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最後のチョコそれとなく3

最終回です。



元彼の名前はナオヤという。
学校事務をしている。職場ではナオヤが最年少ということもあってかわいがられている様子だ。手続きに訪れる生徒たちにも覚えてもらっているらしい。ナオヤはその優し気な表情と物腰で、わりとみんなに受け入れられているようだ。
でも、いい人だから、好きな人だから一緒にいて、居心地がいいのかと問われるとそういうことばかりではないと初めて知った。
そうやって、頭の中を少しずつ整理しながら私は毎日、淡々と暮らしていた。

待ち合わせしていた居酒屋に行くとタクマはすでにいた。
「久しぶりだな」
「久しぶり」
タクマに会えて素直にうれしかった。まずは腹を満たそうということで、いろいろ注文した。フライドポテトや唐揚げ、サラダ、ピザがどんどん運ばれてくる。
「私こんなに食べれないよ?」
「俺食べるから。腹へってるの」
そう言ってピザが一枚二枚…とあっという間にタクマの口の中へ消えてゆくのを私はぼんやり眺めていた。
「申し訳ないお知らせがあるんだ」
タクマはふいに口をぬぐうと手を止めた。
「何?」
「ナオヤからホワイトデーのお返しを預かっている」
「え?」
紙袋を受け取った。中を見るとGODIVAの包みが入っていてカードが添えられていた。見てみると
「チョコありがとう」
とだけ印刷されていた。
「一回断ったんだけれど、俺が引き受けないなら自分で行くって言いだしてさ…」
タクマは申し訳なさそうな顔をしている。
「いいよ。ありがとう。タクマが渡してくれてよかったよ」
私は一緒に暮らしていた時の苦しい気持ちが少しだけ蘇ってきて苦しくなって、すぐにしまった。タクマじゃなくて本人が来たら精神的におかしくなっていたかもしれない。
「そんで言いづらいんだけどさ…ハナに伝えた方がいいかなと思うこともあるんだ」
「え…何?」
タクマは言おうかどうしようか迷っているような顔をしている。私は聞いてみたくなった。
「よくわからないけれど、言ってよ」
タクマは意を決したように静かに口を開いた。
「あいつもう新しい彼女できたんだよ」
「そうなの?」
これを聞いた瞬間、驚きもしたが苦しい気持ちは突如として消えた。一般的にはおそらくこんなに早く次の人だなんてと、傷つくのかもしれないが私は今までがあまりにもつらかったから、新しい人ができたという事実が救いに感じた。
「うん。高校の時にカワシマ ミユキっていう子いたの知ってる?」
「覚えてる。ミスコンで優勝した美人さんだよね」
「そう。その子と付き合いだした」
「…えええっ?!どうゆう繋がりなの??予想外過ぎてわかんないんだけど…」
「ミユキちゃん、新任の教師としてナオヤのいる学校に来たらしくて、そこで再会したらしい」
「再会かぁ…」
私はちょっと楽しくなってきて、サラダをもぐもぐ食べ始めた。だが、タクマは非常に不機嫌な表情をしている。
「オレは納得いかないんだよ」
「何が?」
「変わり者のナオヤには次々と彼女ができるのになぜこんなに普通の俺にはできないのか?」
確かに言われればそうだ。一緒に暮らすと「うん」しか言わなくなる男よりもタクマは至極まともだと思う。こうして会話も普通にできるし、気遣いもできる人だ。幼いころから家での生活も見ているので、ごく普通の一般的な男子であることは知っている。
「そう言われれば…そうだね…」
「だろ?俺は納得いかねぇ」
タクマは中ジョッキを飲み干すと「次大きいのがいい」と言って大ジョッキを速やかに注文した。
「タクマはいい奴だと思うけどな」
「よくいい人だねって女の子に言われるよ」
「いい奴なのになぜかいい奴で止まっちゃうんだよね…たぶん。女の子あるあるだ」
「それな!…あ、思い出したよ。ミユキちゃんの続きの話があんだよ」
「なになに?」
私は唐揚げをもぐもぐ食べながら興味深々になった。
「ミユキちゃんあっという間にナオヤと同棲始めたから大丈夫か本人に聞いたんだ。そしたら、静かな生活が好みだから、うんしか言わない奴のほうががいいって。そういう子もいるんだな」
「ミユキちゃん意外だな…ナオヤと合ってるかも」
私は納得した。そして、ミユキちゃんという彼女ができたと聞いてホッとしている自分に気が付いた。
彼女が出て行った理由も知りたがらないし、家で会話もしてくれなかった男にもう戻りたいとは思わない。探されなくなってすっかり安心した。
私はカルピスサワーを飲み干した。
「うまーい!」
「次、スペアリブ食べるわ…」
いつもどおりタクマは自分で端末を操作して次々に注文している。
そんな姿を見て私はとてもすっきりした気分になった。

こうして、うんしか言わない元彼との付き合いは静かに終わった。
私は安心感に包まれて、もう恋はこりごりだと思った。



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