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グルメ漫画の先駆者・ビッグ錠原作 映画『シベリア文太の快盗くいしん坊』

 高級レストランで食べるコース料理よりも、大衆食堂や町のラーメン屋で注文した平凡なメニューを美味しく感じる人は意外と多いのではないだろうか。ドレスコードや食事のマナーに気を遣う高級レストランに比べ、気取りのない大衆食堂やラーメン屋は誰にも気兼ねすることなく、自分のお気に入りの逸品料理をじっくり楽しむことができる。横浜でオールロケされた映画『シベリア文太の快盗くいしん坊』は、そんな名もなき大衆グルメを扱った超B級グルメムービーとして記憶したい。

 原作者はビッグ錠氏。元祖グルメ漫画となった『庖丁人味平』や奇想天外な創作メニューが次々と登場した『一本包丁満太郎』などのヒット作を放った超ベテラン漫画家だ。料理人同士が料理対決するストーリー展開は、フジテレビの人気番組『料理の鉄人』の元ネタになったことでも知られている。

 1939年生まれ、大阪出身であるビッグ錠氏が描く漫画のキャラクターたちは、どれも個性的で人間味がある。そんなビッグ錠氏が描く最新のグルメ漫画が『快盗くいしん坊』(ぶんか社)であり、主人公は刑務所帰りの強盗という非常にユニークな設定となっている。

 中年男のコングは刑務所から出所したものの、前科があるため仕事探しがうまく行かない。そのため、再び強盗して、刑務所に戻ろうとする。刑務所なら寝る場所も食事にも困らず、同じような境遇の仲間たちも大勢いる。

 ところがお人好しなコングは、押し入った先々の家で、人生にどん詰まっている人たちに遭遇し、同情してしまう。お節介にも、その家にある限られた食材を使って、手料理を振る舞う。コワモテ顔のコングだが、実はプロの料理人ばりの腕の持ち主なのだ。

 温かくて、美味しい料理を口にすれば、ひとまず嫌なことは忘れられる。空腹が満たされ、人生の底辺を歩くコングとあれこれ話しているうちに、自分の悩みがバカバカしく思えてくる。あろうことか、コングは強盗に入った相手から感謝されてしまう。かくして刑務所に戻るはずだったコングは、失敗を繰り返すはめに。もはや死語となった「人情味」たっぷりなハートフルコメディである。作品全体から昭和っぽいテイストが漂っている。

 お節介を焼く強盗という設定は、ビッグ錠氏いわく「大正末から昭和初期に世間を騒がせた説教強盗から思いついた」とのこと。

 強盗するつもりだったコングが人助けをしてしまう展開は、善と悪とをきっちり分けようとするコンプライアンス社会への皮肉にもなっている。個人情報を外部に漏らすことが禁じられた現代社会では、困っている人がいても、なかなか手を差し伸べることができない。自治体や警察も本人からの要請がない限り、何もできない。強盗犯というアウトローでなくてはこの物語が成立しないところに、現代社会の危うさを感じてしまう。

シベリア文太という食材を活かしたホームメイドな実写化映画

 シベリア文太が主演した今回の実写映画は、3話構成のオムニバスもの。原作コミックから厳選された料理を、文太演じるコングは振る舞うことになる。意外性に富んだ食材を使ったお好み焼き、刻んだショウガとネギにあぶった油揚げを入れてコツコツと煮込んだお粥、閉店が決まった食堂の往年の看板メニューを再現するハヤシライスの3品だ。

 どの料理も高級な食材は使っておらず、特別な調理方法があるわけでもない。でも、コングの手作り料理は、どんな一流グルメよりもずっと美味しそうに感じられる。

 主演のシベリア文太は吉本興業所属のお笑い芸人だ。間寛平の弟子でもあり、芸歴はすでに35年以上になる。菅原文太のモノマネと寒すぎるジョークを発することから付けられた芸名だが、そんな寒い芸名の彼が、人生にどん詰まった人たちを温かい手料理で精一杯もてなすことになる。彼の芸を見たことのない人でも、彼の裏表のない実直な人柄はスクリーン越しに伝わってくるに違いない。

 本作を企画した市川徹プロデューサーの監督作『ファンキー・モンキー・ティーチャー3 康平の微笑』(93年)などにシベリア文太は出演しており、約30年という熟成期間を経て、今回の主演抜擢につながった。文太も髪を剃ってスキンヘッドにし、原作のコングのビジュアルに近づける熱意を見せている。

 ただし、シベリア文太の演技は決してうまくはない。また、お笑い芸人としてネームバリューがあるわけでもない。市川プロデューサーも、竹内晶子監督もそのことは充分にわかった上で、それでも彼をコング役に起用している。つまり、特別な素材を使うことなく、予算も掛けずに、観た人が楽しめ、そして元気になるような映画にしようという、原作マンガのコンセプトに忠実なキャスティングというわけだ。

 12月1日に横浜の「シネマノヴェチェント」で行なわれた完成披露&記者会見には、シベリア文太と共に出演も果たしたビッグ錠氏も登壇し、「(シベリア文太の芝居が)スッキリした普通の演技なら、面白くなってないと思う」と評している。また、劇中のコングが作るハヤシライスを見て「食べたくなった」とも語っている。原作者からの最上級の賛辞だろう。

 お節介を焼き、人助けをするコングだが、料理の腕を振るい、行く先々の人たちを元気にすることで、彼自身も救われることになる。第2話でコングの作ったお粥を口にした女の子は、流れ者生活を送るコングに向かってこう叫ぶ。

「強盗さ~ん、この世には刑務所よりもっと楽しいところがいっぱいあるわよーっ!」

 75年にわたる生涯で、91本の作品を監督し、9作品を企画した市川プロデューサーは、100本目となる本作の完成を見届けることなく、クランクイン直後の2023年8月30日に亡くなった。プロフィールの最後を飾った作品が『シベリア文太の快盗くいしん坊』だなんて、あまりにも素晴らしい映画人生ではないだろうか。

 横浜市にある小さな映画館「シネマノヴェチェント」にて、2023年12月2日(土)から『シベリア文太の快盗くいしん坊』が先行上映中だ。スポンサーを見つけてTVシリーズ化しようという構想もあるが、現時点では今後の予定はまだ決まっていない。

 ひとつだけ、はっきり言えることがある。この映画の面白さは、評論家が絶賛する三ツ星レストランの人気メニューでも、ファミリーレストランのレシピ通りに作られた味でもないということ。気取りのない家庭料理の美味しさに、とてもよく似た映画だということ。


映画『シベリア文太の快盗くいしん坊』
原作/ビッグ錠 企画/市川徹 監督/竹内晶子
出演/シベリア文太、間慎太郎、嶋村亜華里、川藤折れ木、荒居清香、今井花、大草理乙子、HAMACHI、田中康夫、ビッグ錠ほか
製作/リバイブ
2023年12月2日(土)~15日(金)、横浜シネマノヴェチェントにて先行公開
【年末年始の追加上映が決定】
12月28日(木)10時半〜 12月29日(金)&30日(土)9時15分~ 1月5日(金)13時~ 1月10日(水)&11日(木)14時~  料金は当日券のみ、年内は1500円均一、1月は1600円均一
(c)ビッグ錠/ぶんか社 映画『快盗くいしん坊』

横浜シネマノヴェチェントHP
https://cinema1900.wixsite.com/home

『シベリア文太の快盗くいしん坊』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=bjykHjNwlLc

 

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