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デビッドバーンのマルタンマルジェラみたいなセットアップスーツ「ストップメイキングセンス」

マルタンマルジェラの白のセットアップのような格好の男が、画面隅から出てきて、ポータブルカセットプレイヤーを地面に置く。デビッドバーンの言葉は人物や物事が記号的であり、繰り返し歌われるのは「交換可能な」自分たちの存在である。その態度は死に向かって生きている人のそれだと思った。一曲目の「サイコキラー」では、リズムボックスの音に乗せてアコギ一本で俺の人生より猟奇殺人犯のほうがマシだとシニカルに歌われる。最後にチャップリンのようなステップを踏む。二曲目でベースのトムトムクラブのティナが加わる。ティナはまるで60年台のフランスのイエイエのアイドルのような服装と髪型で、くねくねしたリズムの取り方もフランスギャルを思わせる。演奏が異様に緊密だが、出てくる音が無機質なのが面白い。禁欲的な感じ。舞台裏の人たちの顔がはっきり見え、装置を移動するところも映される。意図的に演劇的である。二曲目のヘブンでは天国で好きな曲をバンドが繰り返し演奏してくれるバーの歌で、歌詞が厭世的だ。ゆらゆら帝国にもそっくりな曲があった気がする。三曲目でドラムのクリスが加わる。日曜大工のお兄ちゃんのような格好であり、この三人のある種一体感のない、自由でリベラルな雰囲気はいかにもニューヨーク的だ。デビッドバーンの執拗に繰り返す動作には自閉症を思わせる何かがある。彼らの歌詞にはコカインが出てきたり、資本主義社会の虚無感をテーマにしたり、おぼっちゃんのこまっしゃくれた感じが好きになれない人も多いと思うが、私はこの意図された演劇的な演出に自虐とユーモアを感じ、胸にくるものがあった。最後の方の超でか肩パッドの上下白のスーツ姿は、遠くからみるとまるででかい消しゴムみたいである。それはまるで、大昔のアフリカの壁画に見られるデフォルメされた人間そのものだ。曲間で人体のパーツを映し出す一幕もあり、デフォルメ、記号化された人物、人生がひとつの主題となるであろう。それが何を意味するのかは私にはわからない。でも、わからなくても良い気がする。

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