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数字に追われるメディア関係者に観てほしい 東海テレビのドキュメンタリー映画『その鼓動に耳をあてよ』圡方プロデューサー×足立監督対談

『さよならテレビ』が大きな話題となった東海テレビ製作のドキュメンタリーは、長澤まさみ主演ドラマ『エルピス 希望、あるいは災い』(フジテレビ系)に影響を与えたことが知られている。メディア関係者が注目する東海テレビのドキュメンタリー映画第15弾となるのが、1月27日(土)より劇場公開される『その鼓動に耳をあてよ』だ。救命救急センターの内情を映し出したものだが、不眠不休で急患に向き合う医療スタッフの様子は、テレビ局の報道フロアと重なるものがあるという。東海テレビのドキュメンタリー作品の今後を担う、新鋭プロデューサーと若手ディレクターとのクロストークに耳を傾けたい。

圡方プロデューサー(画像右)と足立監督

 不慮の事故や急病になった際の命綱となるのが、ERこと救命救急センターだ。救急医がヒーロー的に活躍する医療ドラマはたびたびテレビ放映されているが、東海テレビが製作したドキュメンタリー映画『その鼓動に耳をあてよ』は、救命救急センターで働く医療スタッフの素顔をありのままに映し出している。

 愛知県名古屋市にある「名古屋掖済会(えきさいかい)病院」の救命救急センターは、年間1万台もの救急車を受け入れている。運び込まれてくる患者は、自殺者、保険証を持たないホームレス、独居老人といった社会の枠組みからこぼれ落ちた人たちが少なくない。

 救命救急を専門とする蜂矢康二医師(36)、入局したばかりの櫻木佑研修医(26)、彼らを見守る救急科センター長の北川喜己医師(62)を中心に、地域医療にとって最後の砦である救命救急センターの内情が描かれていく。救急医はさまざまなトラブルに対処し、責任も重いが、専門医に比べて院内での立場は低く、なり手が少ないなどの医療界のシビアな実情も明かされる。

 それでも彼らが、あらゆる患者を拒むことなく、精力的に働き続けるのはなぜなのか? 

 ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットとなった『ヤクザと憲法』(16年)や『さよならテレビ』(20年)を監督した東海テレビ報道部の圡方宏史プロデューサー、圡方プロデューサーから抜擢されて本作で劇場監督デビューを果たす足立拓朗監督に、取材の裏側を語ってもらった。

ー圡方さんは『ホームレス理事長 退学球児再生計画 』(14年)や『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』など型破りなドキュメンター映画を監督してきましたが、本作ではプロデュースに回ったんですね。

圡方 東海テレビのドキュメンタリー映画は本作で15本目になりますが、1本目の『平成ジレンマ』(10年)から手掛けてきた阿武野勝彦という大プロデューサーがいるので、僕はプロデューサーというより、プロデューサーとディレクターとの中間にいるような立場でしたね。

足立 圡方先輩とがっつり組んで長編ドキュメンタリーを撮るのは初めてでしたが、夕方のニュース番組『NEWS ONE』で10分ほどの特集を放送する際にデスクとしてアドバイスをいろいろといただいていたので、信頼感がありました。圡方さんは取材に関しては口を挟まないんです。そういうところは、阿武野プロデューサーと同じです。圡方さんも阿武野イズムを汲んでいるなと感じました。

圡方 東海テレビのドキュメンタリーのよさは、各ディレクターが自分が面白いと感じたテーマをフルスイングすること。なのでプロデューサーや他のスタッフは、ディレクターが本当にやりたいものがやれるように整えてやるのが役割なんじゃないかな。

「どんな患者も受け入れる」を掖済会病院は信条にしている

社会の底辺を支える救急医たち

ー夕方のニュース番組で「掖済会病院」を取材したことから始まった企画だそうですね。

足立 そうです。どんな患者も断らないユニークな病院だと分かり、たびたび取材するようになりました。コロナ禍になり、コロナが終息するまでの救命救急医療の現場を追ってみようと考えたんです。コロナはもっと早く終息すると思っていたんですが、9か月間にわたって取材することになりました。

圡方 僕も2014年に「掖済会病院」を取材し、救急科センター長である北川医師と仲良くなり、食事に行くようになっていたんです。ニュースの10分枠の取材で、そこまで懇意になるのは珍しいこと。僕もどこか魅力を感じていたようです。それでテレビ放送するドキュメンタリー番組の企画書を書いて、ディレクターは足立に頼もうと声を掛けたところ、足立も同じことを考えていた。

足立 救命救急医療の実情をしっかりと取材したいという気持ちと、もうひとつ動機が僕にはありました。東海テレビは7月に人事異動があるんですが、報道部で警察担当だった僕はそろそろ異動されそうな気がしていたので、2021年6月にこの企画を考えたんです。東海テレビには取材中の企画がある場合は、取材が終わるまでは異動しなくていいという伝統があるんです(笑)。

ー救命救急センターには、自殺者、ホームレス、独居老人、外国人労働者など、さまざまな事情を抱えた人たちが運ばれてくる。救急医たちの目線から社会の底辺が描かれていく構図は、黒澤明監督の劇映画『赤ひげ』(65年)を連想しました。

圡方 足立は『赤ひげ』を参考にしたの?

足立 いえ、僕は『赤ひげ』は観てないんです。でも、医療関係の方から同じことを言われました。

ー三船敏郎演じる赤ひげの台詞で「貧困や無知さえ何とかなれば、病気の大半は起こらずに済む」というのがあるんです。

足立 確かにそれはあると思います。

圡方 掖済会病院は名古屋の下町にあることもあって、いろんな患者がやってくるわけだけど、あの病院のすごいところは、「どんな患者も診る」というスローガンを大上段に構えることなく、ぶつぶつ言いながら目の前の患者たちに接しているところ。スローガンだからじゃなくて、自然に働いているところが、すごく信頼できる。僕らテレビ局の人間は、ぶつぶつ言って働かないことが多い(苦笑)。

ー急患で運ばれてきた人たちのその後も気になります。自殺未遂者は精神科に繋いだり、患者がホームレスの場合は社会福祉関係者と連携したりするんでしょうか?

足立 掖済会病院には精神科の専門医は一人しかいないので、夜間は対応できないのが現状としてあります。処置が終わった患者に対しては、担当した医師が話を聞いてあげたりしています。精神科のある他の病院に連絡もするんですが、どうしても翌朝の対応になりがちですね。住所不定で身寄りのない生活困窮者の場合は、院内に「医療相談室」と呼ばれる部署があって、病院のスタッフが行政との橋渡しをするようになっています。

自分の進路について考える櫻木研修医

東海テレビのドキュメンタリーが終わるとき

ー院内でトラブルを起こすモンスターペイシェントもいるようですね。

足立 はい、僕もたびたび遭遇しました。その一人が帰るところを撮影の許可をもらうために追い掛け、「なぜ病院内で問題行為を行なうのか」と尋ねたところ、病院の外でどつかれ、地面に叩きつけられました(苦笑)。

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