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小指の所在 上

林田くんはコンビニ店員だ。
フルタイムでシフトに入り、主に深夜帯で勤務していた。
慣れているとはいえ、客足が遠のく午前三時あたりになると眠気がやってくる。
防犯上、事務所にばかりいるわけにもいかない。
その上、彼は一度寝てしまうと起きれないタイプのロングスリーパーだったものだから、何がなんでも起きていなければならなかった。

ある夏の夜。深夜三時を回った頃。
うつらうつらしながらレジに立っていると、客が入ってきた。
白いワンピースに黒いキャップ、いかにも最近風の女性。
彼女の左手がビールを一缶、ことりと音を立ててレジへ置く。
なんとも言えない違和感を感じた。
数秒、目を凝らす。
滑らかな白い手。爪には桜色のネイル。
指が一本、二本……

――左手小指がない。

眠気が飛ぶほど驚いた。
血は出ていないが、瑞々しい断面がそこにあった。
顕微鏡のプレパラートを押し当てたように、黄色い脂肪や脈打つ血管、細胞の動きがはっきりと見える。
「あ、これ? 気になりますか」
不意な明るい声。
客からのいきなりの問いかけに思考回路が止まった。
彼女は返事を待たない。
「この小指、夢で失くしちゃったんです。みつけたら教えてくださいね――すぐに取りに行くから」
そう言って、支払いを済ませ、何事もなかったかのように夜の街へと消えていった。
 
眠過ぎて変な夢を見ていただけ。そう思いたかった。
だが、彼女を見たその日から、毎晩、夢で彼女の小指を見つけてしまった。
夢の中で注視したその場所に指が現れる。
白く細い小さい指。おそらく小指だろう。爪には桜色のネイルが施されている。
その質感。大きさ。雰囲気。
どう考えてもあの女性の指だと思えるのだ。
楽しい夢を見ていても、指を見つけた瞬間、急に現実に引き戻されてしまう。
そして「みつけてしまった。明日あの女に会ったらどうしよう」と怯えながら目を覚ますことが続いた。
そのうち寝ることさえ怖くなり、満足な睡眠が取れなくなった。
起きれば寝不足で働き、彼女が今日にも来るかもしれないと怯えて過ごす日々。
彼の神経を磨滅させていった。

「店長、申し訳ないんですが勤務時間を変更したくて……あの、その……恥ずかしい話なんですが、変な女がいたのが怖くて……」

店長は林田くんの話を親身になって聞いてくれたそうだ。
しかし、勤務時間の変更については首を縦にふらなかった。
なぜなら。
あの日、あの時間、ビールの販売履歴はなかったし、監視カメラに女性は映っていなかったのだ。
時間の変更の代わりに、少しばかりのお休みを提案されて終わってしまった。

それから時間が少し経った、秋口の深夜。
林田くんは変わらず夢で小指を見つける日々だったが、毎日のこととして意識しなくなっていた。

その日も、深夜勤務をしていた。
午前三時あたり。レジでうつらうつらとしていたら。
あの女性が、店に入ってきた。
一気に眠気が飛び、脂汗が吹き出る。
白いワンピースに黒いキャップ。
軽い足取りは楽しげにも見えた。
ビールを持って、レジに近寄ってくる。

ことり。
ビールをレジに置いた。

「なんで見つけたのに無視するの?」

そういう彼女の指は、五本揃っていた。
思わず顔をあげると、美しく微笑む顔があった。
「次は、直接行くね」

林田くんはその日からまた寝ることが恐ろしくなり、数日で体調を崩した。
夢では小指が現れなくなっていたが、女の「直接行くね」が何を示しているのかがわからない以上、ゆっくりと眠れなかった。
何をしたらいいのかわからない。
どう逃げればいいのかわからない。
精神がギリギリまで削られていく。

思い切って、再度店長に相談したが訝しげな目で見られた。
なぜなら、やはりその日も。
その時間にビールの販売履歴はなく、監視カメラには誰も映っていなかったからだ。

確かにお金のやり取りをし、確かに言葉を聞いたのに。
コンビニを辞めるのは簡単だが、それで解決するかはわからない。
睡眠が足りず朦朧とする頭の中で『お祓い』という言葉が浮かんだ。

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