べて消し込みの作業が多く本当に骨の折れる大変な作業だっただが、キャラクターを支えていた突き出しやタンクがスッキリ消えると、より人形に命が宿り生き生きと動き出す感覚があって、エディター冥利に尽きる瞬間なのだという。

今回は突き出しやタンクなどを消し込んだ素材だけでも既にアニメーションや造形美を堪能できる映像になっていたが、ここからさらに本作の見所である大鋸屑素材を合成していく。膨大に撮影された大鋸屑素材の中から、アクションの動きに合う使い所を選び、試行錯誤しながらよりよい見え方をひたすら探っていった。大鋸屑を効果的に入れることによって更に迫力のあるアクションシーンに進化していく様は、見ていて非常に気持ちの良いものだった。特に、最初に2体の敵と甚五郎が戦うシーンは、まるで花吹雪が舞っているかのような美しさで、スタッフ達が選ぶ好きなシーンのひとつにもなっている。
今回のパイロットフィルムでは、できるだけアナログにこだわりたいという川村監督の強い意志の元、CGで素材を作って合成したり、モーションブラーをかけたり、デジタルで絵を歪ませるなどの処理は一切行っていない。今回編集で行った作業は、ズームをかけたりカメラを揺らしたりという作業だが、いかにもデジタルな動きにはならないよう注意を払いながら作業を行っている。特にラストカットに関しては、キャラクターの動き幅、スピード、カメラワークなど編集で調整するポイントが多く、監督と何度もディスカッションを重ねながら、ラストカットとしての気持ちよさを追求し続けた。こうして「HIDARI」は、回を重ねるごとにどんどん研ぎ澄まされた映像になっていったのだ。


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