麻婆豆腐をホンコンカレーと呼ばないのも、ある種のブランディングだし文化理解なのだという文章

「竜」の英語を「『dragon』ではなく『loong』にしよう」 というニュースがあった

私のポジション

「名前を、原語に近い表記にする」というのは、ブランディングの観点や、文化理解の観点から、強く肯定する。
そのことについて、今日は書きたいと思う。

ホンコンカレー

名前には、歴史や文化と伝統が、単なる呼称以上の意味を持つ。例えば、我々が日常的に呼んでいる「麻婆豆腐」。この料理名を聞くだけで、四川省発祥のピリ辛で豆腐が主役の料理を想像する人が多いだろう。しかし、もしもこの料理が「中華風ピリ辛豆腐煮」とか、もっと遠く離れた名前で呼ばれたらどうだろう?

想像してみてほしい。
香港を統治していたイギリス人が四川省発祥のこの料理を香港のレストランで食べる。

「OH!スパイシーでヘルシーな豆腐料理だね!これは、我がイギリスが統治するインドのスパイシー料理、カレーに並ぶものだ。この料理もアジアのスパイシー料理なので、ホンコンカレーと名付けよう!」

と言ったとする。
この瞬間、麻婆豆腐はホンコンカレーと呼ばれ、イギリスにより世界に紹介される。脱亜入欧に取り組む明治期のわが日本にも、イギリス経由でホンコンカレーが輸入される。麻婆豆腐の真の文化的背景や伝統は曖昧になり、誤解が生まれたまま広がっていく。

ブランディングの観点:誤解が引き起こす問題

ブランディングは、製品やサービスに対する一貫した価値観やイメージを築くこと。
しかし、「ホンコンカレー」という名前は、本来の料理「麻婆豆腐」の背景や起源を曖昧にし、消費者に誤った印象を与えかねない。これは、誤ったブランドイメージの構築や消費者信頼の損失につながる。

文化理解の観点:深い理解への障壁

文化理解とは、異なる文化の背景や価値観、伝統を深く理解し、尊重すること。原語に近い表記を用いることは、その文化への敬意を示す。例えば、近年ではウクライナの首都の日本語表記をロシア語読みの「キエフ」ではなくウクライナ語読みの「キーウ」に変更したり、「グルジア」という国名を「ジョージア」に読み方を変更したり、ということもある。
これはいずれも、その国の言葉や文化に敬意を払っているからこそのことだ。

一方で、「ホンコンカレー」のような名前は、文化的誤解の拡散や文化的アイデンティティの侵害につながり、真の多様性と相互理解の促進を妨げる。

名前には命が宿っている

名前に込められた文化や伝統を正確に伝え、尊重することは、私たちが真の多様性と相互理解を促進する上で不可欠。文化的な背景に基づいた名前の選択は、単なる言葉以上の、深い文化的な尊重と理解への道を開く。

「名前には命が宿る」という感覚は、日本人なら理解しやすいのではないだろうか。

中国で現在進行中の「dragon」から「loong」への表記変更議論は、この点で非常に教訓的だ。多くの中国人は、「dragon」の西洋における悪の象徴というイメージと、「loong」が持つ福をもたらす神秘的な生き物という中国の伝統的な観念とは根本的に異なると主張している。名前の変更は、文化的な誤解を解消し、より真実に近い理解へと導く第一歩となり得る。

名前には、その背景にある文化、伝統、歴史が凝縮されている。正確で文化的な背景に敬意を払った表記を通じて、私たちは真の多様性と相互理解を促進することができる。文化的なアイデンティティを尊重し、原語に近い表記を選択することの重要性を、改めて認識する時が来たのではないだろうか。

実際にあった「ホンコンカレー」のような例、それは「台湾メロンパン」

ちなみに近年の実例として「台湾メロンパン」なる概念が、まさにホンコンカレーと同じようなものとして挙げられる。

香港発祥の「菠蘿油(意訳するとパイナップルパン)」を台湾で食べた日本人が、「OH!この台湾風のメロンパンいいね!台湾メロンパンとして売りだそう!」ということが、実際に起きたのである。

「俺が分かりやすい表記にしてあげるとみんなもわかりやすいだろう。細かいことは気にしなくていいよ。たかがパンだし。」「買う人はどうせ気にしちゃいないよ」という傲慢さを感じる。

香港にもパイナップルにも敬意を払っていないのだろう。なんなら、消費者に対しても敬意が払われていないのかもしれない。

名前を変えるという行為は、その文化への理解と敬意の欠如に繋がりかねないことだ。もしその上で、あえて変えたいというのであれば、それは十分な理解に基づいた上で行われることが望ましいだろう。

さて、あなたが食べているものは、「麻婆豆腐」か?それとも「ホンコンカレー」か?今一度思いをはせて欲しい。




蛇足コーナー

1)ドラゴンボールの神龍 シェンロンは中国語発音ですね。龍神様 りゅうじんさまとかだと、また全然違う感じになりますよね。
ちなみに英語のWikipediaみたら「Shenron」と書いてありました。GOD DRAGONとかじゃなくてよかった!

2)タイのゲーンキョワーンをグリーンカレーって呼ぶのはどうなの?って声が聞こえそうだけど、実際どうなんでしょうか。ゲーンキョワーンと(インドにルーツがある)カレーは全然違う料理だと思うし、共通点は「アジアの香辛料のきいたスパイシーな料理」ってところだと思うし、それって麻婆豆腐と同じ共通点なんですよね。ゲーンキョワーン協会の会長の意見とかきいてみたいですね。

3)色々な場面で繰り返し言っているんですが、「沖縄そば」を中文訳する際に「沖縄海鮮拉麺」と表記されることがあります。海外の料理を日本に輸入する際にホンコンカレー化するだけでなく、私たちの料理が海外でホンコンカレーにされてしまうことが、あるのです。


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