『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第28話

「お前は、ユウ。始末したはずだが、まだ生きていたか」

 魔王は、塔の上に立つユウの姿を見て、目をギラつかせる。

「俺には、守るべきものがあるんでな。まだくたばる訳には行かないんだよ」

 ユウは、腰の剣を右手で引き抜き、その切っ先をさっと魔王の方に向ける。

「守るべきもの。それはいい。お前から、その守るべきものを奪って絶望する姿を眺められる」

「魔王、お前、どんだけ性格悪いんだよ。まあ、いい。俺は、俺のやりたいようにやらせてもらう。要は、勝てばいいんだろう、この戦いに」
 
「簡単に言ってくれる。私の力を目の前にしても、そんな馬鹿げた幻想を抱けるとは。その愚かさだけは評価してやろう」

「あまり自分の力を過信しすぎないほうがいいぜ。足元を掬われるぞ」

「うぬぼれているのはお前だ。お前は私に勝てるという幻想を抱いている」

「それが幻想かどうか。この戦いではっきりさせてやるよ」

「ほう、なら、見せてもらおうか。お前の実力と奴をな」

 瘴気よ。すべてを打ち砕く槍となりて敵を撃て。

 まず、ユウより先に魔王が動きを見せる。魔王は右手の人差し指の先をユウに向けて呪文を唱えた。

 大気中に漂う瘴気が、一瞬、魔王の周辺に集まったかと思うとユウの方に向かって、勢いよく槍の如く解き放たれる。

 ユウは、凄まじい勢いで解き放たれた瘴気を持っている剣でなんとか受け止めるが、塔の上にとどまることは出来ない。魔王の瘴気は、ユウを飲み込みながら、周りの建物を次々と破壊し直進する。

「ユウ!!!」

 カナタは、魔王の瘴気に巻き込まれずに済んでいたが、ユウの危機的状況に思わず彼の名前を叫んでいた。

 拳を握り、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、建物を穿ち直進した瘴気の先を見た。

「ユウ、現代最強の勇者と聞いていたが、こうもあっさりやられてしまうとは。もう少し楽しめると思ったが、ユウという男を過大評価し過ぎたようだ」

 魔王は、両腕を組み屋上から、無惨に吹き飛んだ建物を眺めている。

「ユウは、終わってない!こんなことで、終わるわけがない!」

 カナタは魔王に向かって、叫ぶ。

「現実を見ろ。私の瘴気をまともに食らったあいつが無事で済んでいるはずがない!」

 カナタは、魔王から放たれた瘴気が村の建物を破壊した跡を見て、思わず返す言葉が出ない。目の前の圧倒的な絶望が、ユウが生きているという希望をどうしょうもなく淡いものにしていく。

「今ごろ、瘴気に貪られ肉体の一つも残ってはいないだろう。さて、次はお前の番だ。お前の魂を取り込み、我が念願を叶えるとしよう」

 どうやら魔王は先ほどの攻撃にかなりの自信があるようだ。現に、今まで魔王の瘴気をまともに受けて生きている例がなかった。過去の実績から見れば、魔王の考えはあながち間違いではない。

 だが、しかし、それは過去に類のない非常に稀有な事例を除いた場合に限ってのことだ。非常に稀有な事例つまり、魔王の力を凌駕する強者の登場。魔王は、まだ、類を見ない強者の奥底を知らない。

