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【みみ #18】自分以外の“聞こえない人”との出会い

松森 果林さん(前編)


 音のない世界で、顔の表情やボディランゲージなどで言葉の壁を超えてコミュニケーションを取る方法を発見していくエンターテイメント『ダイアログ・イン・サイレンス』。1988年にドイツで始まって以降、世界で100万人以上が、日本でも約2.8万人が体験した。

 その日本導入時に企画監修を務めたのが、ユニバーサルデザインアドバイザーの松森さんだ。「どんな人も笑顔になるんですよ、最後に涙を流す人もいる」と、とびっきりの笑顔で教えてくれた。


 そんな松森さんが小学校4年生の時だった。右側に顔を向け、左耳を枕につけて眠りにつく。「隣の部屋で母親が観ているテレビの音が聞こえてこない」。左右を逆にしてみると、聞こえてくる。やはり変だ。その時、「(テレビの音が)右耳に聞こえてこないことに気付いた」。

 その後、様々な病院へ行き、おびただしい数の投薬治療を試みたが効果はなく、原因も分からなかった。それでも、左耳は聞こえているため、「漠然とした恐怖感はあったが、後に深刻な問題になることは想像できなかった」。


 しかし、その後、中学に進む中で、左耳の聴力も落ち始めていることにも気付いていく。特に低い音、即ち男性の声が聞き取れない。中学校の先生の多くが男性で、授業の内容が把握できない、授業中にさされても答えられない、人とコミュニケーションが取りづらくなるなど、「できないこと、分からないことが少しずつ増えていった」。

 しかも、難聴の状態とは聞こえるときもあれば聞こえないときもある。周囲の騒音の状況やその日の体調や、気持ち、天気の変化によっても聞こえ方が変わるように感じる。「どういう状況で聞こえにくくなるのか、自分の状態を把握できない。原因もわからない中で、毎日が不安で毎日身体全部を耳にして必死だった」。


 松森さんは群馬県で育った。高校に進んでも、周囲に自分以外に”聞こえない人“はいない。将来全く聞こえなくなった時を案じてくれた先生を通じて、手話というものを知る。

 そして、高校2年生17歳で「全く聞こえなくなった」。その先の進路を全く考えられない時に、先生が調べてくれたのが、日本で最初に視覚障害者と聴覚障害者であることを入学条件にした『筑波技術短期大学(現筑波技術大学)』だった。

 当時通っていた商業高校は、卒業したら就職する学生が多かった。何より「授業が聞こえないので成績も最悪だった」。それでも、教えられた『筑波技術短期大学(現筑波技術大学)』に見学に行くと、「自分以外の“聞こえない人”が“手話”でコミュニケーションしている様子に驚いた」。それまで、自分に話しかける相手は、必ず付き添ってくれた親や先生、友人に向かって話し、その人から後で説明すると言われることに自分も慣れてしまっていた。でも、その大学の先生は「まっすぐに私を見て、私に話をしてくれた。私の存在を認めてくれた。そうしてくれる人と初めて出会った」。この大学に入ることを「その場で、決めた」。


 松森さんは、デザイン学科に入学。最初は大きなスケッチブックを常に持ち歩き書いて意思を伝えながら、友人たちに囲まれて手話を覚えていった。学校の授業は手話や手話通訳、文字通訳などの情報保障があり「聞こえなくても安心して学べる環境」があった。寄宿舎に行けば光警報装置や振動式目覚まし時計、FAXなどがあり、「聞こえなくても安心して生活できる環境」があった。

 ふと思った。自分が「高校生の時まで感じていたバリアは何だったんだろう」と。それまでは「聞こえない自分が全部悪いと思っていた」。それ故に「“できない”と思って色々なことを諦めていた」。大学の恩師は松森さんにこう言ってくれた。「バリアを感じる原因は、聞こえないからではなく、聞こえる事が前提の社会にバリアがあるからだ。バリアをなくしていけば聞こえなくても安心できる社会をつくれるはずだ」と。


 そう言われた頃から30年余り。様々な技術の進化によって、聴覚障害者でもいつでもどこでも情報が得られるようになった。「それはすごく大きい。でも30年前と変わらないこともある」。


後編に続く)





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