「志望校が書けたら、プリントを前に回してね」
戸惑っている僕たちを見て、担任はいや、でも個人情報だからだめかと呟いた。
「1人ずつ回収するから、プリントはもっておいてください」
そういうと1人ずつ回収し始めた。
3年生になると事あるごとに志望校を書かされる。
ホームルームや模試に何度書いたことか。
個人情報とか気にしないから、僕の個人情報と紐づけて登録しておいてほしいとさえ思う。
変えたいときには変えるから。
というか、僕は志望校を一つ下げた。
特にやりたいことがあるわけでもないから、どこに行ったって一緒だ。
高いランクの大学に行けば就職とかには有利なんだろうけど、そんな先のために今必死に努力なんて出来ない。
 
「今回の中間、数学の宿題多すぎない!?」
「ホ、ホント、そうだよね！」
一切手を付けていないが故の余裕さを感じ取られまいと同調した。
そんな多いのか。
「タカシどれくらいまでいった？」
これは賭けでしかない。
「半分くらい」
「マジかー、いいなあ」
マジかー、ミスった。
半分であのリアクションってことは、結構多いな。
「一日何時間ぐらい勉強してんの？」
はい、出た。もっと無意味な質問。
学年の数の時間だけ勉強しようなんて言われてるけど、実際どうなんだ。
実際は1時間ぐらい。
だけど、1時間で半分はつじつまが合わない。
「昨日は2時間半ぐらいかな」
「思ったより少ないね」
何だよ、結局マウント合戦かよ。
っていうか、お前も言えよ。
何が正解かさっぱり分からん。
というか、正解を探している時点で上辺のやり取りでしかない。
心理合戦だ。
 
家に帰るとおやつを食べてから部屋にこもる。
親に勉強しろだの言われるのはめんどくさいし、向こうも何をしているのか分からないにせよ安心なはずだ。
一応、数学のテキストを開いてみた。
ページ数は普段どおりだが、計算問題が多い。
罠だ。このページ数は油断させるための罠に違いない。
1時間ほどやるとやっぱり疲れてしまう。
これを世間では集中力というのだと思う。
僕は机からおもむろに3DSを取り出した。
受験生とゲームなど一番決別しなくてはいけない間柄ではないか。
否、ゲームをするためにゲームをしているのではない。
過去を懐かしむためにゲームをしている。
現にプレイするのは2回目だ。
部屋の片付けをしていたら見つけてしまった。
これは、部屋の片付けをしていたら卒業アルバムを見つけて見入ってしまうみたいなものだ。
それがゲームだっただけで、「この本、懐かしい」と本質的には何ら差異はない。
テストへのカウントダウンがまた1日進んだ。
 
「自律神経系は交感神経と副交感神経から出来ています」
説明が右から左に流れていく。
「交感神経は危険なときなどに優位になります。”闘争か逃走か”の神経とも言われています」
「まあ、皆さんは歩いていてトラとかクマに遭遇するなんてことはないと思いますけどね」
ささやかな笑いが教室に満ちる。
昔の人は振り返れば奴がいるみたいこともあるかもしれない。
その時咄嗟に戦うのか逃げるのか、どちらにせよ緊張の一幕だ。
「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマが中学生ぐらいの時に流行った。
女性関係が苦手な主人公が偽装結婚するのをきっかけに、成長する話だ。
どこが逃げているのか。
かなり立ち向かっているではないか。
「逃げたら一つ、進めば二つ」
今見ているアニメでよく出るセリフだ。
立ち向かうことが美徳とされている世の中。
結局、人は戦わなければならない。
やっぱ、あんたもそう言いたいのか。
でも、逃げても得るものはある、そうも言っている気がする。
 
「さまようへいたいが現れた」
こいつ結構強いんだよな。
「にげる」
「しかしまわりこまれてしまった」
何だこりゃ。
戦うしかないじゃん。
敵の先制攻撃だし。
せっかくの薬草がだいぶ無駄になった。
たたかう、にげる、ぼうぎょ、じゅもん、どうぐ。
選択肢はたくさんある。
にげることを選んでも、絶対成功するとは限らない。
それなら一層のこと、最初から戦っていた方がいい。
現実からはルーラみたいにどこか遠くに行くことなんて出来ない。
にげるは確実に逃げ切れる時しか取ってはいけない選択のような気がした。
 
中間テストの結果は散々だった。
勉強したら点が取れるような構成だった。
と、思う。ちゃんとしていないから自信はない。
人生はRPGみたいなものだという人がいる。
どんどん敵と戦って、どんどん強くなる。
すると、更に強い敵が現れる。
そうやって、自分の“レベル”をどんどん上げる。
そうすると様々な技やスキルが身につく。
間違ってはいないと思う。
でも、強いボスの前にたくさんレベル上げをしておく。
こんなことは人生では出来ない。
社会人には当てはまるのかもしれないが、少なくとも学生には当てはまらない。
現に、レベル上げが終わっていないのにテストが来ている。
だから、人生はファイアーエンブレムの方が合ってるんじゃないかな。
人生にもう一度はない。
だから、まんべんなく育成しないと狙われてしまう。
パーティの1人だけ強くしても、勝てない事が多い。
真面目だけが取り柄です、という人は結構生きづらいんじゃないかと思う。
もちろん、根っからの真面目さならいいけど。
周りが勝手にそう認知して、自分でもそうなのかなと思ってる場合。
一回でも真面目じゃない行動を取るとそれはアイデンティティの喪失だよね。
使い方あってるかわかんないけど。
 
これをやれば、人生イージーモードとかいうのは胡散臭い。
ゲームは途中で難易度変えられないじゃん。
最近のは知らないけど。
はあとため息をついて、僕はペンを取った。