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私の英国物語 Broadhurst Gardens NW6 (44) Merrifield Studios, Hampstead

過ごしやすい季節になり、お天気も良くなってくると、英国の人々は屋根や塀を直したりと家の修理を始め、また、引っ越しや家を購入しようと考える人々は物件を見て回ったりする。
ミセス・マーティンのフラットにも、時々、不動産屋が数冊ほど物件情報誌を置いていった。
家を買う予定などなくても、ヴィクトリアンやジョージアンなど色々な家の外観や間取りを眺めるのは楽しいものだ。

ある日のこと、不動産屋が置いていった物件情報誌に二つ折りのカードが挟まれていた。 カードの表紙は、小さなブロンズのバレエ・ダンサーの像6体の写真。 庭に設えた小さな池へと階段状に流れ落ちる滝の所々に据えられていて、その様子は、まるで池で遊ぶ妖精のよう。
カードを開いてみると、“You are invited to a garden exhibition of sculpture and paintings by Tom Merrifield.” との文。
Merrifield Studios で開かれる展覧会への案内状だった。
Tom Merrifield というアーティストのことは知らないけれど、ぜひ、展覧会に行ってみたいと思った。

Merrifield Studios (NW3) の住所を「London A-Z」で確認。
スタジオがある高級住宅街 Hampstead の Heath Street は、地下鉄 Northern Line の Hampstead 駅から北へと上っている。
ウエスト・ハムステッドからハムステッドへは、地下鉄 Jubilee Line のFinchley Road 駅前から Route 268 のバスで行くことができる。

ノンステップ・バス 268 は、フィンチリー・ロードを横切ってBelsize Avenue へと入り、住宅街を通ってダブル・デッカーの通る幹線 Rosslyn Hill を上っていく。
そして、クレープやアイスクリームのスイーツ・ショップやカフェ、ショップが並ぶ Hampstead High Street を通り、ほどなくして地下鉄 Northern Line の Hampstead 駅前に到着。 ウエスト・ハムステッドからは20分ほど。

駅前のカフェやショップを通り過ぎ、家の番地を確認しながら Heath Street を歩いてく。 Route 268 のバスが通り過ぎ、更に北へと走り去っていった。
通りは煉瓦造りの塀が続いている。
そして、Merrifield Studios の番地を見つけた。
アート・ギャラリーのようなものを想像していたが、ここは至って普通の住宅。
一瞬、間違っているのかと思ったが、でも、この住所で間違いなさそうだし、と、思い切ってブザーを押してみた。
ほどなくして、年配の男の人が扉を開けて現れた。
カードを見せて、「予約はしていないのですが。」と言うと、「どうぞ。」と家の中へ通された。
部屋へ入ると、バレエのコスチューム、tutu を着た等身大のバレリーナの彫像がお出迎え。 
そして、部屋の中には所狭しとダンサーの彫像が置かれ、壁には様々なポーズをとったダンサーの絵画が飾られている。
ひとつひとつ、丁寧に作品を鑑賞しながら部屋の中を歩いて行くと、その奥に庭が見えた。

Tom Merrifield は、Sydney, New South Wales, Australia で生まれた。
クラシック・バレエを学び、16歳で the Borovonsky Ballet の a soloist となった。 その後、ミュージカルで活躍する。
1956年、渡英。The London Coliseum での公演 "Cinderella" で a principal dancer として高い評価を受ける。 
"West Side Story" "Man of La Mancha" など数多くのミュージカルでも好演し、 ミュージカル映画 "Chitty Chitty Bang Bang" "Half a Sixpence" "Young Ladies of Rochfort" などにも出演。
彼は、撮影の長い待ち時間の間に、気晴らしで仲間のダンサーたちのスケッチをしていたが、やがて、これらの作品は彼をウエスト・エンドのギャラリーへと招くことになる。

ギャラリーでのテーマは “Dance”。 
彼は、展覧会を開くにあたって、素描と一緒に彫像を展示することを考える。 当時、彼は the Adelphi Theatre でプリンシパル・ダンサーとしてステージに立っていたが、楽屋での待合時間にブロンズ作品の原型を作り上げていった。
これらの彫像は、展覧会の補助的作品だったが、批評家から大絶賛を受けた。

ステージを引退後、彼は絵画と彫像を生涯の仕事とする。 
彼は、世界でも有名なトップ・ダンサーたちをモデルに、多くの作品を作り出し、世界の至る所で称賛を受けた。 
後に、the Royal Society of British Sculptors によって認められ、“Distinction in the Art of Sculpture” として選出された。

彼は、“人物を感じる” ことから作品を作り出す。ダンス教室、または、彼のハムステッドのスタジオでダンサーをスケッチし、彫像の原型を作る。 
自分自身がダンサーであったことで、ダンサーの動きや躍動、優美さを最大限に表現することができるのである。
彼は完璧主義者であって、また、常に変化し、進化することを止めない。そして、何よりも重要なことは、自身が幸福を感じることであると言う。
 
その庭には “Sculptures in the Garden” とタイトルされた、カードの表紙の写真そのままの光景があった。
ここで撮影されたのかと、しなやかな肢体が繰り出す躍動感と美を表現する像を一体一体鑑賞していった。
帰りに、何か記念をと、ポストカードを数枚買い求めた。 

Tom Merrifield が著名なダンサーであり、アーティストであると知ったのは、それからずっと後のことだった。
近年、彼は、いくつかの著名人の彫像を披露しているが、最も感銘を受けるのは、"Diana, Princess of Wales" の胸像であるといわれる。 
彼女の死後、彼女の献身的な功績を称えるため、the British Red Cross より制作の依頼を受けたもので、作品は、ロンドンの the Red Cross Headquarters に展示されている。


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