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【こころ #35】就労支援は当事者と企業と、そして支援職

田中 佑樹さん


 田中さんは、企業と障害のある方の就労の架け橋になり、それを担う支援者の育成も手掛ける『自立学実践研究所』の代表理事を務めておられる。


 障害者の就労支援に関心をもつ原点は、一定期間無業の状態にある方を支援する『新宿若者サポートステーション』のボランティアをしていた頃。「若者はなぜ働きたくないのか?」と疑問を持ち始め、大学院で調査してみると、結果は田中さんにとって意外なものだった。「調査した約300人のうち100人、多くが障害や疾患をもっていた」。働きたくなくてワーキングホリデーに出たことがある自分と違い、「みな働きたいのに、働けなかった」。


 その後に就労移行支援事業所に在籍した田中さんは当初、「就労も定着も、障害のある方の支援だけしていればいいと思っていた」。一方で、受け入れ企業側が良い環境ではないから辞めてしまう例も見ていく中で、ある企業に「この利用者さんはこういった特性があり、ああいった配慮が必要と説明すると、そんな説明はいらないと言われた」。

 しかし、その企業の障害者雇用はうまくいっていたのだ。理由は、企業自身が、採用前に業務を体験する『実習』や、担当業務や配属部署との適正及び職場への定着や活躍の可能性を判断して採用の精度を高める『アセスメント』をしっかり行い、企業の現場ベースで支援を考えていた。「理にかなっているな」と腹落ちした。

 「日常生活や就労移行支援事業所で必要とされた配慮でも、環境が異なる企業では違った配慮が必要になる」。田中さんの目線は、企業側の支援に移っていった。


 「福祉側から見れば、当事者の立場に立てよと言われ、より企業側から好かれるかも」と苦笑いしながら、「でも、ここまでの配慮が必要、でもそこまでの配慮はできないが大事。いかに当事者と企業の双方がハッピーになり、全体利益を大きくするか。就労支援にはそんなコーディネーターが求められている。」と力強く話された。

 実際、前述の『実習』や『アセスメント』にコストをかけて受け入れる企業は1割もないそう。人材紹介会社は面接に良い人を連れてくるのが仕事になり、企業はうまくいかなかったら人材紹介会社のせいにする構図も見てきた。

 障害者の法定雇用率のためだけに雇用する企業もまだまだ多い。コストをかけて受け入れてきた企業でも、経営者が変わった途端に最低賃金や農園に走ったりする例も見てきた。ダイバーシティの重要性が叫ばれる時代だからこそ、株主からのプレッシャーも欲しいと吐露された。

 もちろん企業側だけを見ているわけではない。企業に行く前段階の就労移行支援事業所もより適切なところを選択してほしいと、田中さんは「お金をもらわずともやる“魂の活動(タマカツ)”」として、東京都内の就労移行支援事業所350カ所を調査した報告書を公開している。「本来だったら、東京都がやってもいいけれど」と付け加えられた言葉に、充実した調査内容を見れば確かに頷くだろう。


 冒頭で記載した通り、田中さんは、自らが企業と障害のある方の就労の架け橋になるだけではなく、それを担う支援者の育成にも取り組んでいる。

 例えば、支援者は、障害のある方に「最近眠れてる?健康管理しないとダメだよ」なんて声をかけるが、声をかけた支援者自身がそれをできているだろうか。「自分ができたことを汎用させて支援するのが正しい順番。自転車だって乗れない人に教えられるのは嫌ですよね?」という田中さんの言葉には納得感がある。

 同様に、就労支援をするにも「自分がどういった特性で、どういった配慮をしてほしいか、自己理解しないと」なんて声をかけても、声をかけた支援者自身がそれをできているだろうか。

福祉の世界の支援者は、「常に相手に矢印を向けないといけず、自分自身に向けづらい職業なんです」。だからこそ、自分を振り返り自分と向き合う時間を持ってほしい。「少なくとも職員みんなでそうしていこうとする姿勢をもつ事業所って素敵じゃないですか」。田中さんは今、『ジコリカラボ』と称して、そんな機会を広げていっている。


 田中さんはさらに、そうした支援職が活躍できる世界はもっと広いとも考えている。

 「例えば、企業内に社会福祉士を配置してはどうか」とアイデアをくれた。社会福祉士は、障害者はもちろん、保健医療や相談援助、高齢者介護や児童・家庭福祉までカバーできる範囲が非常に広い。誰もが人生で何かしら直面する機会の相談に乗れる。一方で、確かに地域の施設にいけば社会福祉士はいるが、働きながら相談に行くのは難しい。だったら、社内で手軽に相談できるようにすればいい。何より、「社会福祉士は、誰かの話を聞き、それを言葉にし、その言葉で人と人をつなぐプロです。そんな人たちが企業に入ったら“超聞ける人”として重宝されますよ。」と話してくれた。


 民間企業に義務付けられる障害者の法定雇用率は現在2.3%だが、2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%へと段階的に引き上げられる。その数字の中身をより良いものにするには、適切な就労移行支援事業所が選ばれ、受け入れ企業側がしっかり受け止める、そして何よりその双方を繋ぐコーディネーターたる支援職が育ち、その裾野が広がることが欠かせない。なんて理にかなった田中さんのアクションだろう。




▷ 自立学実践研究所



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