 魔王が、カナタに瘴気を使ってとどめを刺そうとした時、大気に舞う砂埃からいきなり、魔王の顔面に向かって剣が飛んできた。

 当たれば、死ぬ。

 その剣を視界にとらえた瞬間、当たれば自分の命はないということを直感的に魔王は理解した。反射的に、首を曲げ顔の位置を横にずらした。

 いつの間にか、魔王の頬を剣が掠める。瘴気を纏い、並大抵の攻撃では、傷一つつかないはずの魔王の肌をいとも容易く引き裂いていた。

 剣は、そのまま魔王の後ろに広がる曇天の空に向かって飛んでいき、瘴気を孕んだ雲に直撃すると凄まじい轟音を立てて、衝撃波を発する。

 その衝撃で、黒く淀んだ雲は、一瞬で消え去り、青く澄んだ大空が広がる。 

 なんだ、この気配は……。

 魔王とカナタは同時に今までに感じたことのない力を感じ取り戸惑う。

 マナのようで、瘴気のようでもある。

 まるで二つの力が、絶妙に交わりできた一つの完成形。

 未だかつて感じたことのない異質な力の存在を二人は感じていた。

 砂煙に覆い隠された未知の力を放つ者が徐々に近づいてくる。

 魔王は、自分の身体に起きている異変に気づく。両手が小刻みにブルブルと震えている。初めて見る、身体の異変に魔王は、戸惑いを覚える。

 それは初めて、魔王が抱いた感情だった。恐怖で手が震えている訳では無い。自分と対等もしくはそれ以上の存在に出会ったことことによる武者震いだった。

「この私が、震え上がっている。面白い、少しは楽しめそうだ!ユウ!」

 魔王が、叫ぶと同時にユウが剣を横に振り強風を起こすと砂埃を一掃し姿を現す。

「俺は魔王、お前との戦いを楽しんでなんかいられない。大切なものを傷つけられて、俺は最高にむしゃくしゃしてるんだ」

 ユウは、先ほどの魔王の瘴気をまともに受けていたが、ほぼ無傷だった。というのも、先ほど魔王とカナタが感じ取った異質の力を全身に纏わせていたからだ。

「そうか、なら、問題ないではないか。私さえ楽しめればそれでいいのだから。それよりも、お前が纏うその力、初めて見る。噂には聞いていたが、その力、マゴか?」

 魔王は、ユウが纏うマゴも呼ばれる力を興味深そうに眺めている。

「ああ。魔族の父と人間の母親から生まれた俺は、マナと瘴気の゙二つを使うことができる。それらを掛け合わせ、マゴを生み出した」

「やはり、マゴ。その力がどれほどのものなのか存分に楽しませてもらうとしよう」

 ユウと魔王がお互いに見合った。なんとも言えない沈黙と緊張に、カナタはゴクリとつばを飲み込み、この戦いの行く末を見守る。

 一瞬、ユウと魔王の姿が消えたかと思うと、激しく剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る。激しいぶつかり合いに発生した突風にカナタは思わず腕で顔を覆う。

 なんだ、何が起こったんだ……。

 カナタは腕を下ろし突風が押し寄せる先を目を細めて見てみると、ユウとカナタが、魔法で想像した剣を交わらせていた。強大なマゴと瘴気のぶつかりに、目をくらむような激しい光が生じている。

 この場所は、危ない。お母さんとコナタを安全なところに移動させないと。

 カナタは、そう思い両手で上半身を起こして足にぐっと力を入れると立ち上がる。

 魔王の瘴気で、身体の自由を奪われていたが今なら動かせる。ユウが魔王と戦ってくれている間に二人を移動させよう。

 カナタは、屋上で意識を失っている母親カナと弟コナタの元に行くと、二人をなんとか建物の影に隠しユウと魔王の戦いに巻き込まれないようにする。
  
 ユウと魔王の力は拮抗しており、しばらく決着がつかないと思われたが、ユウは両手で構えていた剣を片手で構え始める。

「な、何!?ありえん。片手だと!?」

 さすがの魔王も、動揺を隠せない。目の前の光景に目を疑う。

「悪いが、すぐに決着をつけさせてもらう」

 ユウは、空いた左手を、魔王のガラ空きになった脇腹に向けると、呪文を唱える。

 我が身体に流れるマナと瘴気よ。今ひとつとなりて、敵に大いなる神の雷撃を加えよ。

 ユウの左手に、凄まじい量の稲妻が瞬時に集まり凝縮されたエネルギーを一気に魔王に向かって解き放つ。

 ピカッと閃光が走った直後、魔王は、ユウの解き放った雷撃に飲まれ、はるか遠方まで飛ばされる。マナと瘴気が混ざり合ったユウの攻撃を受ける最中、魔王は思った。

 奴の力がこれほどのものとは想定外だ……。世界を我が手中に収めるよりも先に、ユウの抹殺を最優先にすべきだった。これほどの力だ。何の代償もないなどあり得ない。おそらく、ユウの力はかなり燃費が悪いはずだ。つまり、長くは使えない。

 魔王は、絶対絶命の状況の中、思考を巡らせて、建物の屋上に立つカナタを見るとほくそ笑む。

 見つけたぞ。奴の弱点を。

 魔王はユウからカナタに標的を変えて瘴気を手のひらで集めると、勢いよく放った。

「えっ!?」

 カナタは、思いもよらない魔王からの攻撃に頭が真っ白になる。

「カナタ!」

 その瞬間、力強いユウの声が、カナタの耳を劈いた。頭が真っ白になっていたカナタが正気に戻る。

 カナタが前を見えると、ユウがなんとか魔王の放つ瘴気を剣を構え受け止めていた。しかし、ユウの纏うマゴの輝きは、徐々に弱まっていることが目に見えて分かった。

 ユウが思惑通りにカナタを救うため瘴気を受け止めたのを見て、思わず歓喜する。

「やはり、助けに行ったな!!!それに、マゴの力もだいぶ弱まってきたようだ。平静を装っていたようだが、私の目はごまかせない!!!その小僧とともに、惨めに死ねぇえええ!!!」

 魔王は、さらに追い打ちをかけるように解き放つ瘴気を強める。禍々しい瘴気の束が5倍、10倍、100倍と大きくなっていき、ユウを追い詰めていく。

 ユウは、後ろにカナタやカナ、コナタがいるため横に躱す事はできない。選択肢は、魔王の攻撃を受け止めるほかなかった。

 カナタは、必死に魔王の瘴気を受け止めるユウの背中を見て、拳をぎゅっと握った。

 このままだと、ユウもお母さんもコナタもみんな魔王の瘴気に飲まれてしまう。今、俺ができること。何か、何かあるはずだ。考えろ、考えろ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?