つい自分にきびしくなってしまうあなたに寄りそう本
こんにちは。
定期圏内のスタバにまだジョイフルメドレーティーラテが残っててうれしいponです。
ありがたいことに先日リクエストいただいて
贈りものにいただいた絵本をここに記録しておきたいと思って筆をとっている。(実際はぽちぽちタイピング)
友人が大切にしている一冊だそうで
読んでほしいとシェアしてもらえることがうれしくて、またサプライズで本を贈るだなんて粋だよなあなんて思いながら
内容もさることながら、その友人の図らいに心底ほっこりした。
そんなシークレットサンタな友人が贈ってくれたのは
「ぼく モグラ キツネ 馬」という本。
そんなつもりがなくても、自分への期待値が高く、気がついたら自分に厳しくなってしまう人
こうでなきゃダメだ、と自分を縛ってしまう・そうであることにまだ気がついていない人
なにか秀でているものがなければ愛されないと潜在的に感じている人
そんな人たちにやさしく寄りそってくれる本。
昔から手持ちぶさたが苦手で、いまだに持て余した時間をどう過ごそうかとそわそわする性分。こころに余裕を持つためにはこれでいいんだと言い聞かせながらも、お気に入りのルーティンには出会えずここまできていた。
なのでいつも何かしらの予定をいれてしまう。それも気晴らしの遊びの予定ではなく、きまって少し緊張感のある仕事。
たのしいし、勉強になるし、拘束されているという事実だけで仕事をしているあいだは罪悪感がない。時間があるならいれてしまおう。と手帳に書き込んでしまうのだ。
するとどうだろう。気がつけば1ヶ月のなかに休みがあるかないか。こうなってくると疲れているのに頭はフル回転、寝つきは悪いわ眠りは浅いわで数ヶ月で体力的にも精神的にも追い込まれていたりする。
シークレットサンタの友人も「休みはつくらないとだよ」と日頃気にかけてくれていたが、そんな忠告には耳もかさず。
「たのしい、まだやれる。」の気持ちだけで毎日駆けまわっていた。
すると1年前、食いしばりが原因で顎関節症になった。自分の身体が疲労から悲鳴をあげていることに気づいたはじめての瞬間だった。
仕事だってそれなりに真剣にやっているから
もっとできるようになりたい、現場でわからなかったことや発見した自分に足りないところは勉強して補いたい。
知らないうちに自分に求めているものは多くなるし、理想はどんどん高くなる。
必死に泳ぎ続けていると、ついつい息つぎを忘れてしまう。
それでも
「身体には気をつけてね」
「たまには休むんだよ」
「気晴らしにお茶でもいこうよ」
気にかけてくれる人たちがまわりにいる
それをやさしく気づかせてくれる本。
きっとこの本を贈ることも、友人にとって「気にかけているよ」のメッセージなんだろう。
自分でじぶんをハグしよう
肩の力をぬいて、深呼吸しよう
焦ることはなにもない
時間をおいて読みなおせばまた感じることも違うんだろう。
その時の自分はなにを思うんだろう。
たのしみが増えた。
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