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ルワンダコーヒーの徹底解説【保存版】

ルワンダを幾度となく訪れ、ルワンダの研究やお仕事をやっていた宮崎が、

ルワンダコーヒーについて徹底的に解説します。

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これを読めば、ルワンダコーヒーについてかなり詳しくなります。

コーヒーマニアのかたにも
コーヒーのお仕事をされているかたにも
読んでいただけるレベルに仕上げました。

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保存しておいて時々読み返したり、
お時間があるときにコーヒー片手にパソコンで読んだり、
そういう読み方がおすすめです。

ルワンダはコーヒーの楽園

ルワンダはコーヒー栽培に適した国です。

いわゆるコーヒーベルトの中でも標高が高く、気温の日較差と適度に冷涼な気候です。*1

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具体的には、

▶︎ 平均気温は年間を通して20度前後(熱帯気候 Aw)

▶︎ 標高は1,600mくらいだから、赤道直下なのに涼しい

▶︎ 乾季と雨季がはっきりと分かれている*2

▶︎ 火山性で有機物が多く含まれる土壌

などなど。
特にアラビカ種の生育に最適な土地だとされています(Guariso et al. 2012)

コーヒーにとって育ちやすいルワンダは、人間にとっても住みやすい環境です。

だから人口密度が高く、コーヒー畑は意外と小さいです。

現在、ルワンダの人口は1,300万人程度です。面積は26,000㎢ですから、人口密度は500人/㎢となります。日本は340人/㎢に届かないので、日本より全然高いです。*3

東京よりは低いけれど、大阪よりは混み合うくらいですね。
そんな場所で粗放的な農業を行うわけにはいきません。

ルワンダのコーヒー農家の作付面積は、1人あたり0.1ha程度(NAEB [2018]をもとに宮崎が計算)。

自分の裏庭(と呼ぶにはさすがに大きいですが)で、丹精込めて育てているイメージです。
大規模農園はほとんどありません。

限られた土地だからこそ、大事に育てています。

ルワンダでは「量より質」が重視されています。
農家さんだけでなく、政府としてもその考えのようです。

肥料や防虫剤の配布をはじめとした農業支援、CWS(Coffee Washing Station:コーヒーの精製所)の建設支援にも力を入れています。

また政策として、スペシャルティコーヒー以外の生産をdiscourage(抑制)しています。
(コモディティコーヒー作ったら怒られるのでしょうか。こわい。)

ルワンダにおいては基本的に、フリーウォッシュドのコーヒーが奨励されているようです。

ナチュラルやセミウォッシュドもありますが、そのほとんどはコモディティコーヒーの立ち位置で、品質は低いものと見做されています。

なお最近はナチュラルのルワンダコーヒーが国際的に評価され、流通していますが、生産量からすればごく一部です。

公式統計にナチュラルが登場したのも2017年が最初とされており(Agri Logic 2018a)、ルワンダ政府としてはウォッシュドを非常に強く推奨している様子が伺えます。

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【コラム】ルワンダコーヒーのポテト臭問題

そんな魅力的なルワンダコーヒーなのですが、ごく一部の豆から「ポテト臭」と呼ばれる悪臭がします。

ポテト臭とは何なのかというと、その名の通りポテトの臭いです。(Counterculture 2020)

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詳しくいえばIPMPやIBMPなどという化学物質が検出されています(Jackels et al, 2014)。
IPMPはピーマン、腐った植物のような臭いだとも言われています(国立医薬品食品衛生研究所 2015)。

ソースが不確かなので載せませんが、IPMP自体は必ずしも忌避される臭いとは限らないようです。
とはいえ、コーヒーにピーマンとかポテトが混じっているとやっぱり嫌なので、困った問題ですね。

そうしたポテト臭は、バクテリアによって引き起こされているようです。
カメムシがコーヒーを食べるときにバクテリアが入り込みまして、それが異臭の原因となっているようですね(Jackels et al. 2014)。

