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災難続きの一粒万倍日を包みこむ、味噌煮込みうどん

ここ数年で最大の風邪を引いてしまった。
悲しいかな、声が一切出ない。

11月23日木曜日、勤労感謝の日。
先週は咳が止まらない一週間を過ごした。今週になってようやく復活したと思ったら、週半ばから再び様子が怪しくなった。それにも関わらず、久しぶりに集う同期との飲み会に行き、気にせずワインを嗜んだ結果、しっかりと風邪を引いてしまった。自分から風邪をお迎えに行ったようなものだ。自業自得である。

当初予定していた、11月23日のスケジュールは以下の通りであった。

①午前:ヨガ
②お昼:餃子ランチ@鎌田(先日、ファイト餃子@巣鴨で餃子を堪能したというのに、蒲田は餃子の聖地というGoogleの口コミを目にしてしまい、完全に気持ちは餃子に持っていかれていた)
③午後:オーケストラ鑑賞→お買い物@新宿(マルイがセール時期だったので悔いのないようにお買い物しようと心に決めていた)

しかしながら、盛大に風邪を引いてしまった結果、一日は以下の通りとなった。

①午前:体調不良のためヨガをキャンセル
②お昼:体調不良のため外食する気が全く起きず、家の残り物を軽めに食べる(この時点では、演奏会の後におなかがすくだろうから蒲田の餃子でも食べて帰ろうという気持ちが残っていた)
③午後:京浜東北線で蒲田駅に向かう途中、誤って一駅手前の大森駅で降りてしまう。降車駅を間違っていることに気づかず、しばらく商業施設内をぶらぶらし、そろそろ時間だなとグーグルマップを起動すると、えらくホールから距離があることに気づく。間違えた、と急いで大森駅へと戻り、蒲田駅に向かう。
予定通りオーケストラ鑑賞。オーケストラや舞台鑑賞、加えて野球観戦をする際、必ずどこかのタイミングで眠ってしまうという特性を持つ私だが、今回はお昼ご飯が軽めだったこと、また途中で急に喉に異変を感じ、咳を出すまいと冷や汗をかきながら鑑賞したことが功を奏し、とはいってもぎりぎり意識を保ちながら、なんとか最後まで鑑賞することができた。非常に達成感があった。この達成感には、全楽器が激しく音を出しているときを狙い撃ちし、演奏のリズムに合わせて咳が出せたことも、一つの要因となっている。周囲に迷惑を掛けることなく完走したのだ。我ながらよくやった。
初めて聞く音楽だったが、非常に聞きやすく、帰りも「ちゃんちゃららーんちゃっちゃちゃーららー」とメロディーを口ずさむ(声が出ないので実際は息もれ)ほどであった。

ちなみに、オーケストラは義理の母と一緒に鑑賞し、外回りのJR山手線に乗り込み、途中まで一緒に帰った。今日盛大に風邪を引いている旨は、出合い頭にわずかばかりの声で伝えたはずであるが、帰りの電車内ではずっと話しかけてこられてしまい(ありがたいことではあるのだが)、時折質問を投げかけられた。周りの雑音や会話に負けないように、応答しなければと、声を振り絞って返事を返すも、結構な頻度で「え?」と聞き返されてしまった。非常にもどかしい一方で、「何故風邪の相手にこんなにも話かけてくるのか」という疑問は払しょくできなかった。

楽しみにしていたマルイのセールだが、体調不良であまり元気に歩き回る自身がなかったこと、そして義理の母との会話をこのまま明るく続けられる自信がなくなってしまったことから、渋谷駅で降りて帰路に就こうと考えた。

義理の母と「ではまた」とお別れし、渋谷駅のホームを歩き始めたとき、今日が一粒万倍日であることをふと思い出した。一粒万倍日は物を新調したり、お高目なものを購入するのに良い日と聞いている。時間もあるしやっぱり新宿に行くか、とまだ停車中だった山手線に乗り込んだ。念のため義理の母と乗っていた車両からは4車両ほど空けた。

新宿駅東南口を抜け、地上に降りるエスカレーターに乗り込んだ際、自分のカバンのチャックが全開なことに気が付いた。あれ、珍しい、と思ってすぐに閉め、颯爽と人ごみをかき分け、マルイへ直行した。

お目当ては衣服であった。お気に入りのお店に10月の終わりに行った際、「新作が11月半ばに出るのでまたその頃いらっしゃってくださいね」と店員さんに声をかけられた。ちょうどセール時期と被るので、何か絶対に買ってやろうとほくほく楽しみにしていたのだ。

お店の階数を覚えていたので、店内に入ると迷いなくエスカレーターを上った。しかし到着すると、お気に入りのお店がない。フロアを一周しても見当たらないし、各階のフロアマップを見てもお店が見当たらない。まさかこの短期間でつぶれてしまったのか。まさか。そう思いすぐにググってみると、依然としてお店はあるようだ。ならばどういうことか。冷静に周りを見渡してみると、ハッと気づいた。馬鹿だな私、ここはマルイ(本館)ではない。マルイアネックス(別館)だ。

