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【呻吟】ユイの戯言Ⅲ


「現実と向き合うの?」ユイだ。

 無理でしょという目をしている。出てきやがったか。

「ムダよ。あなたは考えれば考えるほど、黒一色で出来上がったあなた自身に蝕まれる人でしょう。現状に満足しているのだから、なにかを成そうだなんて思わないことね」その姿は、すべてを悟った仏かのように思われた。

 たしかに、ユイのいうことも一理ある。好きなことを仕事にする人、億り人、数多の選択肢。考えるのには疲れたし、お金も時間も体もあったとして、何事かを成そうとするのはメンドクサイ。

 こういうのを”さとり世代”と言うのだろうか。世代に区分されるのは気に食わないが。
 そして、目の前の少女は私じゃどうしようもないという、社会を盾に諭し、思考放棄による一種の悟りへ導かんとしている。

「とんだサトリちゃんね」 

「夢から醒めて、それこそ夢を持ったところで、待っているのは成功ではなく、苦難と嫉妬だけ。一握りの成功者のために、不安に押し潰されて屍にされるなんて、ごめんでしょう」

 正直、私はどっちでもよかった。

 だが私は、思考していた。固唾をのみこむ。 

「私は、考える人よ」アナタが来て、私の脳は刻み始めたの。仕方ないじゃない。

 沈黙が訪れる。

 ユイが、一度空気を吸い込む音が目立つ。
 これは言っていけないことなのだけれど、と前置きを挟む。

「私はこの禁忌を犯して、あなたの覚悟を試すことにした。クビ賭けてんだから、私ぐらいは納得させてちょうだい」

 彼女の気迫に囚われる。背筋が思わずしゃんとする。
 睨みつけながら、されど恐る恐る「クビって・・・?」 

「じきに分かることよ。無事にココから醒めてきなさい」

 先ほどまでの威勢は、とうに消えてしまっていた。
 ただし脳は、テスト終了三十秒前よりも激しく回転している。目の前の少女の口の動きはスローモーション。今まであきらめる方法だけを模索していた思考は、確かなほど前のめりに耳を傾けている。

少女ユイは事実を告げる。

「ーーのことを、あなたが殺したのよ」

 目の前がフワフワした。それを横目に、ユイは格子状の、重く冷たい鉄の扉を開いて背を向ける。いつかのユイが消えた瞬間と、同じ風が吹く。

 同時に、ーーの名前が思い出せない自分に違和感を覚える。記憶の濁流が、どっと押し寄せる。今まで目前に広がっていた砂の世界は、偽りであった。

 情報過多は、私の平衡感覚を失わせた。





伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』を読んだ直後に書いたから、かなり影響受けてるかもしれない。『書きながら『マイクロスパイ・アンサンブル』も読んだ。

ユイって名前、かなり好きです。よろしくお願いします。

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