それではそのバクテリアがどういうきっかけでコーヒー豆に住み着くかというと、
これはいまだに議論が行われています。

最有力説は、カメムシ(アンテスティアといいます)による食害とする説です(Bigirimana et al. 2019)。
カメムシがコーヒーチェリーを食べた時にバクテリアをつけてしまうようです。

ちなみにBigirimana et al. [2019]という論文では、CBB(Coffee Berry Borer:コーヒーノミキクイムシ)という、えげつない見た目をした虫による影響も考察しています。
同論文によれば、CBBとポテト臭との関係はそんなにないのではないかという結論でしたが、まだまだポテト臭の原因について盛んな議論が行われているようです。

というわけで実際にはカメムシ以外にも影響を及ぼすものはあるのかもしれませんが、
とりあえずカメムシへの対策は有効だと思われています。

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とはいえ、いまだに根本的な対処法はなかなか見つかりません。
有り体にいえばカメムシを撃退できればいいのでしょうが、実際には難しいようです。

剪定や殺虫剤によってかなりのレベルまで除去できるようですが(Bigirimana et al. 2019)、
すべての農家さんでそういった手段が取れるわけではありません。

ルワンダ政府としても(かなりのコストを掛けて)殺虫剤の配布など対策をしていますし(NAEB 2018)、
各農家さんとしてもカメムシコントロールに日々励んでいるようなのですが、

残念ながら、ルワンダコーヒーからはいまだにポテト臭が発生しています。

ポテト臭が厄介なのは、焙煎するまで中々気づかないということです。

見た目で判別できるものはほとんどなく、ポテト臭に対する画期的な対策は今のところありません(Thoumsin 2019)。

生の状態でもほんの少し臭うこともあるらしいのですが(Kornman 2017)、
除去の方法として使えるほどではないみたいです。

基本的には、焙煎するまで(あるいは粉にするまで)良い匂いに紛れています。
そのわりに焙煎したらひどい臭いがするので、タチが悪いですね。

現実的な対策としては、コーヒーを淹れるときに排除するしかありません。

幸い、1粒のコーヒー豆にポテト臭がついていても、麻袋に入ったコーヒー豆すべてがダメということはありません。
そのコーヒー豆だけを取り除けばOKです。

というわけで、たとえば100gの豆があるとして、それら全部を一気に挽いてしまうのではなく、たとえば10gずつ挽いてください。
抽出する前でも、粉になっていればポテト臭は分かります。
(Counterculture 2020)

ちなみに、ルワンダコーヒーの(たぶん)最大の問題として有名なポテト臭ですが、実は割合としてはかなり少ないです。

現地での発生数としては数%あるようなのですが、
バイヤーさんがいろんな観点から厳選してくれています。

日本に流通しているルワンダコーヒーで、ポテト臭を引き当てるのは逆に難しいです。(←これ大事)

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堀口珈琲さんで扱っているブルンジコーヒー(ルワンダと同じくポテト臭に悩まされている国の1つです)では、「60キロ単位の麻袋に対し、その中に1粒か2粒程度混ざっている可能性が捨てきれません」(堀口珈琲 2013)

言ってみればその程度なので、あまり気にしすぎないようにルワンダコーヒーを楽しみましょう。

コーヒーとルワンダ社会

少し視野を広げます。
コーヒーを栽培しているルワンダという国を、
コーヒーを通して見ていきましょう。

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ルワンダはコーヒーの国として有名ですが、

ルワンダの人はコーヒーをほとんど飲みません。
作って売るだけです。

コーヒーはその後大半が国外に輸出されていくので、
ルワンダ人が生活の中でコーヒーを見かける機会はあまりないです。

年間2.2万トンほど生産されていますが、そのうち2万トンが輸出に回ります(NAEB 2018)。

(ちなみに、ルワンダ人はチャイを飲みます。ルワンダのチャイは生姜が効いていて非常に美味です。)