風邪か、それとも義理の母とお別れしたのにまた同じ電車に乗り込んだ動揺が要因なのか、場所を間違えてしまった。マルイアネックスのほうが、新宿駅より遠いのに。こんな間違い今までしたことないのに。

急いで本館へと向かった。今日はお買い物の後は予定を入れていないから、時間に余裕はあるはずなのに、間違えた場所にきて時間をロスしてしまった、という思いが私をせき立て、足早にさせた。

記憶通りの階にお気に入りのお店はあった。良かった、と安堵した。
「新作が出たと聞いて見に来ました」と店員さんに慣れた感じで、だがしかししゃがれたウィスパーボイスで伝えると、店員さんも「わ、見に来てくださったんですね、ありがとうございます」と満面の笑みで迎え入れてくれ、新作の前に案内してくれた。

しかし、「こちらになります」と案内された商品は、色・柄ともに私の好みに完全に一致しない商品だった。事件発生。「かわいいですよね」と再び満面の笑みを向けられるも、声が出ないことも起因しうまく応答できず、微妙な空気が瞬間的に流れた。多少咳を交えながら「ありがとうございます。思っていたデザインとはちょっと違ったので、次回作をまた見に来ようと思います」と伝えると、「次回作は来年の春になるんですよね」と店員さん。「そうなんですね、なるほど…」とうまくコメントを返せないまま、颯爽とお店を退出することになった。
入店から退店まで、わずか5分にも満たなかったように思う。待ちに待った商品が、こんなにも自分にビビッとこないなんて思ってもみなかった。何より今日は一粒万倍日なのに、何も購入できなかった。そんなもどかしい気持ちに苛まれる。

背中を丸めてエスカレーターを降りると、靴売り場のフロアに到着した。何気なくうろつくと、手ごろな価格で、自分の足の形に合いそうな靴があったので、いくつか試し履きをした。すると二足、自分の足にフィットする靴が見つかった。いつの間にかもどかしい気持ちは消えてなくなり、今日という一粒万倍日は、高額な商品をゲットするのでなく、意図せず出会った手ごろなこの靴を買って帰る運命にあったんだ、とほくほくとした楽しい気持ちが再び舞い戻っていた。
レジに向かい、マルイのクレジットカードを取り出そうとした瞬間、財布がないことに気づく。

???

衝撃が走った。今朝、カバンにお財布を入れたはずなのに。
同時に、新宿駅東南口からエスカレーターを降りる際にカバンのチャックが空いていたことをとっさに思い出す。もしかして、人生初のスリにあったのではないか。嫌な緊張感が走る。
店員さんに「すみません。あろうことかカードを忘れてしまいました」と伝えると、「あ、ではお取り置きしますか」と聞かれるも、「大丈夫です」と断りお店を後にした。真剣に試し履きをした上に、これ買うので在庫の確認お願いします、とまで伝えてきたお客に、店員さんはきっと不思議に思っただろう。

こうなるともう来た道を戻って財布を探しつつ、もしかしたら家に置いてきたのかもしれない、というかすかな希望を胸に抱くしかないと考え、新宿で通った道を戻り、家まで急いだ。

18時に帰宅した。昨日は会社に出社していたなと、会社用のカバンを確認すると、そこに財布はあった。良かったとほっとすると同時に、ドジだなあ自分、と思う。

ふと、11時頃にお昼ご飯を食べてから何も食べていないことに気づく。冷蔵庫に食材はあるが作る気力もわかないので、近所の行きつけの蕎麦屋に向かった。

お店に入ると、いつものおばちゃんたちの好きな席座って~という声がする。気力を失っていた私はへろへろと空いている席に座り、壁に貼られたメニューを見渡す。目に入ったのは、「味噌煮込みうどん」。香川県民として、東京ではあまりうどんを食べないようにしているが、今日ばかりはぬくもりを感じるご飯が食べたい、と郷愁を漂わせながら「味噌煮込みうどん」を注文した。

蕎麦屋のうどんだしな、とあまり期待せずに口に含んだ。するとどうだろう。とってももっちりしている。もっちりというか、ぷりっとしている。コシはないのだが、三重の伊勢うどんとも全く違い、一度も食したことはないがふにゃふにゃであろう博多のうどんとは全く違うだろう、ぷりっとした麺なのだ。体験したことのない触感だ。大好きなコシのある讃岐うどんとは全く別物だが、このぷりっとした麺は、自分の心までもぷりっと、まるっと、温かくしてくれる。なんて幸せなんだ。夢中で食べ進めた。

体も心も温まり帰宅して、改めて一日を振り返ってみた。一般的に、一粒万倍日はなんだかよくわからいけれど、最高に良い日とされている。
オーケストラ鑑賞をしたこと以外は何も予定通りにいかず、テンションの上がらない災難続きの日と思っていたが、味噌煮込みうどんを食べた後は、ああ面白い一日だったな、と思えるようになっていた。

気分の乗らない日も、後で振り返れば最高に面白いことが散らばっているんだ、という最高の気づきを得た、一粒万倍日であった。






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