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力と道理

最近の国際関係のニュースなどなど見ていて思うのは、理屈とか道理が通じるのは、通じるような秩序があることが前提なんだなぁという身もふたもないこと。

もっというと、通じる道理とは、支配力のあるプレイヤーの道理なんだなぁということ。

国内で法の支配が機能するのは行政が国内秩序を掌握しているからで、そういう圧倒的な力が存在しない国際社会では結局、国家の力関係に依存する。
 以前は、欧米型の民主主義が一応国際的な価値観として通じていたので、それを下敷きにした対話が可能だったけど、根本的な価値観が異なる国とは、もろに力のくらべ合いになってしまう。
 
 また、国際機関の力が相対的に弱くなったことで、人道的な問題がある国で発生しても、連合軍を派遣して治めるみたいなやり方が難しくなっているように思う。批難声明や経済制裁を課しても折れない場合は、酷い事態になっても外から解決は難しい。

 日本の経済力が下降し、頼りにしているアメリカの相対的な影響力も弱くなってく中で、自分が信じる正義や道理がナイーブに通用しない世界が普通になるのかもしれない。
 
 この時、自分と他者の間に共通の価値観や世界観があるというのは大きな力で、共感を呼ぶような価値観や世界観を発信していくのがますます重要になるんだろうなと思ってる。
(ただし、独りよがりなのは逆効果ね。。)

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