実際に宮崎はルワンダを散々観察していましたが、カフェはほとんどありません。
ゼロとは言いませんが、首都キガリや、生産地として有名なフイエなどでも数えるほどしかありません。

ルワンダの友達を連れてカフェでコーヒーを飲んでいたら、ものすごい量の砂糖を入れていました。
よほど馴染みがなかったと見えます。

カフェのメインターゲットは外国人です。
メニューブックにも、現地語ではなく英語が目立ちます。

ルワンダ人にとって、コーヒーは外国人のためのものです。

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(バーボンカフェ@キガリ のカプチーノ)

そんなルワンダの歴史を、コーヒーを通して見ていきましょう。

歴史的に見てもコーヒーは外国人のためのものです。

そもそもルワンダのコーヒー史は外国人によって拓かれました。

ルワンダのコーヒー栽培がはじまったのは20世紀初頭です。
宗主国のドイツが、ルワンダにコーヒーの木を持ち込みました。
持ち込まれたのは、レユニオン島(フランス領)で育てられたブルボン種でした。*4

ルワンダは地理的にエチオピアに近く、上述した通りコーヒーの生育にも適しています。
でも、直接入ってくることはなかったのですね。ふしぎ。

もともとルワンダにコーヒーを持ち込んだ宗主国のドイツですが、
第一次大戦に敗れ、ルワンダ統治の権利を失います。

代わりに、ルワンダ統治はベルギーに移ります。

1918年にはじまり1962年まで続いたベルギー統治下でも、
コーヒーは積極的に栽培されました。
(栽培するよう強制されたこともありました)

ちなみに独立するまではルアンダ=ウルンディという名前で、ブルンジと同じ国扱いでした。

独立したのは1962年です。独立後もコーヒーは作り続けられます。

1962年の独立から1994年のジェノサイドまでは、カイバンダ大統領とハビャリマナ大統領という2人の大統領によって統治されます。
(30年間で政権交代は1回。ながい)

特に1994年まで20年間大統領であり続けたハビャリマナは、農民重視を謳う政権でした。
ハビャリマナ政権下で、ルワンダコーヒーの栽培が盛んに行われます。
1980年代には輸出額に占めるコーヒーの割合は7~8割を占めるようになります(武内 2009)。

コーヒーはもともとヨーロッパ諸国によって持ち込まれ、なかば嫌々育てさせられたものでした。
ところがいつしか、ルワンダ経済にとってコーヒーはなくてはならないものとなっていました。

このコーヒー依存の経済政策が、1994年のルワンダの悲劇につながるのです。

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(モツとバナナと豆のトマト煮込み。アガトゴっていいます、朝ごはんにどうぞ)

コーヒーとジェノサイド

ルワンダはやはりジェノサイドが有名ですが、
コーヒー価格の国際的下落がジェノサイドの遠因であると、ルワンダ研究の第一人者である武内進一先生は議論しています(武内 2007)。

以下、ぼくの修士論文を参考に、ルワンダ近代史を詳しく見ていきましょう。

1980年代まで、ルワンダ経済はコーヒーによって支えられていました。
そのコーヒー価格が1980年代後半に崩壊し、ルワンダの経済不振が加速します。

1980年代は、もともと世界銀行による構造調整政策が行われ、国際社会からの援助が減っていたタイミングでした。

そこに最大の輸出品目であるコーヒーの値崩れが起こり、ハビャリマナ政権は一気に安定性を失います。

経済状況は悪化し、それに伴い国民の間でも殺伐とした空気が流れはじめました。

もともとルワンダの民族はトゥチ(少数派)とフトゥ(多数派)に大きく分けられて、でも普通に共存していたといいます。

ところが経済が崩れると、少数派であるトゥチが利益を独占している、などとする言説が蔓延しました。

そこで、徐々にトゥチに対する迫害が起こりはじめたようです。

実はトゥチの有力者の一部はウガンダに避難しており、そこでRPF(ルワンダ愛国戦線)という軍隊を組織していました。

そのRPFが1990年、トゥチの保護を名目としてルワンダに侵攻します。それが紛争のはじまりでした。
ハビャリマナ政権とRPFの間の紛争は1990年から1994年までつづきます。

