ユリシーズを読む|004.そう、いつでもまずは旅立つ|2021.03.13

今日の日中は東京は雷がなりやまなかった。

『オデュッセイア』第一歌から読み始め、今、第三歌のあたり。
 神に愛された人物は、様々な場面で神とともにある。大勢の前でうまくスピーチができたのは、その胸にアテネが勇気を吹き込んだからであり、その様は神と見紛うばかり。

トロイア戦争で勝利したのち、イタケの王にして機略縦横なるオデュッセウスは何年も行方しれず。どこでどう死んだのかすらわからない神隠し状態。
 そのイタケの地では、オデュッセウスはすでに死んだと考えられてて、美貌の奥さんペネロペのもとには、有力者たちが大勢、求婚しにきてる。しかも、オデュッセウスの館で、オデュッセウスの資産で、連日、飲み食い飽きたら歌や踊りをみるなどしてる。
 そんなやつらの求婚をうけるということがあるんか?というわけわからん価値観には戸惑うけども、きっと社会システムがちょっと違う。よく意味がわからないそういうやりとりも少し書かれてる。取り敢えず、そういうカオスから始まる。
 実は、オデュッセウスは死んではおらず、どこかの島に足止めされてる。ポセイドンの怒りをかったせいだとか。ゼウスをはじめ、神々はオデュッセウスをなんとか国へ帰してあげようと画策する。
 まずはオデュッセウスの息子のテレマコスのもとへ、アテネがつかわされる。テレマコスは、アテネに励まされて、オデュッセウスの消息を辿る旅にでる。

取り敢えず、まずは旅立ちがありますよね。
 ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』が書いたように、古今東西の英雄の物語には型がある。そう、まずは、旅立つことだ。テレマコスは旅立った。キャンベルの基本構造から考えると、このあと、多分、苦難に出会って、一度、挫折するけど、大きな力の助けを得て、それを乗り越える。そして帰還する。
 「アナと雪の女王」では、アナも旅立つし、エルサも旅立つ。2人とも苦難に出会って挫折するけど、助けを得て乗り越える。そして帰還する。キャンベルの基本構造が、二重奏になってて、みごとだなーと思った。
 「カーズ」だと、英雄はまずは帰還すべきところをつくるところから始める。とても現代的だ。そして、色々あってちゃんと帰還する。「カーズ クロスロード」だと、旅立ってみたんだけど、超えるべき苦難を待っているのは、もはや自分ではなかったのかもしれない、自分の役割はそうではないところにうつっているのかもしれない、という構造になっている。通過儀礼は、子供が大人になるときにだけでなく、大人が次世代をみつけるときにも必要なのだろう。
 こういう基本構造の変奏の仕方をみつけてからは、ディズニーやピクサーとかってやっぱりめちゃくちゃすごいな、と思うようになった。
 ルーカスの「スター・ウォーズ」は、キャンベルの基本構造を神話から映画に置き換えるようなことをしてる。そこにアメリカの建国神話とかも重なってて、やっぱり変態的にすごい。

そういう基本構造の源流につながるのが、この『オデュッセイア』の旅立ちだ(と思って読んでる)。『ギルガメッシュ叙事詩』とあわせて、重要な旅立ちだ。
 やたら歩き始めるMr.Childrenの男の子とはちょっと違う。

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