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銀行と不動産の闇

「スルガショック」をご存知でしょうか。スルガ銀行が不動産業者と結託し、賃貸不動産投資向けに不正融資を行っていたことが発覚しました。2018年10月、スルガ銀行は金融庁より半年間の一部業務停止命令を受け、1,000億円超の損失を計上。加えて、創業家は約500億円の融資返済と約70億円の損害賠償を請求され、行員に至っては100名超が懲戒処分を受けています。

この事件は銀行のみならず、不動産業界にも激震が走りました。近年では一般のサラリーマンが安定した家賃収入による高い利回りを期待して、賃貸マンション経営に乗り出す例が散見されます。老後への不安から資産運用の必要性に駆られる昨今、不動産投資がバブル以来の活況を迎えていた矢先のことでした。

前提として申し上げておきます。不動産投資は高度な専門的知見が要求される上、長期にわたって外乱に晒される、極めて難しい投資商品です。よく「株価に比べて安定している」という意見を耳にしますが、それは不動産価格の話であって、不動産投資が安定した利回りを期待できるわけではありません。また、同じ不動産を扱う資産運用でも、不動産投資信託(REIT)と今回問題となっている賃貸経営(サブリース)とは、リスク分散からして全く異なる特性を持っています。

「不動産」というと様々な利権にまみれたイメージで、実態がよく分かっていない方も多いのではないでしょうか。スルガショックが暴かれるまでの一連を追いかけた『やってはいけない不動産投資』では、銀行、不動産の売り手、そして買い手となった一般のサラリーマンの内実が丁寧にレポートされています。不動産業界のパンドラの箱を豪快に開いた内容で、安易な投資の誘惑から身を守る知見を得ることができます。

スルガショックの全貌

まず、スルガショックの説明の前に、不正融資先となった一般のサラリーマンの賃貸不動産投資についておさらいしましょう。

そもそも賃貸不動産投資とは、新築・中古のマンション・アパートを購入し、そこに自分は住まず部屋を貸すことで家賃収入を得る資産運用です。物件の購入金額に対する家賃収入額を利回りといいます。当然、物件価格を安く抑え、家賃を高く設定すれば利回りは良くなります。ただし価格が安いというのは魅力に乏しい物件ということでもあり、家賃を相場より高くすれば誰も住んでくれなくなります。このあたりのバランスは非常に難しく、通常は運用を管理会社に委託します。

賃貸不動産を買うにあたり、不動産業者が売り主と買い主をマッチング、いわゆる仲介を行います。不動産業者はこの仲介による手数料で収益を上げています。手数料は物件価格に比例し、上限は「物件価格×3%+6万円」と国交省による定められています。つまり、物件を高く売った方が収益が大きくなります。このことから買い手は安く買いたい、不動産業者は高く売りたいという利益相反が発生します。

物件価格は数千万円から数億円と非常に高額で、僕たちにはとても手が出る金額ではありません。通常はローンを組み、銀行から融資を受けます。このローンにこそ、スルガショックの不正が凝縮されています。

当時、スルガ銀行は賃貸不動産投資をする一般のサラリーマンへのローン貸付に力を入れていました。日銀の歴史的な低金利政策により、企業向け融資や一般的な住宅ローンの利率が低下し収益力が落ちていたため、新しい稼ぎに躍起になっていたのです。銀行の営業マンは獲得した融資額の大きさが成績に直結します。特に、利率の高い賃貸不動産投資向けのローンは1件でも多く欲しいところです。しかし、利率が高いということはそれだけリスクが高いということ。借り手の年収や預金額に対して、融資審査が格段に厳しくなります。

スルガショックの全貌はこうです。まず、高い物件価格で買わせたい不動産業者が収益性に乏しい物件を、さも高い利回りのように装って買い手を騙します。次に、銀行の融資審査を通すために、売買契約書や買い手の源泉徴収票、預金通帳を改ざんします。さらに、融資を実行したい銀行の営業マンがそれを黙認し、時には改ざんを主導し、融資審査を欺きます。買い手に残されたのは、多額の借金と収益の出ない物件でした。