とはいえ、ハビャリマナ政権は穏健派として知られており、それほど積極的ではなかったのかもしれません。
またRPFを率いていたカガメ司令官にも、ルワンダの政府軍に対してどの程度の勝算があったのか定かではありません。

結局、決め手に欠けるまま紛争はずるずる続きました。

ところが、1994年4月6日を境に、状況は一気に暗転します。

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(キガリにある虐殺記念館。奥に見えるビル街が中心地)

4月6日の夜、ハビャリマナ大統領(と、ンタリャミラ・ブルンジ大統領)が乗った飛行機が、「何者かが発射したミサイルによって」キガリ空港付近で撃墜され、亡くなりました。

その直後に、
犯人はトゥチだ!
トゥチを殺せ!
という声がルワンダ中を駆け巡ります。

当時ルワンダ人全員に配られていたIDカードに基づき、トゥチに対する組織的な殺戮がはじまりました。

ハビャリマナ大統領の大統領機墜落は4月6日の20時過ぎだったのですが、
すぐに(あまりにもすぐに)ジェノサイドがはじまります。

インテラハムウェと呼ばれる民兵が中心となり、マシンガンや農具を片手にトゥチを手当たり次第に探し出します。
4月7日の未明にはジェノサイドがはじまりました。

それからたった数ヶ月の間に、50万人以上が殺害されました。
当時の人口は600万人程度だったので、人口の10分の1以上が殺されたことになります。
救いも何もない、狂気の出来事でした。

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(ホテル・ミルコリンのプールバーです。映画「ホテルルワンダ」のモデルになりました)

ジェノサイドは、最終的にRPFがルワンダ全土を掌握することで終結することになりました。それが同年7月のことです。

ジェノサイドでは大勢が命を落としました。
生き残ったものの、障害を負ってしまった方も大勢います。
さらに加害者として投獄される人も多かったのです。

ジェノサイドによって人的資本は奪われ、ルワンダ経済は崩壊しました。
文字通りの崩壊でした。

もちろん、コーヒー産業も例外ではありません。

コーヒーの影響で引き起こされたジェノサイドは、
ルワンダにおけるコーヒー産業を壊滅させます。

1990年代前半、60kgバッグ換算で、40万袋〜60万袋程度を輸出していたのですが、
ジェノサイドによって一気に2.2万袋に激減しました(ICO 2020b)

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(ICO [2020b]をもとに、宮崎が作成。y軸の単位は60kg袋1000個分(以下同じ))

20世紀を通して育まれてきたルワンダコーヒーの伝統は、
ジェノサイドによって立ち直れないほどの打撃を受けることになります。

コーヒーと奇跡の復興

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さて、少し明るい話題に戻しましょう。

みなさんは、現在のルワンダといえば、どういうイメージでしょうか?

ジェノサイドの傷跡、などとよく言われますが、
普通に街を歩いているだけだと、ジェノサイドなどまず感じられません。

極めて平和で、治安も抜群に良好で、一貫して経済は成長しつづけています。
GDPの観点から言えば、ジェノサイド終結から20年以上にわたってプラス成長を続けています。(World Bank 2020a)

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(キガリにそびえ立つ商業ビル。通称「キガリタワー」)

「奇跡の復興」という言葉がぴったりです。

そうした復興を牽引したのが、ジェノサイドを終結に導いたカガメ司令官(現大統領)でした。
もはや20年以上も大統領の座に就いており、強権的という批判はあります(たとえばReyntjens [2004])。
それでも、現在のルワンダがあるのは紛れもなく彼の影響が大きいです。

ルワンダはそもそも、天然資源に乏しく、さらに内陸国というハンディキャップを背負った国でした。

カガメ大統領はそうしたデメリットを乗り越えようと、あの手この手を繰り出していきます。
たとえばIT分野などではルワンダはわりと有名で、一定の成果を上げています。

いまやアフリカの優等生といえばルワンダと言われるほど、世界的にも評価されています。

世界銀行の投資環境ランキング(Ease of Doing Business Ranking)では世界ランキングで38位、アフリカではモーリシャスに続いて2番目です。ちなみに日本は29位です。(World Bank 2020b)

ルワンダの将来を支えるのは子どもたちと考え、教育にも投資しています。
ぼくもルワンダの教育に少し関わっていたのですが、なかなか盛り上がっています。

(そういえばハブ空港建設構想ってあったんですが、あれ、どうなったんでしょう? 誰か教えて?)

ほかにも、
首都キガリにある血液センターから地方の病院まで、血液の入ったバッグをドローンでぶっ飛ばす、なんていう事業も行われていたりします。
まあこれは外国資本なんですが、画期的な方法は躊躇なく取り入れる積極性が光ります(Zipline 2020)。

とにかく、あの手この手です。
ルワンダ人ってぱっと見ると物静かに見えるんですが、意外とpassionateなのですよ。

話をコーヒーに戻して。

そんなカガメ大統領にとって、コーヒーも当然に注力分野なのだと思います。
というより、やはりルワンダにとってコーヒーは今も昔も主要な商品作物であるため、そこを疎かにすることはできません。

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(ICO [2020b]をもとに、宮崎が作成)

先ほどの図について、時間を現在にまで引き伸ばしたものです。

輸出量としては、ジェノサイド以前の水準には戻っていません。

これを見て、どう思いますか?

カガメといえども、コーヒー産業の再生には失敗したのでしょうか?

おそらく、全然そんなことはないです。
むしろルワンダは、21世紀のコーヒー生産においては顕著な成功例だと思います。

現代ルワンダでは、コーヒーの質がかなり重視されています。

今のルワンダコーヒーの特徴は、スペシャルティコーヒーへの注力にあります。
とにかく小さいコーヒー畑を最大限有効活用するための、素晴らしい工夫だと思います。

政府としては上で述べた通り、コモディティコーヒーの生産をdiscourageする一方で、肥料や防虫剤を各農家に配布しています。

政府の要請に応える意味もあり、各農家とも高品質なコーヒーの栽培につとめています。
たとえばCWSは特定の農家からしか買い付けを行わないなど、強い品質管理が見受けられます(Agri Logic 2018b)

とはいえ一度崩壊したコーヒー産業はそう簡単に再生しません。

そこでカガメ政権は巧みな外交術で、外国資本を多数呼び込みました。

コーヒーの分野では、USAIDなどによるPEARLプロジェクトやSPREADプロジェクトなどが有名ですね。

外国資本の協力も得て、CWSの建設をものすごい勢いで進めました。

ジェノサイド以前は、各農家で簡易的な精製を行っていたようです*5。
CWSは2002年時点で2つしかありませんでした(Agri Logic 2018a)。
2000年前後までは、ルワンダでもコモディティコーヒーの生産が主だったのでしょう。

簡易的な精製によるコモディティコーヒーは、そもそも値段が安いことに加え、値段が上下しやすいと考えられています。

コモディティコーヒーの値段は、ニューヨーク証券取引所での取引価格が基準となってきたと言われています(生豆本舗 2020)
デリバティブの1つとして投機マネーの動向にも左右されます。