明るみになった不正の手口

不動産業者の営業マンは典型的な成果主義です。1件売るごとに数百万円のボーナスが出ますが、逆に売れないと給料は減額されます。また、物件の値引きは販促費から充当されますが、これは営業マンのボーナスの原資でもあり、ひいては営業マンの取り分の目減りに繋がります。よって営業マンには、少しでも高く売りたいという強力なインセンティブが作用していることを心に留めておいてください。

不動産業者がはたらいた不正は二点。ひとつは収益性の低い不動産を買わせようと顧客を騙したこと、もうひとつは融資を引き出すべく銀行を騙したことです。このうち、買い手を騙すのは比較的簡単な手法です。物件の入居率と家賃を捏造し、実際とは乖離した高い利回りを提示したのです。どんなに不動産価格が高くても利回りさえよければ元が取れるため、買い手は不動産価格への疑念が薄れていきます。さらに、空室が出れば利益を補填する家賃保証を提示し、買い手の安心感を醸成します。実際には、家賃保証など単に水増しした物件価格の一部を返しているだけですが。しかも収益性の低い物件を扱う限り、他の物件の売上で家賃を補填する自転車操業に陥るため、いつまで続くか分かりません。契約書の約束が守られる保証はないのです。

では、なぜ買い手だけでなく銀行を騙す必要があったのか。不動産売買の最大のボトルネックが買い手の資金の問題です。多くの銀行は「物件価格の90%」など融資上限を定めています。つまり残り10%は買い手が頭金として用意する必要があります。しかし、僕たちが数千万円の自己資金を調達するのは容易ではありません。そこで不動産業者は自己資金なしで全額ローンにできるよう、銀行を騙したのです。手口はこうです。まず、銀行に提出する不動産売買の契約書の売買額を改ざんします。9千万円で契約した不動産を1億円で売買したことにして、1割の1千万円は買い手が自己資金を準備しているように偽装したのです。銀行にとっては1億円の物件に対し9千万円を融資したことになり、買い手にとっては自己資金ゼロで購入額9千万円が丸ごとローンで調達できたことになります

銀行の融資審査はこれだけではありません。買い手がちゃんとローンを返せるか、支払い能力を厳に審査します。不動産業者はここでも暗躍します。買い手の支払い能力のエビデンスとなる源泉徴収票、納税証明書、預金通帳を偽造し、年収や保有資産を水増ししたのです。

この他、銀行の融資部が融資に値する物件かどうか現地調査する際には、先回りして空室にカーテンを設置したり、ビデオデッキを延々再生して電気メーターを回しておくなど、あたかも入居しているように見せる様々な小細工を弄していました。

以前より不動産業界は一部の業者の不正が半ば公然の事実でした。スルガショックの衝撃は、不動産業者だけでなく、融資を増やして成績を上げたい銀行の営業マンも加わり、組織的に不正が行われたということでした。

不動産投資の誘惑に騙されないために

冒頭に申し上げたとおり、不動産投資は極めて専門的な知見が要求されます。また、購入後に修繕や入退去対策などの資金のテコ入れが必要になる運用の難しい商品です。にも拘わらず、スルガショックは依然として多くの人が不動産投資の利回りに魅せられて、被害に遭っている実態を浮き彫りにしました。被害者は電機、金融、保険といった大手企業に勤める40代がボリュームゾーンで、年収800万円以上と恵まれた境遇の人が大半です。一体、なぜ彼らは不動産投資の誘惑に駆られてしまったのでしょうか。

セールストークのひとつに、利回りに加えて「税金対策」があります。所得税還付と相続税の節税です。しかしこの節税、実際は怪しいものなのです。まず所得税の還付を受けるには、不動産事業の収入がマイナスになっていなければなりません。そもそも不動産投資で収益を上げることと相容れない発想なのです。相続税についても、土地に貸家を建てれば評価額が下がり節税になるというものですが、その代わりに修繕費、管理委託費、そしてローンの利息が発生し、トータルでプラスになるかは疑わしいでしょう。田舎の農地にアパートが乱立している光景を見るたび、胸が痛くなる時があります。

そもそも、現在は不動産投資に適した時期とは到底思えません。前述したとおり、不動産投資は安く物件を手に入れ、高い家賃で運用すること。そして空室を抑えた稼働率が生命線です。