武内 [2009]にもあるように、
コーヒー価格の下落はルワンダの場合、経済不振にそのまま繋がりかねません。

それに対してスペシャルティコーヒーも価格変動はありますが、コモディティコーヒーに比べれば金融的な影響は受けづらいです。

現在ルワンダには、大きなCWSが300個ほどあります。
Agri Logic [2018b]によれば、その処理能力は2万トンに及び、すでにルワンダで収穫されるコーヒー豆全体をカバーできる程度です。

現実にはCWSに持ち込まれずに処理されるコーヒー豆も一定程度ある*6ことを鑑みると、過剰スペックの感も否めないくらいです(Agri Logic 2018b)

当然、めちゃめちゃ高品質なコーヒー豆が生産できます。

というわけでルワンダコーヒーはおいしいんですね。

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おいしいから、取引価格も安定的に高いです。

いま、ルワンダコーヒーの生豆価格は、1kg当たり3.4ドル(NAEB 2018)と、高い水準にあります。
推移を見ても、価格は安定しているようです。

ニューヨーク市場のコーヒー価格が、2018年時点でだいたい2.6ドルです(全日本コーヒー協会[2019]より宮崎が計算)。
そう考えると、3.4ドルというのは高いです。
量を多少犠牲にしても、質に注力している戦略は奏功しているのでしょう。

(2020年9月22日:間違いがありましたので修正しました)

スペシャルティコーヒーに狙いを定めているからこその3.4ドルなのですが、ルワンダコーヒーはとにかく質を重視しているわけです

ルワンダコーヒーの生産量は、世界中で作られているコーヒーのわずか0.2%にすぎません。(ICO [2020a]をもとに宮崎が計算)

それでも、ルワンダコーヒーは有名です。

アフリカで最初のCup of Excellenceのホスト国にもなり、世界的なコーヒーの産地として認められるようになりました。

ジェノサイド直後のルワンダからは想像もできなかった未来が訪れています。

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(マーケットは活気にあふれてますねー。アボカドがおいしい)

コロナ禍のルワンダコーヒー

日本でも現在進行形のコロナ禍ですが、ルワンダでも事情は同じです。

特に最近、コロナはかなり流行しているようです。
8月23日(日)には感染者数が過去最高となるなど、苦しい状況が続いています(Cyuzuzo 2020)

ルワンダ・キガリの友人によれば、4月には外出が強く制限され、日用品の買い物すら容易ではなかったと言います。
とはいえ最近は外出も可能なようで、そのタイミングで感染が増えている点はどこの国でも同じなのかもしれません。

コロナの影響はコーヒー産業にも強い影響を及ぼしているようです。

2020年4月のコーヒー輸出額は、昨年同月比で△93%減です。かなり大変です。(NAEB 2020)

直近は売買状況が芳しくない中で減少トレンドに入っていたので、コロナ以外の影響ももちろんあるでしょう。
ただ、コロナが与える影響はどう考えても大きいように思います。

とはいえ、コロナによってルワンダコーヒー産業が衰退するかというと、ぼくはそうは思いません。

コーヒーは、生豆の状態にしてしまえば比較的保存が効く作物です。

また現在、4月時点で見られたような強力な外出禁止令はどうやらないようですし、農作業は継続して行われていることが予想できます。

(9月9日追記:友人によれば、都市間移動の制限(いわゆるロックダウン)や夜間外出制限などは最近あったようです)

そもそもマイナスからのスペシャルティコーヒー作りの経験、すでにコミュニティやCWSの整備が一通り完了している点を考慮すれば、レジリエンスは高いのではないでしょうか。

楽観的な予測はできませんが、必ずしもお先真っ暗というわけではないと考えています。

以前のように、美味しいルワンダコーヒーを安定的に飲めることを楽しみにしています。

おわり。

脚注と雑談

(脚注と雑談1)

みなさんアフリカというと広大なサバンナを想像されるのですが、
ルワンダは「千の丘の国」と呼ばれるだけあって、平地はほとんどありません。

どこに行っても、だいたい登り坂か下り坂です。
他のアフリカ諸国に比べて、自転車の普及率が圧倒的に低いです(宮崎しらべ)

フイエの近くで自転車を借りて漕いでいたら、崖から落ちかけました。
千の丘の国っていうけど、実際は丘っていうか絶壁も多いんですよ。落ちかけた崖から下を覗き込んだら、20mくらい下に川が流れていました。

ちなみにルワンダにはモトタクシーっていう、バイクの後ろにニケツして運んでもらうサービスがあります(通称バイタクです)
それに加えて一部の都市では、チャリタクっていうものもあります。

バイタクに比べて、ちょっと値段が安いです。
わりと汗だくなお兄さんの自転車に乗せてもらって、恐縮しながら運ばれるサービスです。

普通に自転車を漕ぐだけでもしんどいのに、ニケツで客を運ぶのは並々ならぬ気合が入っています。
これでご飯を食べていくには、限りない脚力と気力が求められます。

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(お兄さん、健脚!)

(脚注と雑談2)

ルワンダは雨季が2回あります。3月から4月あたりの大雨季と、10月すぎからの小雨季ですね。

雨季といっても、1日中雨が降り続くことはありません。短時間に集中して降るスコールです。

数時間待てば止むので、数時間待つ人が多いです。
「雨が降ったから行かない」というアフリカっぽい言い訳は、実在します。

でもぼくは雨だからといって遅れられません。
日本人同士の約束で、「雨が降ったから遅れました」とか言えないじゃないですか。

周りから変な目で見られつつ、ずぶ濡れになりながらキガリの街を走った覚えがあります。

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(スコーーール!!!)

(脚注と雑談3)

宮崎は、ルワンダに合計で1年間ぐらい滞在していました。
非常に過ごしやすく、そういえば風邪をひいたことはありません。

人口密度が高いところは、暮らしやすいから人口密度が高いんですよね。
ルワンダは非常に良い場所です、ご飯もおいしいし。

本当かは知りませんが、首都キガリはかなり標高が高く、そのためマラリアもあまり流行しないらしいです。
ハマダカ蚊は標高の高いところでは生息しづらいとか言われたけど、ほんとかな?

ルワンダではマラリアに感染しなかったのですが、マラウイで感染したことがあります。

死ぬかと思いました。

(脚注と雑談4)

ルワンダコーヒーの品種はブルボンが有名ですが、カトゥアイ、ミビリジなども育てられています。(RDB 2020)
いずれもブルボンの血筋が入っている意味では近いみたいですけどね。

ロブスタの生産についても所々で言及されていますが、正確な生産量は分かりませんでした。

なおブルボン種については、ルワンダはエルサルバドルと並んで有名な産地だといわれています(Colonna-Dashwood 2017)。
品種の影響ってどれくらいあるのか、品種以外の影響ってどれくらいなのか、改めて飲み比べてみたいものです。

ちなみにエルサルバドルでは、標高1,500mぐらいを基準にグレードを分けています。
単純に標高の面から言えばルワンダのほうが高いわけで(もちろんその他に様々な要素が影響するのは言うまでもありませんが)、ルワンダは本当に恵まれた土地だなあと思います。

(脚注と雑談5)

今でもCWSに持ち込まずにそのまま乾燥させることもあるようですが(Church and Clay 2016)、
基本的にはコーヒーはコミュニティにあるCWSに持ち込まれることになっています。

CWSに持ち込まれたコーヒーチェリーは、他の畑のものと混ぜられます。

だから、それ以降は誰が育てた豆なのかを追跡することは実質的に不可能です。

政府としてもトレーサビリティは課題として認識しているのですが、現状では一部の例外を除いて、CWSよりも細かい情報はトレースできません。

トレースしたところで、1つのコーヒー畑から生産できるコーヒー豆は麻袋1つ分とかです。
○○農園産、とかでブランディングできるほどの規模ではないのです。

顔が見えるという意味では面白いですが、商業的にトレーサビリティを使うのは難易度が高そうですねえ。
でもやってみたいです。

(脚注と雑談6)

CWSを使わずに精製する農家さんもいる理由としては、
たとえばコーヒー畑からCWSが遠いなどが挙げられます(Church and Clay 2016)

で、ここからはぼくの(元)専門分野なのですが。

推奨されているとか、政府の方針とか、さっきから、口うるさく言ってるじゃないですか。
そんなの無視したらいいと、思いません?