それに対して、近年では都心の1㎡あたりの物件価格は69.6万円と、過去最高額を記録しています。これは需要が増えたわけではなく、五輪前ということもあり、資材・人件費の高騰によるものです。その証拠に賃料はそれほど上がっていません。つまり利回りは悪化する傾向にあります。マンション・アパート等の貸家着工件数は2011年の29万戸から2017年には42万戸となり、6年間で1.4倍に急増しています。円安を追い風とした海外からのマネー流入が不動産市況を下支えしていましたが、世界的な景気後退局面で今後は不透明です。直近の都心の新築販売戸数に対する成約率は62%と低迷し、明らかに供給過多が伺えます。このことから家賃は下落局面を迎えることが予想されます。

不動産運用において提示される利回りは表面上であり、大した意味を持っていません。というのも不動産を運用する上で、固定資産税、修繕費、ローン利息等のランニングコストが掛かってくるからです。こうした収益を圧迫する費用を事前に想定せず表面利回りを強調する業者は全く信頼に値しません。

買い手の姿勢

被害に遭われた方はたいへんお気の毒に思います。確かに収入に見合わないローンを組み、安易なレバレッジを受け入れたことは買い手自身の問題です。しかし適切なリスク説明が為されず、融資審査という歯止めが機能しなかった以上、自己責任などと突き放すのはいかがなものでしょうか。情報の非対称性に付け込み暴利を貪った不動産業者、企業倫理を放棄した銀行が悪いに決まっています。ただ、そうは言っても残念ながら正直者ばかりの世の中でありません。本書で紹介された事例を見ると、いつ誰が同じ被害に遭ってもおかしくないと思います。賢くなる以外に身を守る術はないのです。

被害者の多くが、過去に何度か投資経験のある人でした。結果論ですが、慎重性に欠け、油断があったことは否めません。また、過去の投資で思ったほどの運用益が出ず、「収支改善提案」のような形で業者に入り込まれたケースも多かったようです。

業者にとって、独身、気弱、コミュニケーションが不得意という特性が非常に狙いやすいとのことです。押しに弱く、時には業者の逆切れ商法と呼ばれる恫喝にも似た押し込みで、正常な判断力が奪われてしまう性質があるようです。逆に業者が最も恐れているのは、契約直前で「妻の反対にあった」と冷静に戻られた時だそうです。こうなると業者は一転して不利な立場となり、正常な取引においても値引きに応じざるを得ない場合もあるとか。そのため、不動産会社はCMに女性好感度の高いタレントを起用するほどです。不動産に限らず、「決定権はこちらにある」というポジションを譲らず、主導権を手放さないことが買い手の姿勢の基本です。

まず目につくのは、人の言うことに押し流されやすいタイプだ。指示されたことを生真面目にこなす能力に長けていても、自分で課題や問題を特定してい拓いていくことは得意ではない。まじめな勉強家だが、面と向かって「こうだ!」と言われると、つい受け入れてしまいがち。押しが弱く、不安な点があっても突き詰められないから、ハンコをつかせることしか頭にない営業マンには、格好のカモとなる。

心当たりのある方はサブリースなどに手を出さないことが賢明です。とはいえ、商談の機会は不動産に限りません。というわけで、次のことを徹底して下さい。

意思決定と契約締結は同じ日にしないで下さい。商談の最初に検討から契約までのスケジュールを売り手に提示し、その際には「契約締結だけをする日」を設定して下さい。商談の最後は必ず「こちらから連絡する」として、主導権を離さないで下さい。売り手には相場価格を聞いて下さい。「同じぐらいですよ」という曖昧な返答や即答できない場合は担当変更を要求して下さい。めちゃくちゃ細かいことを言えば、商談室のドアは常に開いておき、ドアに近い方に座って下さい。心理的有利を確保でき、冷静になれます(通常は奥に通されます)。

僕たちの大切な財産を預かる銀行がこんな不正に手を染めてしまうと、あらゆるものに不信感を抱いてしまいがちです。けれども過度に恐れる必要はありません。事象をきっちり学べば、自ずと判断はできるようになります。学ばない人は何を恐れて良いのかが分からず、全てに蓋をしてしまいたくなるものです。スルガショックの全貌を通じ、他山の石として下さい。

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