違うんですよ。
ルワンダって、そういうところはすごく特殊な国なのですよ。

ウムガンダっていう、毎月最終土曜日の午前中に、ルワンダ国民が一丸となって街の掃除などをする強制参加イベントがあるんです。

(理解しがたいことは重々承知です。ただ説明すると長いので、なんかすごいイベントが毎月あると思ってください)

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(道路にゴミは落ちていません。きれいでしょ?)

そのウムガンダの後に集会が開かれて、地域の問題が話し合われたり、こうやったら良いよと、お偉いさんから「アドバイス」があったりします。

実際見学しましたが、なかなか迫力がありました。

推奨されているとか、政府の方針とかの影響力は、ルワンダにおいてはかなり大きいんです。

ウムガンダってネットで調べるとたぶん表層的なことばかり出てくると思うんですが、
まあ課題も色々あるのですよ。

ちなみに今ルワンダの友人に聞いたら、さすがにコロナの影響でウムガンダはやっていないらしいですね。

参考文献

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Agri Logic, 2018b, “Coffee Export Capabilities: Assessment of Export Capabilities of 20 Coffee Cooperatives in Burundi and Rwanda,” https://agri-logic.nl/wp-content/uploads/2018/07/TWIN-TMEA-Export-Capability-Study_narrative-report_final_public-version.pdf .

Bigirimana, Joseph, Adams, Christopher, Gatarayiha, Celestin, Muhutu, Jean Claude, Gut, Larry, 2019, ‘Occurrence of Potato Taste Defect in Coffee and Its Relations with Management Pactices in Rwanda,’ “Agriculture Ecosystems & Environment” 269.

Church, Ruth Ann, and Clay, Daniel, 2016, ‘Estimating Farmer Cost of Production for Fully-Washed Coffee in Rwanda,’  Michigan State University, Department of Agricultural, Food, and Resource Economics, Feed the Future Innovation Lab for Food Security (FSP), “Feed the Future Innovation Lab for Food Security Policy Research Papers,” 259514.

Colonna-Dashwood, Maxwell, 2017, "The Coffee Dictionary: An A-Z of Coffee, from Growing & Roasting to Brewing & Tasting," Mitchell Beazley.

Counterculture, 2020, ‘Potato Taste Defect,’ https://counterculturecoffee.com/blog/potato-taste-defect.

Cyuzuzo, Samba, 2020, ‘Rwanda Records Highest Covid-19 Cases in Single Day,” BBC News, https://www.bbc.com/news/topics/cwlw3xz0zdet/rwanda.

Guariso, Andrea, Ngabitsinze, Jean, and Verpoorten, Marijke, 2012, ’The Rwandan Coffee Sector: out of the Ordinary,’ Reyntjens, Filip, Vandeginste, Stef,and Verpoorten, Marijke eds. “L’Afrique des grands lacs. Annuaire 2011-2012” L’Harmattan.

International Coffee Organization (ICO), 2020a, ‘Coffee Production by Exporting Countries,’http://www.ico.org/prices/po-production.pdf.

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Jackels, Susan,Marshall, Eric, Omaiye, Angelica, Gianan, Robert , Lee, Fabrice, and Jackels, Charles, 2014, ‘GCMS Investigation of Volatile Compounds in Green Coffee Affected by Potato Taste Defect and the Antestia Bug,’ “Journal of Agricultural and Food Chemistry,” 62(42).

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